久々に遊廓を訪れた貴方は、馴染みの遊女とひと時を過ごします。

旅が趣味の貴方は道中の話なんかを語ります。

貴方は、なにかその遊女に伝えることがあるようで……

今宵（こよい）は、遊廓（ゆうかく）「浮舟（うきふね）」へ

ようこそ、お越しくださいんした。

……

ああ、主（ぬし）様にございんしたか

お久しうございんす

ふふ、主（ぬし）様におかれましては、しばらく見ぬうちに、

どこか顔つきも凛々（りり）しうなりんしたなあ

今度はどちらの方まで？

へえ、丹波（たんば）の方まで……

それはそれは、ずいぶんと遠（とぉ）うまで……

なかなか大変だったようでありんすな

伏見の方に、稲荷詣（いなりもうで）に？

それで、お狐様（きつねさま）には逢えたのでありんすか？

……ふふ、冗談にありんす

また旅のお話、聞かせてもらえるでありんしょうか？

ふふ……

わっちは遊廓（ゆうかく）に根を張る花

外のお話はわっちとっての水や肥やしにありんす

ふふ、わっちは主（ぬし）様の旅のお話

毎度楽しみにしているのでありんすよ

ふふ、お世辞にはござりんせん

主（ぬし）様はおゆかり様にありんすから

さ、主（ぬし）様

わっちの隣においでなんし

……

さ、こうして盃を交わしながら

主（ぬし）様の道中のお話、聞かせておくんなんし

ここは遊廓なれば

日々の辛さや煩（わずら）わしさを一時（いっとき）忘れ

癒されておくんなんしえ……

（間）

主様？　どうしたのでありんすか？

なにか思いつめた顔をしていんす

……

うん……うん……

それは、身請け……の話でありんすか？

わっちを、身請け……

そうでありんすか

確かに主（ぬし）様であれば、わっちを身請けするだけの

金子（きんす）をこさえるのもわけはない

そのはずでありんすなぁ

……わっちは…………

主（ぬし）様、嬉しいけれど、……受けられんせん

この話を主（ぬし）様にしたことは無（の）うござりんしたが

わっちは別に身売りされてきたわけではありんせんし

わっちは、悲しみの中で生きているわけでもありんせん

身請け、というお話、

それほどにわっちのことを想ってくださるのは

有難（ありがた）く思いんす

されど、ここは遊廓（ゆうかく）「浮舟（うきふね）」

現世（うつしよ）という苦しく辛い海に浮かぶ舟

補陀落渡海（ふだらくとかい）に臨（のぞ）むでもなく、

ゆらゆらと波間を揺蕩（たゆた）うのみの

一隻の小舟がこの遊廓にありんす

現世（うつしよ）にありて、この世とは思えぬ心地（ここち）

そんな、夢幻（ゆめまぼろし）の一時を過ごす場所が

遊廓（ゆうかく）「浮舟（うきふね）」にござりんす

夢は醒めるから、その一時（ひととき）は尊（とうと）く、

そして夢から何かを持ち帰ることはできないものでありんす

わっちは夢の国の住人（すみびと）

主（ぬし）様は現世（うつしよ）の者なれば

わっちと主（ぬし）様は

終（つい）ぞ出会うこと能（あた）わぬ筈（はず）

決して交わらぬはずのふたりが、そこでだけ出会う

それがこの場所なのでありんしょう

ふふ、……主（ぬし）様

難しい話はここまでに致（いた）しんしょう

さ、今宵（こよい）はわっちの隣に眠っておくんなんし

ふふ、またここに来ればわっちに会えんすから

今はこの微睡（まどろ）みの中に

溶（と）けていきなんし……

・台本（ゆるボイ！）
【廓言葉】遊廓を訪れた貴方と遊女とのひととき
https://twitter.com/yuru_voi

・台本制作者
剣城・アイスドーラ・凍子