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【朗読】雨の日、彼女は花を買う
written by 初実とうか
  • 告白
  • 純愛
  • 敬語
  • 切ない
  • 片思い
  • 癒し
  • 清楚
公開日2021年10月24日 13:17 更新日2021年10月24日 13:17
文字数
5927文字(約 19分46秒)
推奨音声形式
指定なし
推奨演者性別
男性演者向け
演者人数
1 人
演者役柄
花屋の店員
視聴者役柄
花を買いに来た女性
場所
男性が働いている花屋
あらすじ
雨で閑散とした花屋に訪れた一人の女性。
キンセンカの鉢植えを買って帰ったが、何か特別な理由があるようで…。
雨と花と花言葉が織り成す切ない恋物語です。



こちらの台本は夜野なか様(@yoru_naka11)の企画「花と言葉に連れられて」から執筆させていただきました。
本編
雨の花屋は暇だ。
まして、うちは苗や鉢植えの専門店。
こんな日に店を訪れるのは、
間違えて花束を買いに来るお客か、
よほどの物好きくらいだろう。
休憩時間が終わり大きな伸びをする。
俺は店長から頼まれていた花の苗のメンテナンスに取りかかった。
枯れた葉や花をカットして、
新しい芽や花の成長を促す。
苗を一つ一つチェックしながらは気が遠くなるが、植物を買ってもらうためには、
こういう地道な作業が必要だったりする。
少しでも晴れの日の売上をあげるための下準備だ。
売場の通路に敷き詰められた砂利に雨水が染み込む。
静寂の中にハサミの音だけが響いた。
これが終わったらディスプレイ用の寄せ植えでも作ろうか。
そんなことを考えていると、
ふと砂利を踏みしめる音がした。
誰か来たようだ。
作業場から売場の方に目をやる。
見ると一人の女性がキョロキョロと売場を見回していた。
スーツ姿にネイビーのクラシックチェック柄の傘。仕事の合間だろうか。

「いらっしゃいませ。何かお探しでしょうか?当店は苗・鉢物専門店になりますので、切花をお求めでしたら、駅前の本店をご案内させていただきますが…。」

女性の元へ向かい、声をかける。
ほとんどのお客は切花がないことを知ると退店していくが、この女性は違った。
鉢花を探しているのだろうか、
変わらず傘をさしながら売場を歩き続けている。
こんな雨の日になんでわざわざ…。
今日中に買わなければならない、よっぽどの理由でもあるのだろうか。
それにあの視線と動き方からすると…。
既に目当ての花があるのだろう。
いつ声をかけられてもいいように、
俺は少し離れた場所で作業をしながら待機していた。
一体、あの人は何の花を探しているのだろう。
しばらくすると、
女性は一つの鉢植えを買い物カゴに入れてやって来た。
女性が選んだ花は…キンセンカだった。
プラスチックの植木鉢に入ったそのオレンジの花は、
雨に濡れ、照明の光でキラキラと輝いて見える。
商品を買ってもらえることはすごくありがたいが。目当ての花がキンセンカだったのは、
正直意外だった。
どちらかと言えば、キンセンカは和のイメージ。
それも仏壇や墓参りで供える花としてよく使われる。
年配の女性が買って行く姿しか知らない俺にとって、
そう歳の変わらなさそうな、
仕事帰りの若い女性がキンセンカを選ぶことに新鮮さを感じていた。
好みは人それぞれ。
俺は知らず知らず染みついていた固定概念を振り払うように、
心の中で首を振る。
キンセンカの鉢植えを丁寧に包んで渡すと、
会計を終えた女性は軽く会釈をし店をあとにした。その顔はどこか安堵したような、柔らかい表情をしていた。



週末前の金曜日。
今週も雨だ。
今日は花の仕入れ日。
新鮮な花が大量に届き、
ディスプレイのために店はバタつく。
正直、雨はきつい。
レインコートを着ながらの作業とはいえ、
どうしても濡れてしまう。
…ったく、あの店長。
仕入れてきた花を降ろしたら、
自分はそそくさと本店に戻っていくし。
整理するこっちの身にもなってくれ。
激しい雨に、
もはや意味をなしていなかったレインコートのフードを脱ぎ、髪を拭く。
温かい物が飲みたい。
コーヒーでも入れようと休憩室に向かいかけた時、ふと見覚えのある傘が視界に入った。
ネイビーのクラシックチェック。
忘れかけていた記憶が鮮明に蘇る。
この前のスーツのお客様。
確か、キンセンカを買ってくれた…。
俺はハッとして、慌てて身だしなみを整えた。
さすがに拭きっぱなしのボサボサの髪にびしょ濡れのレインコートで接客するのはできるだけ避けたい。
今日も何か買ってくれるのだろうか?
キンセンカ?それとも…?

「いらっしゃいませ。」

スーツの女性に声をかけてレジに待機する。
程なくして、
彼女は店内に入り鉢植えを一つレジに置いた。
ガーベラだ。
今日入荷した中で俺の一押しの花。
雨の中ディスプレイにこだわった甲斐がある。
俺は心の中でガッツポーズをした。
慣れた手つきでレジを操作していると、
女性は首をかしげながら鉢植えを指差した。
…値段が、違う?

「いえ、こちらのガーベラは本日入荷した分になりまして、こちらのお値段になりますが…。」

俺は特に動揺もせず、鉢植えに貼られた値段シールとレジの画面に表示された値段を照らし合わせて見せた。
自分の勘違いに気づいて、
女性は恥ずかしそうに謝る。

「もしかして…キンセンカをお探しですか?」

立ち入ったことを聞いてしまったと焦ったが、
どうやら女性は名前を聞いてもピンときていないようだ。

「先週、うちでお買い上げいただいた、オレンジの花の…。」

そこまで言うと初めて、
女性はようやくわかったという顔をして何度も頷く。

「お持ちしますね。少々お待ちください。」

売場に出て、
先週と同じキンセンカの鉢植えを取りに向かう。
2週連続で買いに来るくらいなのだから、
それなりに好きかこだわりがあると思ったのだが…。
名前を知らない?
ますます不思議だ。
キンセンカを持って戻ってくると、
女性は申し訳なさそうに何度も頭を下げた。

「いえいえ、ガーベラとキンセンカは同じキク科で花の形も似てるので…。見分けるとしたら、ここ、葉の形がギザギザしている方がガーベラ、丸みを帯びている方がキンセンカです。」

そこまで謝らなくても…と思いながら、
俺は話を広げた。
まぁ、あまりに黙々とした作業が続いたので、
誰かと話をしたかった気持ちもなくはなかったが…。

「このガーベラ、今日入荷したので、長く楽しめますよ。特にオレンジの花言葉は(希望)で前向きだし、咲いた姿も大きくて華やかで…おすすめですよ。」

言って、思わず口をつぐんだ。
また余計なことを言ってしまった。
男の俺が、
聞かれたわけでもないのに花言葉とか語ると、
冷ややかな視線を向けられるか、
「男なのに詳しいね」といちいち引っかかるような言い方をされることが多い。
花が好き、ただそれだけなのに…。

「…変ですよね。男で花や花言葉に詳しいって…。」

先に自虐的にネタにする。
それが幾度となく接客して身につけた、
自分が傷つかないための予防線だった。
でも女性の反応は今までとは違った。
しばらくキョトンとした後、首を横に振る。
そして、変じゃないと優しく笑った。
さらに、買ったキンセンカがすぐに枯れてしまう、どうしたらいいかと尋ねてきてくれた。
胸の中に温かなものが広がる。
花が好きな自分を認めてくれた。
そのことが嬉しくて、
俺は日当たりの良い屋外で日光浴させてあげること、
水は鉢皿にためるのではなく、
土が乾いてからあげることなどをアドバイスした。彼女と花の話をするのは楽しかった。
その流れで何度かガーベラを勧めてみたが…。
結局、彼女の気持ちは揺るがなかった。

「ありがとうございました。」

降りやまない雨は、
どこか儚い彼女をかくまうように包んで、
俺や街から見えなくしているようだ。
胸に残るのは、
大事そうにキンセンカを抱える彼女の残像。
何がそうさせるのか。
キンセンカの花言葉は…。
考えて首を振る。
優しい笑顔と、謎に包まれた雰囲気をまとう彼女。なんだろう?…この不透明な感情さえなぜか愛おしい。
俺は、彼女に惹かれていた。



…これは、雨に入るのか?
空を見上げながら首をかしげる。
数分前に降り出した雨は、
花や葉に雫をつけたかと思うと直にやんでしまった。
たとえ、これが彼女にとって雨だとしても、
今日も来ないかもしれない。
彼女への想いに気づいてから、
雨の日は3回あった。
でも彼女は姿を見せていない。
雨の日に来るわけではないのか?
俺のアドバイスで花が長持ちしているなら、
花屋としては嬉しい限りだが、
それで会う機会が減ってしまうのは少し複雑だ。
ため息混じりに中に戻ろうと体を向けた、その時。
視界の隅に誰かが映った。
彼女だ。
ネイビーの傘を携えているのは相変わらずだが、
いつものスーツではない、
ブラウスにロングスカートの私服姿が新鮮で眩しかった。
久々に会えたことが嬉しくて、
顔がほころびそうになるのを抑えながら。
俺はキンセンカの様子を尋ねた。
どうやらだいぶ花持ちが良く、
前よりいきいきしているらしい。
花屋として嬉しい限りだ。
だが、それなら…。
今日はなぜ店に?
気になって尋ねると…。
ここに来ると落ち着く。そう答えた。
それは、俺といると落ち着くってこと…?
考えて慌てて取り消す。
まさか、そんなことあるわけない。
きっとこの店の花を見ていると落ち着くという意味だろう。
うん、そうに違いない。
俺は一人頷きながら納得させる。
変な下心は置いといて…単純に店をほめてもらえたとしたら素直に嬉しい。
降ったりやんだりですっかり客足が遠のいた売場。彼女に案内しながら、
接客という建前で商品の花をいろいろ説明した。
彼女も興味がある様子で聞き入ってくれ、
それは穏やかで幸せな時間だった。

「あの…立ち入ったことを聞くようですが…どうしてよくキンセンカを買われるんですか?しかもいつも雨の日に…何か理由でもあるんですか?」

尋ねた瞬間、
軽やかだった彼女の足取りがふと止まった。
そして、もう隠しきれないといった様子で、
ポツリポツリと話し始めた。
俺がずっと気になっていた、その理由は…。



恋人に帰って来てもらうため。だった。


かつて一緒に暮らしていた恋人は、
最初こそ誠実だったが実は浮気症で…。
次第に他の女のところに行ったまま帰って来なくなったという。
それでも彼女は、
いつかまた戻ってきてくれると信じて待ち続けていた。
ある雨の日、
仕事帰りに花屋の前を通りがかった。
心が癒しを求めていたのだろう。
半ば衝動的に、
たまたま目についたキンセンカの鉢植えを買って部屋に飾った。
すると、恋人がフラッと帰ってきたのだという。
出会った頃のように優しい恋人と過ごす時間。
しかし、幸せは長く続かず、
また帰って来なくなり…。
だから、帰って来た日と同じように、
雨の日にキンセンカを飾ればまた帰って来てくれる。
そんな思いから来ていたのだ。
雨の日に何度キンセンカを飾っても、
帰って来ない。
こんな効果のないジンクスに、
いつまでもしがみついているなんて、馬鹿でしょ。
抑えようとしても止められなかったのだろう。
彼女は声を詰まらせながら泣いた。

「あなたを待っています」

恋人を待ち続ける彼女と、キンセンカの花言葉。
悲しくリンクしていたことに、
驚くと同時に悲しみも広がる。
彼女のあの優しい笑顔の陰に、
こんな辛く苦しい想いを抱えていたなんて。
彼女を守りたい。
あふれる想いに、
俺は泣いている彼女を抱きしめていた。
彼女が驚いて体を固くしているのがわかる。

「ごめんなさい。まさかそんなことがあったなんて…。俺なんかには想像つかないくらいたくさん辛い思いをされたと思います。でも、これだけは…言わせてください。あなたは一人じゃない。俺はずっとそばにいます。あなたのことが…好きです。」

少し力を込めた腕から彼女の戸惑いの色を感じる。無理もない。
数回訪れただけの花屋の店員にいきなり告白されたのだから。
彼女が何か言いかけようとしたその時、
遠くから俺を呼ぶ店長の声が響いた。
配達から帰って来たらしい。
一気に気まずい空気が広がる。
俺が店長の声に気を取られていると、
彼女は俺の腕を解き、
そのまま店を出て行ってしまった。
雨が街のアスファルトに、
ポツリポツリと斑点を作り始め、
やがてそれは大きな染みへと変わっていく。
きっとこの雨はもう、やまないだろう。


もう少しで咲きそうだ。
日なたに置いた小さな鉢植え。
俺はそのふくらみ始めた蕾を見つめた。
あの日から、彼女の姿を見ていない。
雨の日は俺を残したまま何度も素通りし、
季節さえも変えようとしている。
売場を彩る花の顔ぶれも変わり、
彼女の壊れそうな心を繋ぎ止めていた花も、
今は出回らなくなり、
小さな葉がついた苗が売り場に並んでいるだけだ。

「自分で育てて接客に活かしたい」

なんてよく言えたものだ。
ただ、彼女が来たら花を見せてあげたくて…。
俺はキンセンカの苗を1つ買い取り育てていた。
何の確証もないが…。
もし咲いたら、
彼女が来てくれるかもしれない。
俺もまた、
根拠のないジンクスに縛られていた。
でも今ならわかる。
そんな淡い希望にでもすがりついていないと、
今の俺は心を保っていられない。
彼女も恋人を待つ時、
こんな気持ちだったのだろうか。
いや彼女の方がもっと苦しいだろう。
俺が入り込めないくらい、
暗くて深くて…。
切なさに唇を噛み締める。
と、その時、砂利を踏みしめる音がした。

「いらっしゃいま…せ…。」

立ち上がり、音がする方を見ると…。
ずっと、待っていた…彼女が立っていた。
ネイビーの傘も持っていないし、
見たことないワンピース姿だが…。
それでも、
彼女だとわかった。
はやる気持ちを抑えながら彼女に歩み寄る。

「あ、あの…。この前は、すみませんでした。突然あんなこと…。俺の言ったことは…忘れてください。あっ、キンセンカですよね、ちょっと待っててください。」

俺は慌てて小さな鉢植えを取りに戻る。
折れないように大事に抱えて…。
彼女に差し出した。

「今の時期苗しか出回らなくて…。もしあなたがいらしたらって思って、育てておきました。たぶん、もうすぐ咲くと思うので、どうぞ。…あれ?そういえば、今日雨降ってないですけど、大丈夫ですか?夜から降るんでしたっけ?」

鉢植えを渡してから思い出した。
朝の天気予報だと、今日は全国的な秋晴れ。
雨など言っていなかったが…。
俺の問いかけが聞こえているのかいないのか、
彼女は鉢植えを受け取ると少し涙ぐんだ。
今もそこまで恋人への想いを募らせているんだと思うと、胸が痛む。
そんな俺の気持ちも知らず、
彼女は少しはにかみながら口を開いた。
今日買いに来たのは、キンセンカじゃ…ない?
彼女はコクリと頷くと、売場の奥へと入っていく。
持ってきたのは…年中出回るオレンジのガーベラ。俺がいつか勧めていた、あの花だ。
両手にキンセンカとガーベラを抱え、
彼女は顔を赤らめながらポツリポツリと話し始めた。
俺の告白を聞いて驚き戸惑ったこと。
でもそれをきっかけに、
これからのことを考えるようになったという…。
悩んで苦しんで答えを見つけたある雨の日、
恋人が帰ってきた。
そこで彼女はその時…。
恋人と、雨とキンセンカのジンクスに自ら終止符を打ったという。
その後部屋を引っ越し、
そして、俺が話した希望の花、
オレンジのガーベラを買いに来たのだが、
まさか自分のためにキンセンカを育ててくれていたとは思わず、
その優しさに涙ぐんだという。
つまり、それは…。
彼女は恥ずかしそうに頷くと、
返事が遅くなったことを謝り、
よろしくお願いしますと小さく頭を下げた。

「こ、こちらこそ、よろしくお願いします。」

突然の出来事に俺も慌てて頭を下げる。
だんだんと込み上げてくる幸せに、
お互い笑顔がこぼれた。
悲しみの雫に濡れていた花も、
秋晴れの日差しを受けてキラキラと輝く。
穏やかで、温かな時間が二人を包んでいた。



〜おわり〜
クレジット
・台本(ゆるボイ!)
【朗読】雨の日、彼女は花を買う
https://twitter.com/yuru_voi

・台本制作者
初実とうか
ライター情報
初実(はつみ)とうかです。
閲覧・音声化等いつもありがとうございます。
主に女性向けシチュエーションボイスのフリー台本(甘々・ヤンデレ・ショタ等…)を書いています。(順次投稿予定)
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