あなたは悪党（勇者）で、急な雨で本隊と分断されホテルで足止めを食っています。
なのでパーティーメンバーである「商人」に耳掃除をお願いすることにしました。
――
pixiv（ https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=14432859 ）からの転載です。
この勇者は「悪党であるあなたが、捕まった女騎士に耳かきさせる音声」の勇者と同一人物です。
勇者が勇者なら、商人も商人。まごうことなき馬鹿台本です。

　ああ、勇者様、毎度お世話になっております。
　急な逗留になりましたが、お部屋の様子は如何でしたか？
　
　何分、逃避行中の急な雨の足止めによる休憩ということもあり……
　コテージタイプのスイートしか確保することができませんでしたが……
　なるほど、その様子だとクオリティには満足していただけたようで何よりです。

　それで、勇者様が私の個室に尋ねられたということは、
　このパーティーメンバーの商人に、何らかアイテムの融通や、アテンドを御所望でしょうか。

　それとも、お暇でしたらパーティーや各種娯楽のサービスを、早急に手配いたしますが……
　
　ははぁ、勇者様は「耳かき、ならびに耳掃除」を御所望なのですね。
　イヤーエステでしたら、それ専用にスキル配分を行われた専門家のエルフを今から手配しますが……
　
　勇者様……どうして、そこで首を横に振られるのですか？

　なんですか、勇者様。
　まさか、私を今日の耳掃除役にアサインしたいのですか？

　そういうことでしたら……まぁ、構いませんよ？
　他のタスクもオンスケで進んでいますし、専用の道具も、揃えておりますので。

　しかし、勇者様は本当にニッチでいらっしゃいます。
　一流のプロの手管や、女騎士との合瀬を果たしてなお、私の素人仕事を要求するんですからね。

　それは、君の耳かきが、上手だから……？

　勇者様はおべっかがお得意なようですね。
　まったく、誰に似たのやら。

　そんなことを言っても、私の財布からは「びた一文」出てきませんよ。
　これだって、勇者の仲間として雇用された私が提供するサービスの一環なのですからね。

　それよりも、時は金なりといいますし。

　ASAPで、耳掃除を初めてしまいましょう。
　どうぞ、ベッドの上まで来て、膝の上に仰向けに頭を乗せてください？

＊ＳＥ：膝枕に頭を乗せる音。

　ありがとうございます。
　勇者様は、常に商機を見逃さない方で助かっております。

　ではまず、耳掃除の前にお耳に軽くマッサージを施させて頂きます。
　耳掃除の満足度とマッサージの相関性は、今更勇者様に説く必要もないので割愛させて頂きますね。

　今回はこちら。
　異世界から取り寄せた炭酸バブルのパックを用いてお耳の汚れを浮かせていきます。
　ある程度堅い泡ですが、当然、泡沫ですので、塗布後はあまり動かれないようにお願いしますね。

▼：以降、ＳＥ：炭酸がはじける音。▼
　どうですか？

＊ASMR=オートノマス・センサリー・メリディアン・レスポンス
　これは特別にAutonomous Sensory Meridian Response向けに作られた製品でして。
　ぱちぱちという炭酸の音が、特に心地よく耳に響く逸品のようです。

　こちら、徐々に溶け出して、お耳に炭酸を供給していきますので、
　並行してお耳のマッサージの方、行わせて頂きますね。

▼：以降、ＳＥ：耳マッサージの音。▼
＊：1分マッサージに集中。

　どうでしょうか？
　素人仕事ですが、満足していただけているようで何よりです。
　スキルシステムの範囲外とはいえ、今までの経験が生きているということなのでしょうか。
　勇者様のお顔が実際に蕩けて頂くのを見るのは、私としても光栄でございます。

▲：ＳＥ：耳マッサージの音、ここまで。▲
▲：ＳＥ：炭酸がはじける音、ここまで。▲

　では、お耳の炭酸パックの効果も出てまいりましたので……
　左耳から外耳のツボ押しとお掃除の方、こちらの専用の道具で進めさせて頂きます。
　
　これはモンスターの角を加工したツボ押し棒となっておりまして……

　特有の感触と先の方の形状から軽くこするだけでも
　外耳に浮いた汚れが取れる……という優れモノとなっております。

　それでは、軽く力を入れながら外耳の汚れを剥がしていきますね。

▼：以降、ＳＥ：ツボ押し棒の音。堅い綿棒で擦る音のイメージ▼
＊30秒無言。

　いかがですか？
　ツボ押しの感触に合わせて汚れも取れているのが分かりますか？
　マッサージ棒のコリコリという刺激と共に汚れが取れるのは、感じたことがない感覚でしょうか。

　構造上、耳の単一のツボにギュッと力を籠めるというよりは。
　汚れを取りながら、色んなツボに満遍なく力を籠めるといった感じでして……

　なるほど、このような硬質な刺激も勇者様はお好みなのですね。
　表情からも、本当にリラックスして頂けているのがよくわかります。

　……あとで、他のパーティーメンバーにもナレッジとして共有しておきますね。

▲：ＳＥ：ツボ押し棒の音。ここまで▲

　では、ここからは「耳かき」で掃除を行い耳孔の汚れを綺麗にしていきますね。
　この耳かきは異界の技術で生成された、特殊な形状で作られた金属の耳かきです。

　此方は耳掃除における耳かきがマストということで、特別に仕入れさせて頂きました。
　そのは、勇者様も剣や防具、今まで仕入れさせていただいた数多の品と同じですね……
　細やかな一品ですが、私にとっての伝説の剣と言ったところで、ありましょうか。

　それでは早速、お掃除の方、初めて行こうと思います。

▼：以降、ＳＥ：コイル耳かき▼
　ふむ……炭酸パックとツボ押し棒でリラックスしていただいたおかげで、浮いた汚れが軽々取れる。
　これは、耳かき自体のベネフィットに沿う爽快な一品ですね。

　勇者様も、気持ちいいのではありませんか？
　ふふ……もう、このまま寝てしまいそう？

　ええ、勿論構いませんよ。
　勇者様がいつお眠りになられても、私は手に入れた品を勝手に試用していきますね。
　どうぞ、このまま気の向くままに、耳掃除の感触をお楽しみください……

＊1分無言。
　
　ふむ、これは、悪くないですね。
　このまま流通に乗せてしまってもいいくらい……。

　っと……勇者様、起こしてしまいましたか？
　失礼いたしました。
　
　つい、この耳かきを使っていたら御奉仕よりも販売計画をプライオリティとして優先してしまいました。
　如何せんこれも性分ですので、お許しください。

　そういうふうに、楽しそうにしているのを見ているのが楽しい？
　なるほど……ふむ、そうですか。
　その……どうも、ありがとうございます。

　いえ、あの……もう少し愛想のある性格や器用な性分なら、良かったのでしょうが。
　折角、勇者様にパーティーメンバーとして雇用していただいたにも関わらず……世界を救うというモチベーションも無く、戦闘にも役に立たず、アイテム収集やネゴシエーションなど、得意分野ばかりマターとさせていただき、大変に感謝しております。

　――そういうお前だから、傍にいて楽しい？
　なるほど……重ねて、勇者様は本当にニッチなクライアントであると存じます。
　勿論、すこぶる良い意味で、です。

▲：ＳＥ：コイル耳かきの音。ここまで▲
＊耳吹き×３回
　ふーーーっ、ふーーーっ。
　ふーーーーーーーーっ

　如何でしたか？
　左耳の掃除はこれで仕上げ含めてFIXとなります。

　勇者様。
　このまま、右側の方を向いていただけますか？

＊ＳＥ：頭を左に倒す音。
　
　ではこちらの右耳も、秘蔵の一品を用いて耳かきさせて頂きますね。
　まずは……っと。
　
▼：ＳＥ：スライムの音。▼

　すこしひんやりしますね……。
　此方、耳かき用ではありませんが、体表面の汚れを取ることに特化したスライムです。
　洗剤不要のボディウォッシュ用品として、私所有の企業とアライアンスしているグループが、コアコンピタンスになり得る商材として開発していたものを試供品として頂いたもので、本来は体を洗うためのスポンジなのですが……お試しに、勇者様のお耳に使って差し上げようとおもいます。

＊20秒無言。

　いかがですか？
　好評なら、旅荷物に加えておこうかと思うのですが……
　悪くないですか？　なるほど、タオルのような摩擦感がなくていい、ですか。
　
　勇者様はあまり肌が強くありませんから、この柔らかい洗い心地は最適かもしれません。
　前向きに検討しておきましょう。
　……と、外耳の汚れは殆ど洗い流すことができたようですね。

＊ＳＥ：個包装の綿棒を開ける音。

　それでは、こちらの耳孔も直接綿棒で摩擦していきます。
　これは先端に特殊な錬金薬を塗りこんだ粘質性の綿棒になります。
　ちょっとヒヤッとしますが、急に動かれないように我慢の方をお願いしますね。

▼：以降、ＳＥ：濡れ綿棒。▼
　耳の中に清涼感が広がって、気持ちいいですか？
　こちらの綿棒の綿球に染み込ませているのは、特殊なゲルとなっておりまして……
　感触はさらさらとしているのに、綿棒自体には粘性が付与される、という。
　ユーザーエクスペリエンス、ユーザビリティ、ユーティリティが両立した品になっております。
　
　勇者様も、気持ちよさそうですね。
　……この清涼感がいい？　
　ああ、どうやら錬金薬には複数種のミントや香辛料などの清涼剤が含まれているそうですよ。
　流石、異世界から取り寄せた品といったところでしょうか。

　勇者様にも、ご満足いただけたようで何よりでございます。
　そう、何事もまっすぐ受け取っていた抱けると、私としてもPDCAを回そうという気になるものです。

　どうしました？
　……何時も、私には感謝してる？　

　その、旅先なのに、実家よりも不自由になったことがない……というのは。
　私にとっては、最大の褒め言葉でございます。
　
　私といたしましても、産まれてこの方「商人」しかできず、宿った「商才」にしか寄る辺がなかった私に……勇者の仲間という至高のインフルエンサーとしてブランディングの協力をさせてして頂き、重ねて感謝の言葉もありません。

▲：ＳＥ：濡れ綿棒。ここまで▲
　……本当に感謝しているんですよ。
　だから、これは特別サービスです。

＊耳吹き×４回
　ふーーーっ、ふーーーっ。
　ふーーーーーーーーっ
　ふーーーーーーーーーーーっ
　
　一度だけ、耳吹きを無料で行わせて頂きました。

　その、勇者様。

　私……重ねて、本当に感謝しています。

　勇者様が私を選んでくださったおかげで。
　私は初めて自分の才能を真に生かすプロジェクトの中核にコミットすることができました。

　タイトな強行軍な上、世間にアジェンダを明かすこともできずに、疎まれ、妬み嫉みと共に悪党とすら呼ばれる日々ですが、チームメンバーとの交流やワークライフバランスにも不満はありません……
　なにより、自分の才能以外も生かせる場というのは、こんなにも気分がいい物なのですね。

　勇者様……どうぞ、そのまま。
　お疲れでしたら、お眠りになってください。
　はい、私の以後の予定は、丸ごと明日にリスケ致しますので……お気になさらず。

・台本（ゆるボイ！）
悪党勇者の奇妙なパーティー「異世界商人の稀品耳掃除」
https://twitter.com/yuru_voi

・台本制作者
ハシダ　シュンスケ