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神様の居候
written by 山葵餅
  • 神様
公開日2022年03月01日 22:00 更新日2022年02月24日 22:00
文字数
1418文字(約 4分44秒)
推奨音声形式
指定なし
推奨演者性別
指定なし
演者人数
1 人
演者役柄
神様(居候中)
視聴者役柄
人間
場所
視聴者の家
あらすじ
今日も残業を終えて家に着く。
すると家にはいつものように神様がいて。
本編
おや、帰ったか人の子よ。
今日もお勤めご苦労様だったな。
また残業とやらだったのだろ。
《視聴者のセリフ》
何故残業という言葉を知っておるのかと問うか。
我は神なのだぞ、貴様の思考すら読めずに何を神と名乗れようか。
冗談じゃよ。貴様はいつも言っておるではないか。
今日も残業?で終電?とやらで帰ってきたのだろ。
だがそんなことはどうでもよい。
どうせ今日も夕げを取らずに眠るのだろ。
貴様は人の子なのだ、きちんと食事をせよ。
人の子はよく働き、よく食べ、よく眠る、これの繰り返しではないか。
そもそもこの世に生きる人の子は皆等しく我ら神の子なのだ。
誰であろうとおのが身体を労らぬやつにはきちんと休むように言うのは親として当然だ。
《視聴者のセリフ》
我が食事をしているところを見たことがない、と?
我ら神は食事というものを必要としないのだ。
古来より人の子は神に作物を供えてきたであろう。
供えられたものを神が食すということはないのだ。
供えた人の子らの神への敬意と感謝こそが我らの生きる糧となるのだ。
そして供えられた作物は土に還りその土地の栄養となるのじゃよ。
つまり我が必要なのは貴様の作る熱湯を注いで3分、とかいうカップ麺とやらではなく、貴様の我を思う気持ちということだ。
だが今の子らは神というものへの畏怖を忘れてしまっておる。
神を見ることができる者が少なくなり、その上日々を生きることで精一杯なのであろう。
かつての人の子は日の出とともに起き、日中は畑を耕し、日暮れとともに家族の元へ帰り、月のもとで星を見たり、小さな蝋燭に火を灯し家族で団らんしていたものなのだがな。
今の人の子の世は夜であってもまるで日中のように明るく、星を眺めることすらできない。
蝋燭ではなくもっと明るく、より広い場所を照らせるものまでできてしまった。
移動手段もかつての人の子が行っていたものとは月とスッポンのような差である。
今ではもうこの地の裏側ですらおよそ一日で行けるのだ。
さらに昼も夜も関係なく働くことができるではないか。
かつての人の子は自身の愛する家族や、その地に生きる多くの人々とともに生きていくために働いていたというのに、今の人の子は働くためだけにに生きておるようではないか。
そもそも働くということ自体が人生の全てではないのだ。
今も昔も人の子の命は我ら神から見ればほんの一瞬、瞬きし、次に目を開けたときには終わっているようなほど儚いものなのだ。
おのが心から欲することをするのも良いのではないか?
他にも情報が伝わるまでの時間も計り知れないほどに早くなっておるな。
人の噂も七十五日、などと言っておったがそれはもう過去の話ではないか。
今の人の子は幾年前の情報であろうと、どこで発信された情報であろうと、簡単にインターネット?とやらで知ることができるであろう。
それは思いを伝えることにも繋がっておる。
かつては遠くの者に己のが気持ちを伝えるときは文をしたため送る。
一国の主であれば家臣に馬を駆けさせ、そして返事が返ってくるのは今か今かと待ちわびる。
何日も、何日もだ。
話だけ聞いておれば過去の日の本よりも今の日の本のほうが良いように聞こえるかもしれぬな。
だが、思いを伝えやすくなったからこそ心は苦しんでおるのだろう。
身体的には楽なことが増えたのかもしれぬが、心にかかる負担はかつての人の子が感じていたものとは比べ物にならぬものであろうな。
だからこそ、神への感謝と言うものも廃れておるのかもしれぬな。
クレジット
・台本(ゆるボイ!)
神様の居候
https://twitter.com/yuru_voi

・台本制作者
山葵餅
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