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薄明り
written by 夜木嵩
  • 恋人同士
  • 寝起き
  • 揺蕩い
公開日2023年01月27日 18:10 更新日2023年01月27日 18:10
文字数
11418文字(約 38分4秒)
推奨音声形式
指定なし
推奨演者性別
女性演者向け
演者人数
1 人
演者役柄
彼女
視聴者役柄
彼氏
場所
彼氏の家
あらすじ
彼女の晴れない心の原因は、親密で結婚も間近に見えたという彼女の親友カップルの心中。
大切なものを失って、何もかもがぼんやりと信じられない彼女の心に、自分は何をしてあげられるだろう。
自分たちは、何を思って恋し続けていくのだろう。
本編
風、強いんだね。
どんよりとした雲たちがみんな流れてく。

誰一人として、流れに逆らおうだなんて出来ないんだ。
木々のように、ここに留まる根を持たなければ、飛び回れる羽も生えてないから。
風が吹くまま、無抵抗で。

まるで、私たちと運命の関係みたい。

いつかは、尽き果てるんだよね。

どんなに熱く燃え上がるような恋だって、その火は儚く消えてしまうように。
どんなに明るい光のような心だって、朽ちて形が保てなくなってしまうように。

私、知ってるよ。

永遠なんてものが存在しないこと。
あの雲たちとは、もう二度と会うことがないこと。

もう、二度と。

あっ、あの雲、鳥みたい。
どこへ飛んでいこうとしてるんだろう。

辿り着けたらいいな。
きっと、すぐに壊れてしまうから。
せめて、瞳にだけでも、幸せの景色を焼き付けられたなら。

私たちも、そんな場所に二人で辿り着けるかな。
私たちなら、辿り着ける。
君なら、そう言いそうだよね。


あっ、起きてたんだ。
おはよう。

何してたのって、いや、ね?

ちょっと、空が綺麗だったから。

君の部屋だと、空がよく見えるから、こういう手持ち無沙汰な時に、つい眺めちゃうんだよね。

私の好きな景色。
君との時間がここにあるから、っていうのもあるけど。

そうだね、幸せに辿り着くっていうのも、そのことばかり考えて、焦るなんて必要はないね。

って、あれ、言ってること、聞こえちゃってた?
それもそっか、起きてるとは思ってなかったから。

うん。
まだ、立ち直れてなんかないよ。

君の前ではこういうとこ、見せたくないんだけど、一度どんよりし始めたら、戻れそうもないね。
抱きしめて。

ありがと。

当面は君のこと、必要とするかもしれない。

そう。
むしろ嬉しいなら、いいんだけど。

他に何ができる、か。

そんなに私のためになりたい?
そっか、君は、本当に私想いなんだね。
なんだか、安心するよ。

でも、ごめん。
わからないかな。

どうすればいいのかも。
私がどうなりたいのかも。

立ち直れそうもないくらいに気分が真っ暗っていうわけじゃないんだけど、ずっと、心の中に何が正しいんだろうっていう疑問が居座ったままで。
生きていくことは出来るけど、それ以上にはなれそうにないような、そんな感じ。

だから、出来ることなら、君にはこのまま、私の心の拠り所でいてくれれば、それが最大限の役割かな。

ひとりきりは、なんだか怖いから。

最近は時々、わかんなくなるんだ。
生きようとすることすらも、正しいのか、間違っているのか。

私のこと、ぎゅっと抱きとめてくれる君に、ただそばにいてほしい。
考えることから投げ出させてくれる君の愛しさを、ただ欲しい。

こんなの、いつまで続くかもわかんないし、そのうち鬱陶しくなってくるかもしれないけれど、それが許せるうちは、お願い。

えっ、何? どうしたの?

ちょっと、今は抱き締めてって頼んでないっ!

でも、離さないで、いいよ?
なんか、このままでいたい気分みたいだから。

そりゃ、癒されるし、嫌じゃないけれど、ビックリするじゃない。
まったく、大人しいと思えば、君もたまに暴走するよね。


理解わかってる彼氏、みたいなのになりたがってるって感じが、逆に恋に不慣れなダメ彼氏くんの雰囲気を強くしちゃってる。
そんな君を私は好きなんだけど。

大丈夫、今のところは。
君がいない毎日じゃ、私には何のいいこともないから。

言ったでしょ、しばらくはひとりきりになるの、怖いって。

それも、私たちがふたりとして生きていることに慣れているからっていうのも、あるんだろうね。
今の心細い気持ちじゃなくても、別れたら寂しくなるだろうし、いろいろと違和感を覚えるのかも。

不思議だよね。
今まで、何にも進んでないとか、一緒にいるだけとか、周りの恋人と比べて、恋人らしく密接なこと、積極的にしてきたわけじゃないし。
そのことを自覚もしてるし、煽られたりもして、そんな距離感に焦ったりする気持ちもあって、お互いに悩んできたのに、それでも、今の私には、君しか見えてないっていう一面があるような気がするの。

こうして抱き締められてしまったら、目でも君しか見えなくなっちゃう。

危ない響きだよね。
盲目的で、きっと大事なものを沢山見落としているはず。

なのに、それが心地いいんだよ。
君も、私のことだけを考えていられたら、それを幸せだって思ってくれるよね?

そうでしょ。
たったそれだけで、どういうわけか人は、気持ちよくなれてしまうみたい。

私も、君も、誰だって、頭の中にあるものには、向き合いたくない辛いものが含まれている。
選ばなければいけない未来の中にだって。
もはや、向き合わざるを得ない大事なものほど、辛い現実なのかもしれないと思えるくらいにね。

だから、いつも触れている辛い現実を忘れさせてくれる、お互いの存在というものが何よりも愛おしい。

楽な方へと流れていく人にとって、恋人とはそんな存在。
だから、人は恋に落ちるのだとか。

そんなことを、誰かが言っていたような気がするけど、忘れちゃった。

もしかすると、恋そのものが健全な行為ではないのかもしれないね。
だから、どうせいつかは歪んでしまうもので、その果てに、憎悪も、執着も……時に、あまりにも軽率な判断さえも、生まれてしまう。

私は、怖いことだと思うよ。
恋というものを。

溺れてしまったら、二度と息が出来なくなるんじゃないかって。
今は、地に足がつく浅瀬で精一杯。
私たちじゃ、今までと大して変わらない気もするけど、沖へと足を向けることにさえ、怯えてしまうの。
人に見られたら、笑われちゃうだろうね。

ずっと前から恋がこんなものだと、知ってたわけじゃないけど、裏切られて怖く感じるようになったからこそ、この感情は、いつまでも拭えないと思うの。

それはまるで、傷みたいに残るんだと思う。
触れられたら、きっと痛みそうね。

今はまだ、ずっと痛いまま。
君の前で、痛くないふりはしてきたけど、隠せてないんだろうなってわかるくらいには、君もどこかよそよそしい顔してる時もあったね。
昨晩だって、そんな感じで。

お互いに、恋愛が下手くそだね。

上手になりたいとは、思わないけど。
背伸びして崩れてしまうくらいなら、このままであり続ける方が安全だと思う。

浅瀬どころか、砂浜でのんびりするくらいの恋って感じ、なのかな?

そうだよね。
君だって、恋はそんなに怖いものじゃないって思うよね。
君となら、上手くやっていける。
そんなことくらい、信じられないわけでも、信じたくないわけでもないの。

本当は、わかってるはずなんだよ。
あんなことになるのは、ごく稀だっていうこと。
大半は、好きか嫌いか、続くか続かないか、それだけの違いにしかならないことくらい。

恋だけが悪者だったと言ってしまうと、現実から目を逸らしているような気分になってくるわ。
確かに、あのふたりにだって、私とか、周りだって、どうにかすることは、出来た、はず。

でも、そんな理性的な受け止め方、感情が許せそうもないんだ。
怖いと思えてしまったものはもう、怖いんだよ。

ねえ、私が本当は、あのふたりみたいな熱い恋愛に憧れてたってこと、どこかで君に言ったっけ。

わかんないならいいの。
そうだったんだよってことだけ。

私たちより先に、あのふたりはもう付き合ってたんだ。

その時の私はまだ、恋愛なんてしたことなくて。
漫画とかドラマでそういうのを好んだりはしたけど、それってあくまでも、自分とは遠い世界なんだよね。
王子様をカッコいいとか、狡猾な恋敵にムッとしたりとかはしても、現実では恋愛っていうものにピンと来なくて。

だから、初めて実感の湧く恋愛を目にしたのが、私にとっては、そのふたりだったの。

最初から、君も知ってるくらいの熱いふたりでさ。
ちょっと鼻につく気もするけど、あの憎めない幸せオーラって、何で出来てるんだろうね。

ああいうのが結局は一番幸せなのかなって思った。
それに、あの密接さは、ここにはまるで二人だけの世界があるかのような空間を創り出してた。
そこには、なる側に立たないとわからない幸せがあるように見えて、羨ましかったな。

私、両方とも仲良くて、惚気話は両方からよく聞かされる関係だったけど、その時の顔も、見るからに幸せそうで、ますますふたりの恋愛に憧れていくのと、ふたりを見返してやりたいって気持ちもどこかであったのかも。

君に告白されたのは、そんな頃だったはず。

あ、安心してね?
そんな時期だったからって、恋愛ができるなら誰だってよかったと思ってたとか、そんなことは一切ないから!

期待は、結構しちゃってたけど、結果はご存じの通りで、っていうことで。

でも、君といられる時間は愛しいの。
もっと求め合えたら、あのふたりみたいな熱烈な幸せを感じられるのかなとか、そういうことは思ったけど。

そうして、自分の恥じらいとか、いろいろあって、堅実的な関係のまま、熱くはなれないってことを思い知らされて。
自分自身には諦め、というか、このままでも十分だったんだけど、その代わり、ふたりの熱気を感じてたくて。

たまに、Wデートとかしたじゃない?
あれって、そういうつもりもあって。

あと、あっちがベッタリだからって口実で、君に甘えられるからっていうのとか。
ふたりきりになると、すぐに元通りになるけど。

あとは、ちょっとは君にあんな感じもいいんじゃない?って圧力掛けるつもりとか、いろいろあったけど、とにかく、私はあのふたりを理想の恋人みたいな目で見ていたんだと思うの。

恋人の良し悪しなんて、仲の良さこそすべてみたいな、単純なところもあるでしょ?
私は、あのふたり以上に見てわかるくらい仲の良い恋人なんて、知らなかったから。

あとは、相談はいろいろと乗ってもらったかな。
歳は一緒でも、恋愛経験上は先輩だし。

向こうも、プレゼントとか、仲直りとか、相談してきて、ほら、元々惚気られるくらいには気心の知れてるふたりだから、そこはお互いに応援し合ってたかな。

何度か、あのふたり仕込みのお誘いとかも、君にしたし?

あ、なんかわかってた?
らしくないって?

やっぱり、普段の私は奥手なんだね。

無理してるように見えた?

そ、それは、確かに、ドキドキしながらだったとは思うけど。
だって、大体あのふたりが言い出すのって、直球的で恥ずかしいヤツなんだもん。
もう罰ゲームだよ。
君が喜んでくれるからって言葉に釣られてやってたけど、本当にそうなの?
いつも、困惑してなかった?

そ、そう、ドキドキしてくれたんなら、いいん、だけど。

でも、いつもあんなに正直になれたら、もっと恋人として盛り上がれるんだろうな、とは思ってたんだ。
ふたりはあれを、平気な顔でやってたってことでしょ?

なんだか、凄いね。
思い返すほどに私には辿り着けそうもない領域だって、現実を叩きつけられてる気分。

今も、全く違う意味で現実を叩きつけられてる。

まだ、飲み込めてないよ。
出来ることなら、理解できないでいたかった。

何が起こったの?
何を間違えていたの?

こんな、もの。

ああ、ふたりの恋というものは、こんなもの、だったのかな。

あんなに見上げていたものが、こんなもの、か。

もちろん、私なんかじゃわからない、ふたりの闇、みたいな心だってあったかもわからない。
私たちだって、不安を抱えたりするように。

内側じゃないと見えないものはきっとあるから、思うことがあっても、私では答えを出すことは出来ない。
ふたり以外には、推測しかできない。

私にも、その日、メールが送られて来てたの。
最期の言葉、みたいな意味だったのかな。
こればっかりは、ずっと消せないだろう一通。

ほら、これ。

「私たちは幸せになります。
ありがとう」

送られてすぐだったらしいから、その時見てたとしても、間に合いそうにはなかったみたい。
悔しさとかは、気付けていたらとは思うけれど、予兆と言えるような心当たりもないし、漠然とした後悔ぐらいじゃ、もう、今や何もかもが虚しくて。


ごめん。
ちょっと、クラっとしてきた。

まだ、向き合うには記憶が生々しすぎたのかも。

結婚したいとか、子供は~とか、将来は~とか、ふたりともいろんなこと言ってたんだよ。
それこそ、私たちが付き合う前、一方的に惚気話聞かされてた頃から。
ちょっとそれはまだ早すぎるんじゃないのって思ってたけど、その時から、お似合いだったな。
不思議と、家族がイメージ出来たんだもん。

それから順調に最近は同棲も始めて、彼の方から、貯金頑張ってる、みたいな話もされたっけ。
もう、買う指輪は決めてる、だとか。

あの時の、恥ずかしげながら見せた誇らしそうな顔。

あの後、彼女と話した時に、彼のそわそわした様子が怪しいって言われたっけ。
私、サプライズにしたいって言われてたから答えは言えなかったけど、思わず笑っちゃったっけ。

あの時の、確信を込めたドキドキで赤くなった顔。

ふたりとも、嘘じゃないはずだよね。

じゃあ、何で。
それなのに。

何のために頑張ってきてたんだよ。
アイツを泣かせてやりたいとか、言ってたのにさ。

何で、関係ない私が泣かされなきゃいけないんだよ。

何を期待してたんだよ。
遅いわって、文句言ってやるって言ってたのにさ。

何で、そんなことまで早まったんだよ。

私、こんなことになって、何もかもがわかんなくなってる気がするんだ。
いつかは、元に戻るのかもしれないけれど。

でもひとつ、幸せの定義だけは私、一生見失ったままになるような。
君といる幸せを感じながら、その幸せのことも疑っちゃうし。
それくらい、何もかもが信じられなくなってしまったみたい。

ねえ、幸せってさ、何だと思う?

普通でも難しい問題だけど、私には、一文字も浮かばないみたい。
なんなら、拒絶すらしちゃってるし。

今まで、その真ん中に愛はあるものだと、自然に思ってたんだ。
守るものというか、想うものというか、毎日に意味を添えながら、人生というものを積み重ねていくような。
明日に続いていくものがあって、昨日までの意味があって。
それが私だと誇れるようなもの。

それが幸せであって、愛が意味を教えてくれるはずだって、考えてた。

その愛は、例えるならばあのふたりの織り成す形のことを言ってるんじゃないかとも。

ふたりは、幸せそうだったのに。

自分と他人の間じゃ、ないものを羨んでしまうから、比べられないとしても、私よりも幸せそうに見えた。
とにかく笑顔が多かった。

やっぱり、隠してたのかな。
上手くいってないとは思われたくなかったとか、そんな見栄があったのかな。

そんなこと思っちゃうと、今までのふたりの言動の全てが信じられなくなってきそうだから、そんなことはなかったと思いたいんだけど、でも、そうじゃないとこんな理解できない現実は来てないわけで。

最初から、こんなことを望んでいたとしたら、とうとう愛というものは存在しないとすら思えてしまえそうだよ。

ふたりの気持ちの上での真実は、もう何も答え合わせは出来ない。
だから、あまりにも望まないような辛い正解を与えられることはないけれど、同時に残酷な可能性を拭うこともできなくて。

私は、まだずっと混乱したままで。
雲の隙間から光が差してはまた遮られるような、終わりの見えない無彩色の繰り返しの中にいるせいで、ただ陰鬱な気分が続いてる、感じ。

ずっと引っかかってるの。

あのメールの意味、あれは何だと思う?

決意を固めて、「幸せになります」って言葉を送ったんだと思うと、そのことが幸せってことになる。
ふたりの中で、そうなるだけのことがあったとして、やっぱり、私には受け付けないものがあるみたいで。

知りたいような、知りたくないような。
気付いているけれど、私の心のどこかが、私に気付かせまいと覆い隠しているような気もして、これがまた気を塞いでくるんだ。

ふたりには、その先に何があるように見えたのかな。
その幻覚は、誰しも恋の中で見てしまうものなのかな。

なんとなく、ふたりだけの事情だって、簡単に遠ざける気にはなれないの。

それが本当に幸せだったのかもしれない。
もしかすると、そんなことすら思えてくる。

それを、私はどうしても、悲しいと解釈することしか出来ないけれど、ふたりの立場になれたら、考えは違ってくるのかな。

だとすると、同じ思考になれない私と、ふたりとは、何が違うんだろう。
何を幸せとしているのか、何を理想としているのか。
あるいは、何を恐れているのか。

ふたりの愛を理想みたいに思ってたからかな。
私には、得体の知れない感覚ながら、私の中には存在しないとも言い切れなくて、私も、君との愛を深めていけば、そうなってしまうのかな、なんていう恐怖のような、私に身動きを取れなくさせる、悲観的なイメージが取り憑いてる状態で。

ううん、なんかキツいな。
私、大丈夫って言葉じゃ信じ切れない。

私の信じてたものが泡沫だって見せられて、君ですらここにいてくれない限りは、安心できないんだよ。
未来なんて、何一つ確かなものがあるかどうかすら。

真面目に考えようとすると、過去もダメになってきそう。
早く、自由になりたいよ。

何もかも見失ったままじゃ、逃げようにも自分自身が鬼の追いかけっこだから、向き合わざるを得ないみたい。

でも、向き合ったって、何にもわからないし、何にも心が軽くならないの。
迷走を重ねるばかりで、余計に森の奥へと進んでいるような感覚。

私は何をすればいいの。
どこに出口はあるの。

君を頼っても、気を紛らわせることくらいしか出来ないし。

謝らないで。
たとえ、私の心を晴らすことが出来なくても、気を紛らわせられるのは、君くらいなんだから。

君しか、いないみたい。

だから、君は、ただ私のそばにいてくれる。
それだけで構わないから。

でも、逆に言えば、それだけはどうか、約束してほしいくらい。

それくらい、恋人として当たり前、か。

恋人として、ね。

恋人って、そういうものなのかな。
なんというか、好きだから、自分の全てを捧げたい、みたいな。

少なくとも、君にとっての私は、それくらい大切ってこと、なんだよね。
それは嬉しいことだよ。

じゃあ、何を差し置いてでも?

そっか。
そんな迷わず言えちゃうんだ。

世界一大切だから、とか言い出しそう。

そういうところ、同じなんだね。

私もだけど、あのふたりとも。

ふたりとも、私に向かって言ってきたよ?
彼が、彼女が、世界一大切なんだって。
それはもう、お互いがいないと生きていけないって。

気持ちはわかる気がするんだ。
あのふたりと私たちとじゃ、描いてきた愛の形は違うのかもしれないけど、心の中はどこか同じ物を抱えているような。
恋心っていうのは、みんな単純なくらい同じものなのかもね。

私だって、今、君が隣からいなくなったりしたら、どうやって生きていくんだろう。
そんな未来で笑ってるイメージは、どうしても浮かばないかな。

前からこういう嫌なこと、考えちゃうことはあるけど、毎回毎回辛くなるね。
そうなることなんて、ほとんどあり得ないのに、想像ばかりしてしまう。
嫌だからこそ、なのかな。

想像はしたって、実際のふたりの日常は、当たり前のように続くって思ってる。
嫌な想像の何十倍も、一緒に将来を共にしていく想像をいっぱいしてる。
だって、それはそうなりたいから。
君と笑い合いたい。
愛を深めたい。

私の願う未来には、いつだって一緒に君がいるから。
君がいないといけないから。

でも、同時によぎるものはあるんだ。
願い事って、何でそれを願うんだろうって。

君はさ、わざわざ毎日、今日も地球が滅びませんようにって、願ったりする?

しないよね?

だって、地球が滅びることなんて、想像できないから。
今日は滅びるかも、なんて、考えたりしないから。

人は、願わなくても叶うことを、願ったりはしないの。

じゃあ、私が君との幸せを願うのって、私の中に、無意識にも考えちゃうものがあるってこと、だよね。
願えば叶うなんて、そんな世界は優しくないけれど、気付けば私はいつも願ってる。

それは、勝手に頭の中に湧いてくる、悲しい想像を押し殺すため、なのかも。
望んでないのに、嫌なことばかり考えてしまう私の。

恋人のもしもの話では定番だよね。
もし、私が死んでしまったとしたら~、なんて仮定。
そんなことないのに、いたずらに悲しくなるだけなのに、でも、しないと不安になるのかな。

叶うことを願うからこそ、叶わないことを考えないなんてことは出来ないみたい。

人はみんな、怖がりなんだよ。

死にたくないし、傷付きたくないし、貶されたくない。
でもそれは、生きていたいからで、笑っていたいからで、愛されたいから。

あのふたりだって、あんなに愛が深くても、お互いが触れられない心の隅で、ひっそりずっと、そんなことを怯え続けていたようにも思えるの。

世界で一番大切な恋人のこと、失うことを。

何が起こるかわからない世界だからね。
運命のようなふたりだとしても、永遠は誰も保証してくれない。
不運としか言いようのない事件や事故、不治の病、恋人にとって残酷な出来事はそこらで起きている世界。

もし、その運命の被害者が自分なら、恋人なら。

待ち受けている未来を知ることは出来ないから、そんな不安に溺れたら、とことん沈んでいくばかり。

勝手な想像かもしれないけれど、ふたりは、お互いに不安を打ち明けられないような気がするの。
そんなところを見たことがない。

抱えてる感情を、愛に変換して忘れたふりをする。
ふたりでいる限り、そうして幸せを感じられたはずだった。
でも、そうやって隠すほどに不安は大きく育ってしまうから。

じゃあ、もしそこに、結婚という現実が火をつけたとしたら?
恋人と夫婦は、延長線上にありながら、まるで様相が違うもの。

運命なんて言葉で言い訳のつかない仲違いの離別だって、運命みたいなふたりにすら起こるから。
完璧な愛情なんて、この世には存在しないんだよ。

ふたりは、ふたりが別れる未来を心の中で描いてしまった。
そうして、愛し合うだけでは、自分を誤魔化しきれないくらいの大きな不安になってしまっていることに、気付いてしまった。

いつまで彼女は、彼は、自分を愛し続けてくれるだろうか。

こんなふたりでも、ちゃんと生きていけるだろうか。

恋人と違って、恋愛感情だけで夫婦は維持できないものだから、そういう新しい不安にもぶつかったのかも。

そうだとすると、「幸せになります」と言って、全て、命すらも投げ出したふたりの感情は、理解できる、かはともかく、ふたりなりの道理には合うのかもしれない、のかな。

不安に飲み込まれたまま、倒錯の中で仮定と空想を比べてしまったとしたら。

世界で一番大切な恋人と別れる生か、お互いを想ったまま、大切なままでいられる死か。

愛し続ける生という可能性が潰えたどころか、消えかかってすらいないというのに。
本当は、それが一番の理想なはずなのに。

幸せを求めるあまり、確かな幸せを見失ってしまった、ということなのかな。

もちろん、これはあくまでも私の想像っていうだけだよ?
もっと、ふたりの間には重い真実があるのかもしれない。

ここまで極端なこと、普通じゃないから。
ふたりのこと、私が全部知ってたわけじゃないし。

というか、これだけ話してはみたけれど、そもそも見当違いなのかもしれないし。

でも、ふたりなら、そんな過ちもあり得るような気がするの。
嫌だけど、納得は出来てしまうような。

ふたりの不安が噛み合ったりしなければ、どっちかが、きっとうまくやっていけるよって、笑いながら一蹴して生きていくことも、あったはずだけど。

これも、ふたりが恋に溺れすぎていたが故、だったのかな。

恋って、怖いな。

君がいなくなる不安を考えると、浅瀬で精一杯とは言ってみたけど、私も溺れてるような気がするの。
自分が恋にどれだけ蝕まれているか、考えるほどにわかんなくなる。

君のことは好きだし、好きでいたいし、それを間違いだとは思ってないし、思いたくない。

でも、それが恋に溺れるということなのだとしたら、どうすればいいのか、わかんないよ。

考えすぎなのかな。
でも、今まで通りでいいのか、なんか、不安で。

えっ、私が望んでること?
それは、君と一緒にいたいってことに、変わりはないのかな。

溺れるのは怖いけど、どんな感情にも邪魔されずに愛し合えたなら。

気持ちの問題?

そうだね。
だからこそ、どうすればいいかわかんないし、でも、すぐそばにある気もするんだ。

今までの関係に不満、っていうのがあるかというと、そういうことじゃないんだけど。

今は、とにかく不安が巨大に見えてしまってるだけなのかも。

何もかもにある、終わってしまう運命にばかり気持ちが囚われているみたいで。

特に、人なんて、一瞬で消えてなくなっちゃう。
行く先も知らない雲みたいなものだから。

信じられるのは、辛うじて生きている今くらい。
今できるのは、怯えることくらい。
そんな私になっちゃってる。

笑えないわけじゃないけれど、そうして心が晴れるのも束の間で、すぐにこの恋も人生も全てが壊れていくように見える薄暗いフィルターが掛かってるような気分に引き戻されて。

君を愛しているのに、愛すことがどこか辛いの。
でも、愛さない方がもっと辛いから、そばにはいてほしくて。

なんだか、自分の中にある闇を、君で誤魔化そうとしてる気もするけれど、それしか、私には可能性が見出せなくなってるみたい。
私自身と向き合うほどに苦しくなるんだもん。

でも、そうしたら私、ずっと誤魔化していくことになるのかな。
君の愛に触れてないと怖いからって、自分と向き合ってしまうと沈んでいくからって。
対症療法みたいなことしかできないで、心を蝕んでる不安には、何にもできないまま。

このまま生きるのも、辛いな。

死にたいとは、思わないけど。
君がいるから。

いなくなったりなんかしない?
君が?

本当に?

別に私は、永遠に君といられないことに絶望してるわけじゃないの。
人が出会えば、いつかは別れること。
生まれた時から知ってるし、抗いようのないことだから。

ただ、どれだけ愛しても、幸せになれても、この胸を引き裂かれるような、理不尽な別れがあるように思えて。
君を愛すほどに、抉られるような予感が離れないの。

望むようなものを手にしたとしても、全て奪われるような気がして。
別れ一つ一つが私の心に刃を振りかざして、元の形には戻れないほどに切り刻んでくるような、強い予感。

もう既に、戻れなくなってるのかもしれない。

わからないことに怯えるくらいなら、私は、今、君と愛すことだけを出来たらな、とも、思ってるんだけど、消えないものは消えないんだよ。

さっきから、君が話聞いてあげるとも言ってないのに、いろいろと話しちゃった。
こんなの、君も、どうすればいいかなんて、わかんないよね。
ごめんね、そんな申し訳ない気持ちにさせちゃって。

あの彼とは違うから、なんて、あのふたり、こんな悩みでもうまく乗り越えていけるかはわかんないよ?
あのふたりも、弱かったんだと思うもの。
だって。

でも、そっか。
私たちは、私たち。

そうだよね。
あのふたりと私たちは、確かに違う。

だって私たち、お互いに奥手だし、駆け引きなんて上手くないし、素直になれないし。
何よりもまだ、私たちはここにいる。

どんな運命がこの先待ち受けていたとしても、今ある現実は嘘じゃないから。
ここにいる君のことは、信じられるんだ。

ここには、君がいる。
私の愛がある。

ただ、それだけなのかもね。

ねえ、好きだよ。

君も、私のこと好き?

んふふっ、嬉しい。

ほんの一瞬だけど、それでも、前を向ける気がした。
一瞬かもしれないけど、向けるって思うだけで、少しはマシになれたのかな。

でも、まだ、怖いまま。
誤魔化してくしか、方法はなさそう。

元々だって、誤魔化すようにやってきてたからね。
不安を願いで覆い隠してさ。
それでも、回ってたんだから、きっと大丈夫、なのかな。

私は今、君が好き。
それだけを武器に生きていくって感じだけど、君がいるなら、うまくやっていけるかな。

いつかはそのまま、真っ直ぐな愛になるといいな。

僕がいるからって、ふふっ、カッコつけたこと言っちゃって。

でも、本当にそうなのかもしれない。
だから君のこと、しばらくは頼らせてね。

ってか、恋人ってそういうものなのかな。

いや、こんなものなのかも。
お互いに必要だから、なるんだもんね。

それなら、気兼ねなく。


 (虚ろに)

ああぁ、君と、ずっと一緒にいられるといいのにな。
この日々が、永遠に続いてくれたなら。
クレジット
・台本(ゆるボイ!)
薄明り
https://twitter.com/yuru_voi

・台本制作者
夜木嵩
ライター情報
ヤンデレとか書きます。

Twitterアカウントは@yorugi_suu以外一切関与しておりませんのでご了承ください。
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