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公開日2023年08月15日 16:54
更新日2023年08月15日 17:07
文字数
14515文字(約 48分23秒)
推奨音声形式
指定なし
推奨演者性別
指定なし
演者人数
4 人
演者役柄
指定なし
視聴者役柄
指定なし
場所
指定なし
あらすじ
3500万円で彼女ができたお話
本編
【明転】
正美「肝心なときは、いつも雨だ。興味ない日は、だいたい晴れ。」
【暗転】
【明転】
小野寺「いやあ、雲一つない良い天気ですね!」
正美「はいはい………素晴らしい快晴ですね。」
小野寺「正美さまは行かないのですか?」
正美「どこに?」
小野寺「花火大会。」
正美「興味ねえな。」
小野寺「………本当に?」
正美「いいか小野寺、俺が行くと大雨だぞ。」
小野寺「ヨッ!雨男!」
正美「なめとんのかこの野郎!」
(小野寺、軽くどつかれる)
小野寺「ハハハ…痛い痛い。」
正美「だいたい行くかよ、あんな人混み。そういうのは弟に任せた。朝から彼女と『浴衣デート!浴衣デート!うなじ万歳!!浴衣デート!』って言ってうるさいし…」
小野寺「ハハハ…いつものことじゃありませんか。」
正美「マジむかつく。」
小野寺「では、正美さまも可愛い彼女をおつくりになっては…」
正美「できねえよ!!」
小野寺「ハハハ…」
正美「この顔で彼女ができたらびっくりだわ。見ろ…!この獣のように醜い顔を…!!」
小野寺「そ、そんなことは…」
正美「これで名前が『正美』だろ。正しく美しいと書いて正美。名前負けにもほどがある。対して、弟の野郎はちゃらんぽらんでも顔がいい。つまり女の子にモテるというわけだ。……ふうむ、世の中不平等。」
小野寺「しかし、しかしながら…」
正美「そのうち家元の座も弟に取られる。まあそんなところだ。俺はもうあきらめた。いろいろ無理。……さ、家でビールでも飲もう?」
小野寺「わたくしは………」
正美「ん?」
小野寺「わたくしは…時期家元に正美さまを推薦します!!あなた様ほど華道の才があり、聡明で優しく、花に心を通わせるお方は他におりません!!!白鳥流の極意である空間の自然美!一瞬の儚さ!それらを味わい深く表現できるのは正美さまの力です!どうか今一度お考えを改めてくださいま……」
正美「小野寺、ビール。」
小野寺「あの、人の話聞いてました?」
正美「聞いてたよ。ちゃんと聞いて、全部無視した。」
小野寺「もう!」
正美「悪いな………俺はもう比べられるのに疲れたんだ。あっちは小さい頃か天才美少年扱い、こっちは取材なしで…写真は全カット。大事な作品さえアイツの日陰。もう………うんざりだよ。」
小野寺「(ビールを注ぎながら)そんな……あの……元気だして下さい。今日は年に一度の祭りの日です。り、りんご飴買ってきますから!あっ、いや、たませんの方がお好きですか?!?」
正美「あのさ、そんな子どもだまし通用しないよ。」
小野寺「………。」
正美「(ビールをかかげつつ)もう、子どもじゃないんだから。」
小野寺「んんんんんん……………んんん…………どうしましょう?」
正美「あきらめろ。」
小野寺「……………………わかりました!!!白鳥家、秘書小野寺!正美さまのためにとびっきり可愛い彼女をお探しいたします!!!」
正美「なんでそうなる!!!!!」
小野寺「駄目ですか!!!!!」
正美「っていうかどうやって!?!」
小野寺「レッツお見合い!!!」
正美「はあ?!……………………………………めんどくさ。」
【暗転】
【明転】
正美「肝心なときは、いつも雨だ。興味ない日は、だいたい晴れ。」
【暗転】
【明転】
小野寺「今日は大雨ですね。」
正美「そうだな。」
小野寺「実はけっこう楽しみでした?興味アリアリでした?」
正美「ちげえよ。」
小野寺「またまた、ご冗談を…!」
(雨が一段と強くなる)
正美「うるせえ。」
小野寺「ヨッ!雨男!」
正美「お前がどうしてもって言うから、一回だけだぞ。変なヤツだったら即帰るからな。」
小野寺「もしかして緊張してます?」
正美「ちげえよ。」
小野寺「またまた、ご冗談を…!」
(激しい雨に加えて、雷がなり始める)
正美「ああもう…!ちがうって!!」
小野寺「ハハハ……そろそろお時間ですね。」
正美「えっもう?!心の準備が…」
小野寺「ハーーーイ!扉開けますよ!……どうぞ!!!若い二人でごゆっくり!」
【暗転】
【明転】
かぐや「はじめまして。」
正美「はじめまして。あの…お名前は?」
かぐや「竹内かぐやです。…あなたは?」
正美「白鳥正美です。」
かぐや「………。」
正美「………。」
かぐや「雨、ひどいですね。」
正美「ええ。自分、昔から雨男みたいで。」
かぐや「そうですか。」
正美「はい。」
かぐや「……………。」
正美「……………。」
かぐや「あの…」
正美「はっ、はい!」
かぐや「縁談料ありがとうございます。」
正美「……は?」
かぐや「本日のお見合いの基本料金です。」
正美「何それ……??」
かぐや「ざっと20万円ほど。この後オプションで手繋ぎ5万、ハグは10万円となります。」
正美「うわあマジかあ…そういう業者かあ…。」
かぐや「…すみません。」
正美「いや、おかしいと思ったよ。こんな美人でとびきり可愛い子が俺とつり合うはずないもん。」
かぐや「…………本当にすみません。かぐやも出来ればこんなこと言いたくないのですが、マニュアルにそう書いてあって。えっと…その…かぐやは…」
正美「……お、おいおい泣くなって!」
かぐや「……宇宙人なんです!!!」
正美「ちょっと待てええええ!!!!!」
かぐや「もう疲れちゃいました。そう…人からお金をだまし取って、がっかりさせるだけの毎日に。…もう疲れちゃいました。…かぐや…かぐや…お爺さんとお婆さんの言いなりなんです。……助けてください…!!」
正美「いや、ちょっと待って!?!???落ち着こう。」
かぐや「さあ一緒に深呼吸、深呼吸…!」
正美「お、おう?!」
かぐや「吸ってえー。」
正美「スー。」
かぐや「吐いてえー。」
正美「ハー。」
かぐや「吸ってえー。」
正美「スー。」
かぐや「吐いてえー。」
正美「ハー。」
かぐや「どう?リラックスできました?」
正美「ええ。」
かぐや「よかった。」
正美「って、ちがう!!そうじゃない!!?!宇宙人ってどういうことだよ??」
かぐや「托卵性の宇宙人です。かぐやの母は国の風習により、月という星から地球にやってきて托卵しました。よって、かぐやは笹からうまれたのです。……まあ簡単に言えば、長期にわたるホームステイのたぐいですね。」
正美「かぐや姫かよ!!?」
かぐや「はい、ご名答です!」
正美「……マジか。」
かぐや「たしか…遥か昔の先祖は『なよ竹のかぐや姫』と呼ばれていました。」
正美「信じられん…頭痛いわ…」
かぐや「でもかぐやを拾ったお爺さんとお婆さんはお金に目がなかったのです!一族の美貌は……かぐやの代で悪用されました。自由もない…終わりもない…!!こんな生活もうこりごりです!!助けてください!!!!!」
正美「わかった!わかったから!!!」
かぐや「お願いわかって!!……かぐやは、もう………疲れちゃったの。」
正美「ううん…と…出来ることなら何とかしたいけど…。こんな馬鹿げたこと…俺もおかしいって…思う…よ…」
かぐや「…………本当に?!」
正美「えっ。」
かぐや「本当に………本当に助けてくれるの?」
正美「……あっ、いや…」
かぐや「ありがとーーー!!大好き!!」
【溶暗】
正美「このとき、ダメとは言えなかった。」
【暗転】
【明転】
正美「…というわけなんだよ。」
小野寺「それは大変なことになりましたね。」
正美「人ごとかよ。」
小野寺「やけに冷静ですこと。」
正美「いや、宇宙人だなんて現実感なさすぎて…」
小野寺「………正美さま?」
正美「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ………一体俺にどうしろっていうんだ??」
小野寺「ほっとくわけにもいけないですし?」
正美「………見捨てるなんてなおさらできない。……無理だよ。あんな悲しい目で、あんな小さな手で、すがられたら、もう……」
小野寺「正美さまは優しいですね。……わたくし、心を打たれました。」
正美「これでも心配性なんだ。………知ってるだろ。」
小野寺「ふむ………………………そうだ!!!!お見合いを成立させましょう。あの子と結婚すればいいんです!!!」
正美「は??!いや、ちょっと待て!!!!!何でそうなる!!!!」
小野寺「いいですか!目には目を歯には歯を!お金にはお金です!!基本料金20万、手繋ぎ5万、ハグ10万。のべ35万になりますでしょ。むこうが欲しいのはお金です。白鳥家の財産でその10倍…いや、その100倍の3500万を支払えばお見合い100回分になります!!!これを持参金としてお見合いを成立させましょう!!!」
正美「だ、だからちょっと待て!!!!!!」
小野寺「先ほど、『見捨てるなんてなおさらできない』とおっしゃったでしょう?」
正美「…ンン!」
小野寺「見捨てるんですか?」
正美「それはでき……………………ない。俺の道徳心に…反する。」
小野寺「では、わたくし交渉に行ってまいります!!!!」
正美「行動はやっ!??」
小野寺「善は急げです!!!!」
(小野寺、走り去る)
正美「ああもう!!!わけわかんねえ!!!…………成るように…成れだ!!!」
【暗転】
【明転】
正美「その夏、彼女ができた。3500万円で。」
【暗転】
【溶暗】
正美「かぐやがうちに来てから俺は変わった。あいつの言葉は真っ直ぐで、どこまでも自信にあふれている。陰気な俺と違って、そこぬけに明るい。まぶしいくらいだ。……花を一輪生けるたびに、全力で褒めてくれる。」
かぐや「正美!正美!きみは天才だよ!!コスモスはこんなに色鮮やかで!!ダリアはこんなに美しいんだね!!」
正美「俺の作品はみるみるうちに上達し、白鳥流の話題となった。」
かぐや「正美!正美!きみこそが次期家元にふさわしい!!白鳥流・本家の意志をつぐのはきみしかいないよ!!!自信をもって!!きみの花は美しいんだ!!」
正美「月日は流れた。」
かぐや「ねえ、正美。楽しい時間はあっという間だね!」
正美「気づいたら俺は……………………………白鳥流・本家家元になっていた。」
【暗転】
【明転】
正美「肝心なときは、いつも雨だ。興味ない日は、だいたい晴れ。」
【暗転】
【明転】
かぐや「………今日は三日月がきれいだね。」
正美「……?」
かぐや「…とってもきれい。」
正美「どうした?……珍しく浮かない顔して。」
かぐや「………………次の十五夜の夜、かぐやは月に帰らなければいけないの。」
正美「月って…そんな!!」
かぐや「引き止めないで。……「かぐや姫」は月に帰る運命だから。」
正美「嫌だ!!嫌だ!!!もう俺はお前なしじゃ生きていけない!頼むよ!一生のお願いだ!ずっとそばにいてくれよ!!!」
かぐや「……ごめんなさい。それは掟に反するの。だから…」
正美「だったら俺も…月へ行く!!」
かぐや「きみは地球に残って。お願い…!!白鳥流・家元が6代目の襲名直後に席をあけてどうするの?」
正美「そんなのどうだっていい!! かぐや、俺は……」
かぐや「………?」
正美「俺は…」
かぐや「…………正美、落ち着いて。」
正美「俺は…………お前が…大好きなんだよ。ああ…くそう……!!恥ずかしくて、死にそうだ。」
かぐや「………。」
正美「ああもう……こっち見んなって!」
かぐや「ふふっ…………真っ赤ね。」
【溶暗】
正美「俺はもう、どうすればいいんだ…………」
【暗転】
【明転】
かぐや「そろそろ寝よっか。」
正美「…なんだよ。」
かぐや「珍しいね。正美が、こんな時間まで起きているなんて。」
正美「うるさい。」
かぐや「調子悪いの?」
正美「別に。」
かぐや「わかった…!恋わずらい?」
正美「…うっ。…そんな…愛とか恋とか…そういう…単純な感情じゃなくて…その…」
かぐや「(じっと見つめながら)じゃ、なあに?」
正美「っていうかお前、そんな人ごとみたいに言って…!!」
かぐや「照れてる正美って、すっごく可愛いんだもん。」
正美「……は?」
かぐや「かぐやが大好きなんだね。……いなくなっちゃうの、さびしい?」
正美「………。」
かぐや「…………ごめんね。」
正美「あのさ、………月に帰ること……今まで何で黙ってたんだよ?」
かぐや「だって、言ったら正美が悲しむでしょう?……ずっと、言いたくて、言えなくて……かぐやは苦しかったの。」
正美「……かぐや。」
かぐや「ごめんね。本当に……ごめんね。………ごめんなさい。」
(かぐや、正美の甚平のそでをつかみそっと寄りかかる)
正美「そんなに…謝んなくていい。」
かぐや「でも…!」
正美「お前はわるくない、と思う。少なくとも俺は…」
かぐや「正美は……やさしいね。地球で一番、やさしい人間……」
正美「言い過ぎだよ。」
かぐや「だって、大好きなんだもん。」
正美「………。」
かぐや「……初めて会った時からずっと、困り顔が可愛いひとだなあって。」
正美「…なんだよ、それ。」
かぐや「ふふっ、…………きみ、その顔だよ。」
正美「あの…近いって。」
かぐや「いいじゃん。夫婦でしょ。」
(かぐや、正美の肩に手を置きおでこにキスをする)
かぐや「何したっていいんだよ。」
正美「………えっ。」
かぐや「好き。」
正美「ちょっ!?…ま、待って……」
(かぐや、正美をぎゅっと抱きしめる)
かぐや「…地球で、いや、宇宙で一番あなたが好き…!」
正美「駄目だって、そんな……!!か、かぐや…!?!」
(かぐや、正美の髪をくしゃくしゃにしながら微笑む)
かぐや「………正美、落ち着いて。」
正美「……駄目だって!」
かぐや「さあ一緒に深呼吸。」
正美「あのさあ…」
かぐや「いいから!!」
正美「ああもう……わかったよ。」
かぐや「吸ってえー。」
正美「スー。」
かぐや「吐いてえー。」
正美「ハー。」
かぐや「吸ってえー。」
正美「スー。」
かぐや「吐いてえー。」
正美「ハー。」
かぐや「どう?リラックスできた?」
正美「できねえよ。」
かぐや「ふふっ。」
正美「………俺は、お前を……お金で買ったんだぞ。それもただの同情の気持ちで。」
かぐや「きっかけなんかどうでもいいの。」
正美「………。」
かぐや「正美の今の気持ちは?」
正美「それは…その…」
かぐや「今日ね、とびきり嬉しかった。初めて正美から…ちゃんと言葉で「大好き」って言ってくれたこと。だからね、あのね、……今夜はずっとふたりでいよう?…駄目かな?……駄目ならあきらめる。」
正美「………。」
かぐや「………。」
正美「かぐや……………………お前、それはずるいよ。」
(正美、震えながらかぐやの頬にキスをする)
かぐや「……あっ、正美…!?」
正美「(耳元でささやくように)……大…好きです。」
(正美、かぐやの耳を軽く甘噛みしながら畳の上に押し倒す)
かぐや「急に…そんな…!!?!…それはダメ……」
正美「…駄目じゃない。」
かぐや「ダメなのっ…!!」
【暗転】
【溶暗】
かぐや「三日月だけが知っている。」
正美「ふしだらで純情な。」
かぐや「きみを見たのは、初めてで。」
正美「あの日の二人は。」
正・か「宇宙で一番、幸せだった。」
正美「………大好きだから、かぐやを一人で月に帰すと決めた。なぜって俺は、きみと違って、好きな人の困り顔は好きじゃない。」
かぐや「ごめんね、正美」
正美「大切だから、手放すんだ。」
【暗転】
【明転】
正美「十五夜の夜は大雨だった。それも、例年稀にみる大型の台風。」
【暗転】
【明転】
予報士「こんばんは。6時のニュースです。近年稀にみる大型の台風14号は強い勢力を保ったまま関西地方に接近し、今夜9時ごろには本州に上陸するでしょう。最大瞬間風速は奈良県東部で南南西の風、43・5メートル。京都地方気象台は、新たに7つの市町村を警戒対象地域に指定。引き続き暴風、高波、大雨による土砂災害、河川の増水や氾濫に厳重に警戒して下さい。」
(正美、プツンッとテレビのスイッチを切る)
正美「うわあ…」
かぐや「雨、ひどいね。」
正美「………。」
かぐや「………。」
正・か「あの…!!」
正美「あっごめん。」
かぐや「いえ、どうぞそちらから…」
正美「あの、その、これ……帰れるのか?…月に。」
かぐや「さすがにこの天気では…」
正美「この天気では…?」
かぐや「……無理かも。基本、雨天決行なんだけど……。月の光が弱すぎて迎えのものたちが途中で力つきてしまうわ。それに風も死ぬほど強いし……」
正美「…ですよね。」
かぐや「…ですね。」
正美「…………ああ、もう!!俺のせいだ!!!俺が引きとめたりなんかするから!!大事なお前を…!故郷に帰してあげられない……!!ああ…なんでだよ……。…ちくしょう!……なんで肝心なときは……いつも…いつも雨なんだ…。」
かぐや「正美、…落ち着いて。」
正美「でも…!」
かぐや「喜んで。」
正美「へ?」
かぐや「もう少しだけ…………正美のそばにいられるよ。」
正美「そんな…」
かぐや「さっき言いかけた言葉、受け取ってくれる?」
正美「かぐや…お前……」
かぐや 「『帰りたくない。このままずっと一緒にいたい。』なーんて…ね。」
正美「………。」
かぐや「大丈夫。次の十五夜の夜に、きっと帰るから。」
正美「そ、そっか。………な、なんだよ、もう……びっくりさせないでくれ……!」
かぐや「安心した?」
正美「……うん。」
かぐや「………うそつき、目だけ笑ってない。」
【暗転】
【明転】
正美「次の十五夜の夜も大雨だった。ただ、先月ほどじゃない。」
【暗転】
【明転】
かぐや「雨、ひどいね。」
正美「でもこの程度の雨なら…」
かぐや「どうにか迎えがくると思う。」
正美「…そうだね。」
かぐや「…うん。」
正美「今度こそさよならだ。……ああ、あっけないな。」
かぐや「この一ヵ月、あっという間だった。」
正美「楽しい時間は…一瞬だよ。」
かぐや「ねえ、最後に。」
正美「…どうした。」
かぐや「最初のときみたいに、左の頬に…して。」
正美「何を。」
かぐや「キス。」
正美「そんなの…改めて言うほどのことじゃ…」
かぐや「いいでしょ。」
正美「別に、いいけど。」
かぐや「………はいどうぞ。」
(正美、かぐやの頬にためらいもなくキスをする)
かぐや「じょうずになったね。」
正美「ああもう…からかうな。」
かぐや「だって、そうでしょ?」
正美「…お前のせいだ。」
小野寺「ヒュー!ヒュー!ラブラブですね!!!!」
(小野寺、障子をスパーンと開けて部屋に入ってくる)
正美「小野寺!!」
かぐや「小野寺さん!!」
小野寺「ハーーイ!グッドイブニーーーーング!」
正美「てめえいつからいたんだよ!?!!」
小野寺「いやあ、あの正美さまがこーーんなにオトナになるなんて…!!」
かぐや「えへへ…このひときっと素質あるんですよお。もともと手先は器用ですし…」
小野寺「ヨッ!さすが白鳥流・八代目本家家元!!」
かぐや「ヨッ!期待の新星!!色男!!」
小野寺「ドンドン!パフパフ!!フー!フーーー!!!」
正美「……マジ何しに来たんだよ。」
小野寺「さ、からかうのはこれくらいにして本題に入りましょうか。」
正美「おっ、おう。」
小野寺「…正美さま、こんなに素敵な奥さまを、本当に、本当に手放していいんですか?」
正美「もう腹をくくったよ。」
小野寺「…本当に??」
正美「ああ。」
小野寺「わたくしにはそうは見えませんが。」
正美「………。」
小野寺「今日は降ったりやんだりの……大雨ですね。」
正美「あっそ。」
小野寺「……わたくし、白鳥家の地下深くにシェルターを購入いたしました!!!!!風呂、トイレ、テレビ、キッチン付きの災害対策用シェルターです。首相官邸にもある本格使用、イタリア製の洗練されたデザイン!!もちろんベッドルームもあります!!」
正美「…………………は???」
小野寺「逃げて下さい。」
正美「おいっ、それってどういう…」
かぐや「えっと、月の迎えから二人で逃げろってことね。」
小野寺「そうです!!レッツ愛の逃避行!!!!!」
正美「んな無茶な…!?!」
小野寺「……………と、言いたいところですが、判断は若いお二人にお任せします。シェルターを使うも使わないもお二人の自由!なんせ人生にかかわる重大な決断ですから。……それに、月の掟を破るというのが、どんな罪に問われるのかわたくしには分かりません。」
かぐや「あの…」
小野寺「ハイ。」
かぐや「実を言うと、誰も知らないんです。この数百年、一族の間で掟を破ったものなんて誰もいませんから…。ただ…ひどく恐ろしいことが起こると…先祖から代々伝わっています。」
小野寺「んんー困りましたねえー。」
正美「いや、そんなこと言われても…!!」
小野寺「…………わかりました!!とりあえずシェルターのカードキーだけお渡ししましょう。夕陽が沈むまでのあと2時間!ゆっくりじっくり話し合って下さい!!!あっ!わたくしがいては邪魔ですね!!うーん話づらいですよね!!!えーー失礼します!!それじゃあ、また!!!!!」
(小野寺、走り去る)
正美「…ったく、意味わかんねえ。」
かぐや「ふふっ、相変わらずね。」
正美「にしても………どうしろっていうんだよ…これ。」
かぐや「今更…でしょ…」
正美「………。」
かぐや「………。」
正美「どうする…?」
かぐや「どうするも何も…。」
正美「だよな。」
かぐや「……いっそ、この場で捨てちゃうとか。」
正美「ああ、そうしよう。」
かぐや「…そうだね。」
正美「ああ…もう少しで決心が鈍るところだった。」
かぐや「何だか……笑っちゃうね。」
(かぐや、カードキーをゆっくりと手に取りゴミ箱へ投げ入れようとする)
正美「ま、待って!!!」
(正美、カードキーを持ったかぐやの手を握る)
かぐや「!?!!」
正美「お願い………待って。あと2時間だけでいいから。」
かぐや「…やめてよ。……冗談でしょ?」
正美「(ふりしぼるような声で)…うん、そうだよ。」
かぐや「じゃあ、……何で泣いてるの?」
正美「知らない。身体が勝手に動いて…」
かぐや「……無責任。」
正美「…責任とるよ。だから…」
かぐや「正美…!!落ち着いて。」
正美「嫌だ…。嫌だ!嫌だ!!嫌だ!!!!」
かぐや「正美!ねえ、正美ってば!!!」
正美「嫌だ嫌だ…嫌なんだ!!!!!!お願い、かぐや………いかないでくれ……」
【暗転】
正美「呼吸ができない。」
【明転】
正美「俺はかぐやを引きとめた。その手をひいて地下室にもぐった。真っ暗なキッチンで泣いた。半分溶けたチョコレートを食べて、きみは一生懸命笑っていた。乱暴なキスをした。二人で泣いた。全部全部、俺のせいだ。」
かぐや「私は正美に引きとめられた。その手にひかれて地下室へ行った。キッチンできみは泣いていた。無理やり笑ってチョコレートを食べた。気づくと半分溶けていた。強引なキス…くらくらした。きみにつられて私も泣いた。」
正美「甘くて苦い。」
かぐや「苦くて甘い。」
正・か「ふたりぼっちの夜だった。」
かぐや「…………お願い、正美。泣かないで。全部全部、あなたに出会った私のせいよ。」
【暗転】
【溶暗】
正美「何が罪で、何が罰か。最初のうちは分からなかった。怖くなって次の十五夜の夜を待ってみたけれど、もう月からの迎えは来ない。むこうからすれば二度の機会を棒にふった………こちらは裏切り者なのだろう。」
かぐや「正美、正美、手をつないで」
正美「眠れない夜が増えていく。」
かぐや「大丈夫…二人でいればこわくない」
正美「そして冬の匂いがした。」
かぐや「ねえ正美、このままずっと一緒だよ」
正美「月日は流れた。」
かぐや「愛してる、愛してる」
正美「何かがおかしいと気づいた。大みそかの夜だ。」
【暗転】
【明転】
正美「肝心なときは、いつも雨だ。興味ない日は、だいたい晴れ。」
【暗転】
【明転】
かぐや「雨、ひどいね。…明日は初もうで行けるかな。」
正美「雨男で悪かったな。」
かぐや「はいはい、すねないの。」
正美「…延期だって。」
かぐや「何が?」
正美「ニューイヤーがどうのこうのっていう祭。」
かぐや「ああ、駅前の!」
正美「行きたかったのに。……明後日は仕事だよ。」
かぐや「土曜日かあ。」
正美「そう。」
かぐや「花火大会、カウントダウンで年越しできたらよかったね。」
正美「明後日は晴れるよ。」
かぐや「……。」
正美「……俺が行けないから。」
かぐや「はいはい、すねないの。元気だして?」
正美「ふが!??」
かぐや「だんな様、豆だいふくです。」
正美「んーー!」
かぐや「もぐもぐして。」
正美「んぐ…んぐ…んんん。」
かぐや「花火、そんなに見に行きたかったの?」
正美「……うん。」
かぐや「おそと寒いじゃん。こうしてこたつから出ないのも、幸せのひとつだと思うの。ちがう…?」
正美「……はじめて……生まれてはじめて……お見合いをすることになったきっかけが…夏祭りの日に弟たちの留守番をして…ひっそり花火の音をききながら…ビールを飲んでたり…したから…だと思う。だから…きみと…そう…花火がみたい。」
かぐや「ねえ、ちょっと今日飲みすぎじゃない。」
正美「…年末年始くらい…ゆっくりさせてよ。ほら!ぜえんぜん、酔ってませーん。」
かぐや「こら、酔っ払い!」
正美「ひざまくら!」
かぐや「もー甘えんぼさんなんだから。」
正美「はあ……太ももばんざい。」
かぐや「最近、腰痛ひどいんだから…ちょっとだけよ。」
正美「……おばちゃんみたいなこと言って、ケチ。…お前何歳だよお。」
かぐや「来月で1歳かな。」
正美「あー1歳ね。ハイハイ、1歳?…1歳?!???」
かぐや「1歳。」
正美「えっ??」
かぐや「ええ??……何?」
正美「ええっ???ちょ、ちょっと待て!?!??」
【暗転】
【明転】
正美「一瞬で酔いがさめた。この時すでに、きみの髪には白髪がまじっていた。」
【暗転】
【溶暗】
正美「かぐやは急速に老いていった。何が罪で何が罰か。答えが分かってしまった。地球人の方が、彼らに比べて50倍ほど人生が長いのだ。だから彼らは文化と教養を身につけた後、必ず月に帰るのだろう。…きっと、悲しまなくてもいいように。」
かぐや「はあ…どっこいしょ、今夜は寒いから腰のまわりが冷えるわ」
正美「かぐやは老いていった。年明けにはぎっくり腰になった。」
かぐや「花より団子って言うじゃない?私はどっちも好きよ」
正美「春は桜の花見をした。団子が入れ歯にはさまると言っていた。」
かぐや「私も一度でいいから、その、花火大会行きたいなって」
正美「月日は流れた。」
かぐや「ううん今日は一段と暑いねえ…セミがなきはじめたよ……」
正美「もう一度夏がきた。うだるほど暑い夏が。」
【暗転】
【明転】
正美「肝心なときは、いつも雨だ。興味ない日は、だいたい晴れ。」
【暗転】
【明転】
かぐや「雨、ひどいね。」
正美「夏祭り、これで延期も2回目か。」
かぐや「次も延期になったらどうなるの?」
正美「中止だろうな。」
かぐや「あらまあ。」
正美「しかも延期の開催日は来月…」
かぐや「……ううん、遠いね。」
正美「雨男で悪かったな。」
かぐや「はいはい、すねないの。」
正美「…だってこのままじゃきみが生きてるうちに…」
(かぐや、無理やり正美の言葉をさえぎるように立ち上がる)
かぐや「よっこいしょ…っと!!ちょっと待ってて。」
正美「……?」
かぐや「わらびーもち、わらびーもち、つめたーくて、おいしーいよ、わーらーび。はい。だんな様、わらびもちです。」
正美「もう、お前ってやつは…!こうも人を甘やかして…」
かぐや「食べるの?食べないの?」
正美「食べる。」
かぐや「よしよし。そうこなくっちゃ。」
正美「…うまい。」
かぐや「…………私はね、あなたと一緒に暮らせるならもう何だっていいの。もちろん、花火が見れたら嬉しいよ。可愛い浴衣も買ってもらったし。ただ、ただ、毎日がいとおしいの。これ以上贅沢は言わないつもり。だから…」
正美「……かぐや。」
かぐや「最期まで、最期まで私のそばにいて。……それが私の願いです。」
正美「………。」
かぐや「ふふっ、こんなシワだらけのお婆ちゃん、もう愛せないかしら?」
正美「かぐや!!かぐや、目をつむって。」
かぐや「はいはい。」
正美「『大好き』に決まってる。
(正美、かぐやの左の頬にそうっとキスをする)
かぐや「……あら、若いっていいわね。…………あなたはほんとにいい男。」
【暗転】
【明転】
小野寺「……うーん、プロジェクションマッピングなど、いかがでしょう?」
正美「どうやって?」
小野寺「専用のプロジェクターで部屋の壁一面に花火を映すんです!これなら雨でも確実に花火を見ることができるでしょう!!」
正美「…なるほど。」
小野寺「そうでしょう!そうでしょう!さすがわたくし!!!頭の回転が速い!!」
正美「……でもそれって本当の花火じゃないよな。」
小野寺「それを言っちゃあおしまいですよ。…だいたい無茶です。奥さまと確実に花火が見える方法、なんて。」
正美「…まあな。」
(突然バタバタと足音がする)
マサキ「小野寺!小野寺いるか?!今帰ったぞ!!」
小野寺「はい、只今!」
正美「もしかして…」
小野寺「マ、マサキさま!!お久しぶりです!!」
マサキ「よう!小野寺、久しぶりだな!!!」
正美「声でかっ…!うるさ…」
マサキ「何だ?居たのか。クソ兄貴。」
正美「ウワア…、日本に帰ってきてたのか。」
マサキ「小野寺、土産を仕分けしてくれ。速達で120個はあるぞ。愛人用、友人用、セフレ用、それから、白鳥会の弟子たちへ送る分、あと伯父上さまへの純金腕時計、たかしま旅館への記念品…等々あるからな。」
小野寺「かしこまりました!!!」
正美「この1年間近くの間、どこに行ってたんだよ。」
マサキ「ああ、ちょっとラスベガスに。」
正美「ラスベガス?!」
マサキ「知らないの?ラスベガスだよ!ラスベガス!!!!!アメリカのネバダ州南部にあるのモハーベ砂漠の楽園!リゾート地のラスベガスさ!!」
正美「いや、そのくらい知ってるけど…」
マサキ「時代の波はアメリカン・スタイルのフラワーアレンジメントだ!!白鳥会の運営は兄貴がいるし、俺は何したっていいだろう?」
正美「はあ………どうせカジノに明け暮れていたんじゃないの?」
マサキ「そういうこともあった!!!」
正美「はあ……やっぱり。」
マサキ「それよりうわさで聞いたぞ!お前今、おいぼれババアと仲良く暮らしてるんだって?!お得意の慈善活動か??悪趣味にもほどがあるぞー!だいたい、あの結婚したっていう美人妻はどうした?…結婚式にも行けなかったし、実を言うとまだ会ってないんだよ。ハハッ、クソ兄貴のことだからどうせうまくいってないんだろ?結婚早々、離婚の危機???いい気味だ!笑っちゃうねえええ!」
正美「お前に何がわかるって…!!」
マサキ「いちいちうるせえな!堅物ブサイク!!クソ兄貴!!!」
正美「テメーは昔っから人の話をろくに聞かない…!!」
小野寺「あああ…お二人とも無駄な兄弟ゲンカはおやめ下さい!!!」
正・マ「小野寺は黙ってろ!!!!!」
かぐや「…正美、…正美?今日はずいぶんにぎやかね。いつの間にお客さんが来てるの?」
(かぐや、杖をつきながらよろよろと部屋に入ってくる)
マサキ「おっ、うわさのババアが登場か?!へえーけっこう美人なババアじゃん。お前こういう趣味があったんだな。俺はいくらなんでも年上すぎて受け付けないけど。」
かぐや「アンタ誰?!初対面の人に向かってババアとは失礼な!!」
マサキ「ハハッ、どっからどう見てもババアじゃん。」
かぐや「違うわ!!私は竹からうまれた1歳児よ!!!!!」
マサキ「はあ?!?意味わかんねえし!」
正美「いやこれには深いわけがあって!!」
マサキ「このババア、頭ボケてんぞ!!お前こんなのと同棲して大丈夫か???」
小野寺「ちょっと皆さんいい加減にしてくださ…」
正美「小野寺は黙ってろって言っただろ!!!!」
小野寺「うわああ!!!」
かぐや「小野寺さん!!!」
(かぐや、小野寺をかばおうと自分の杖をふり上げるがバランスを崩して後ろによろめき大きく転倒する)
かぐや「きゃあ!!!!!イ、イタタタタタタタタタ…!!」
正美「かぐや!!!!」
マサキ「す、すまない!ご老人!!そんなつもりじゃ…」
小野寺「あああ奥さま!?!!奥さま!!大丈夫ですか?!救急車?救急車!!」
【暗転】
【明転】
正美「8月、かぐやは入院した。大腿骨頸部骨折。今のところ退院の見込みはない。……………肝心なときは、いつも雨だ。興味ない日は、だいたい晴れ。そんなこともすっかり忘れた。……俺はただ、美しい花束をつくって毎日きみに会いに行く。」
【暗転】
【明転】
かぐや「わあ素敵!ヒメヒマワリだ…!!」
正美「今日は和歌山で展示会があってね、簡単なブーケしかつくれなかったけど自信作なんだ。」
かぐや「お仕事おつかれさま。忙しい時は無理して病院まで来なくてもいいんだよ。」
正美「無理してないって。ただの心配性。」
かぐや「(包帯の結び目をときながら)どっこいしょ……正美は優しいひとだねえ…」
正美「ううん、ただのお節介やきだから。…あっ、左足の包帯巻きなおすの手伝うよ。」
かぐや「……本当かっこわるいよね。」
正美「かぐや、きみは悪くないよ。退院したらマサキの野郎をビンタしにいこう!そのくらいの気持ちでいなきゃ…」
かぐや「退院できるかな…。」
正美「らしくないなあ。きみが弱気になってどうするの。ねっ、大丈夫!最近車イスに乗れるようになったし、リハビリも順調だし…!」
かぐや「ねえ、正美。」
正美「ん?どうした?」
かぐや「…………………正美、変わったね。はじめて会った時より明るくなった。うーん、使う言葉が前向きになった、って言った方がいいかな。とにかく、まあ、変わったと思う。」
正美「犯人はきみだ。」
かぐや「へ?」
正美「きみのせいだよ。」
かぐや「正美…!」
正美「きみのせいで、優しくなれた。つよくなれた。明るく、真っ直ぐな思いが俺を染めていった。全部全部、きみのせいだよ。まったく、どうしてくれるんだ。……俺の人生、メチャクチャじゃあないか。」
かぐや「ふふふっ、最高でしょ?」
(ひゅーーーーーーー、どーーーーーーーーーーーーーん!どおーーん!ぱん!ぱ
ん!!と、遠くから聞こえる花火の音)
正・か「花火!?!!!」
(正美、病室のカーテンを勢いよくあける)
正美「そっか…!今日、夏祭りなんだ!!」
かぐや「すっかり忘れてた!」
正美「俺も!…この1ヶ月、ばたばたしたもんな。」
かぐや「うん……大変だったもんねえ…」
正美「っていうか正直、もう二人で花火なんか見に行けないと思ってあきらめてた…!」
かぐや「私も!私も!まさか病院からちょうど見える角度だったなんて!!ビー玉くらいちっちゃいけど…真っ正面だね!!」
正美「奇跡だよ!!!奇跡!!!」
かぐや「ふふっ!ふふふふふっ………」
正美「な、何がそんなにおかしいの??」
かぐや「今日晴れたの、きっと、正美が今の今まで…花火大会のこと忘れてたからだ……!!」
正美「……おいおい……そんなのアリかよ?いや…あり得るな……ははっ…」
かぐや「ヨッ!雨男!……たまにはやるじゃん!」
正美「そりゃどうも、お褒め頂き光栄です!」
かぐや「ふふっ、この後、きっと雨ね。…降ってくるまで見ていましょ…!」
正美「あっ、もうパラついてきた。」
かぐや「ふふっ、言わんこっちゃない!」
正美「すんません…!愛しの奥さま……」
かぐや「いいのよ、……一瞬だけでも、花火、見えたもの。」
正美「かぐや……。」
かぐや「これで………………………思い残すことはないわ。」
正美「………。」
かぐや「自分の寿命くらい……自分で……何となく分かってるから。」
正美「かぐや、俺はお前に……」
かぐや「ありがとー…雨男。私、好きな人と一生いっしょにいられて、宇宙で一番幸せだった。ねえ正美、そうでしょう…?」
正美「かぐや…かぐや…俺はお前に…何もしてやれなかった…。与えてもらうばっかりで、いつもいつも悔しかったよ。」
かぐや「…そんなことないって。(自分の左の頬をトントンと指差しながら)…ちょうだい。」
正美「何を。」
かぐや「さあ、とぼけてないで。」
正美「……ずるいなあ。」
かぐや「はい、どうぞ。」
【暗転】
正美「あきれるほどに、キスをした。全身いたるところ…きみの全部を。」
【溶暗】
かぐや「宇宙で一番。」
正・か」あなたが好きです。
(かぐや、はける)
正美「…………そうして彼女は、小さな星になりました。」
【暗転】
【明転】
正美「肝心なときは、いつも雨だ。興味ない日は、だいたい晴れ。次の年から……夏祭りは毎年快晴。笑っちゃうほど晴れ渡る空。もうきみはいないから、ビールを片手に一人で花火を見に行くよ。そんな俺を、どうか笑って見守っていておくれ。宇宙で一番……………『大好き』です。」
正美「肝心なときは、いつも雨だ。興味ない日は、だいたい晴れ。」
【暗転】
【明転】
小野寺「いやあ、雲一つない良い天気ですね!」
正美「はいはい………素晴らしい快晴ですね。」
小野寺「正美さまは行かないのですか?」
正美「どこに?」
小野寺「花火大会。」
正美「興味ねえな。」
小野寺「………本当に?」
正美「いいか小野寺、俺が行くと大雨だぞ。」
小野寺「ヨッ!雨男!」
正美「なめとんのかこの野郎!」
(小野寺、軽くどつかれる)
小野寺「ハハハ…痛い痛い。」
正美「だいたい行くかよ、あんな人混み。そういうのは弟に任せた。朝から彼女と『浴衣デート!浴衣デート!うなじ万歳!!浴衣デート!』って言ってうるさいし…」
小野寺「ハハハ…いつものことじゃありませんか。」
正美「マジむかつく。」
小野寺「では、正美さまも可愛い彼女をおつくりになっては…」
正美「できねえよ!!」
小野寺「ハハハ…」
正美「この顔で彼女ができたらびっくりだわ。見ろ…!この獣のように醜い顔を…!!」
小野寺「そ、そんなことは…」
正美「これで名前が『正美』だろ。正しく美しいと書いて正美。名前負けにもほどがある。対して、弟の野郎はちゃらんぽらんでも顔がいい。つまり女の子にモテるというわけだ。……ふうむ、世の中不平等。」
小野寺「しかし、しかしながら…」
正美「そのうち家元の座も弟に取られる。まあそんなところだ。俺はもうあきらめた。いろいろ無理。……さ、家でビールでも飲もう?」
小野寺「わたくしは………」
正美「ん?」
小野寺「わたくしは…時期家元に正美さまを推薦します!!あなた様ほど華道の才があり、聡明で優しく、花に心を通わせるお方は他におりません!!!白鳥流の極意である空間の自然美!一瞬の儚さ!それらを味わい深く表現できるのは正美さまの力です!どうか今一度お考えを改めてくださいま……」
正美「小野寺、ビール。」
小野寺「あの、人の話聞いてました?」
正美「聞いてたよ。ちゃんと聞いて、全部無視した。」
小野寺「もう!」
正美「悪いな………俺はもう比べられるのに疲れたんだ。あっちは小さい頃か天才美少年扱い、こっちは取材なしで…写真は全カット。大事な作品さえアイツの日陰。もう………うんざりだよ。」
小野寺「(ビールを注ぎながら)そんな……あの……元気だして下さい。今日は年に一度の祭りの日です。り、りんご飴買ってきますから!あっ、いや、たませんの方がお好きですか?!?」
正美「あのさ、そんな子どもだまし通用しないよ。」
小野寺「………。」
正美「(ビールをかかげつつ)もう、子どもじゃないんだから。」
小野寺「んんんんんん……………んんん…………どうしましょう?」
正美「あきらめろ。」
小野寺「……………………わかりました!!!白鳥家、秘書小野寺!正美さまのためにとびっきり可愛い彼女をお探しいたします!!!」
正美「なんでそうなる!!!!!」
小野寺「駄目ですか!!!!!」
正美「っていうかどうやって!?!」
小野寺「レッツお見合い!!!」
正美「はあ?!……………………………………めんどくさ。」
【暗転】
【明転】
正美「肝心なときは、いつも雨だ。興味ない日は、だいたい晴れ。」
【暗転】
【明転】
小野寺「今日は大雨ですね。」
正美「そうだな。」
小野寺「実はけっこう楽しみでした?興味アリアリでした?」
正美「ちげえよ。」
小野寺「またまた、ご冗談を…!」
(雨が一段と強くなる)
正美「うるせえ。」
小野寺「ヨッ!雨男!」
正美「お前がどうしてもって言うから、一回だけだぞ。変なヤツだったら即帰るからな。」
小野寺「もしかして緊張してます?」
正美「ちげえよ。」
小野寺「またまた、ご冗談を…!」
(激しい雨に加えて、雷がなり始める)
正美「ああもう…!ちがうって!!」
小野寺「ハハハ……そろそろお時間ですね。」
正美「えっもう?!心の準備が…」
小野寺「ハーーーイ!扉開けますよ!……どうぞ!!!若い二人でごゆっくり!」
【暗転】
【明転】
かぐや「はじめまして。」
正美「はじめまして。あの…お名前は?」
かぐや「竹内かぐやです。…あなたは?」
正美「白鳥正美です。」
かぐや「………。」
正美「………。」
かぐや「雨、ひどいですね。」
正美「ええ。自分、昔から雨男みたいで。」
かぐや「そうですか。」
正美「はい。」
かぐや「……………。」
正美「……………。」
かぐや「あの…」
正美「はっ、はい!」
かぐや「縁談料ありがとうございます。」
正美「……は?」
かぐや「本日のお見合いの基本料金です。」
正美「何それ……??」
かぐや「ざっと20万円ほど。この後オプションで手繋ぎ5万、ハグは10万円となります。」
正美「うわあマジかあ…そういう業者かあ…。」
かぐや「…すみません。」
正美「いや、おかしいと思ったよ。こんな美人でとびきり可愛い子が俺とつり合うはずないもん。」
かぐや「…………本当にすみません。かぐやも出来ればこんなこと言いたくないのですが、マニュアルにそう書いてあって。えっと…その…かぐやは…」
正美「……お、おいおい泣くなって!」
かぐや「……宇宙人なんです!!!」
正美「ちょっと待てええええ!!!!!」
かぐや「もう疲れちゃいました。そう…人からお金をだまし取って、がっかりさせるだけの毎日に。…もう疲れちゃいました。…かぐや…かぐや…お爺さんとお婆さんの言いなりなんです。……助けてください…!!」
正美「いや、ちょっと待って!?!???落ち着こう。」
かぐや「さあ一緒に深呼吸、深呼吸…!」
正美「お、おう?!」
かぐや「吸ってえー。」
正美「スー。」
かぐや「吐いてえー。」
正美「ハー。」
かぐや「吸ってえー。」
正美「スー。」
かぐや「吐いてえー。」
正美「ハー。」
かぐや「どう?リラックスできました?」
正美「ええ。」
かぐや「よかった。」
正美「って、ちがう!!そうじゃない!!?!宇宙人ってどういうことだよ??」
かぐや「托卵性の宇宙人です。かぐやの母は国の風習により、月という星から地球にやってきて托卵しました。よって、かぐやは笹からうまれたのです。……まあ簡単に言えば、長期にわたるホームステイのたぐいですね。」
正美「かぐや姫かよ!!?」
かぐや「はい、ご名答です!」
正美「……マジか。」
かぐや「たしか…遥か昔の先祖は『なよ竹のかぐや姫』と呼ばれていました。」
正美「信じられん…頭痛いわ…」
かぐや「でもかぐやを拾ったお爺さんとお婆さんはお金に目がなかったのです!一族の美貌は……かぐやの代で悪用されました。自由もない…終わりもない…!!こんな生活もうこりごりです!!助けてください!!!!!」
正美「わかった!わかったから!!!」
かぐや「お願いわかって!!……かぐやは、もう………疲れちゃったの。」
正美「ううん…と…出来ることなら何とかしたいけど…。こんな馬鹿げたこと…俺もおかしいって…思う…よ…」
かぐや「…………本当に?!」
正美「えっ。」
かぐや「本当に………本当に助けてくれるの?」
正美「……あっ、いや…」
かぐや「ありがとーーー!!大好き!!」
【溶暗】
正美「このとき、ダメとは言えなかった。」
【暗転】
【明転】
正美「…というわけなんだよ。」
小野寺「それは大変なことになりましたね。」
正美「人ごとかよ。」
小野寺「やけに冷静ですこと。」
正美「いや、宇宙人だなんて現実感なさすぎて…」
小野寺「………正美さま?」
正美「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ………一体俺にどうしろっていうんだ??」
小野寺「ほっとくわけにもいけないですし?」
正美「………見捨てるなんてなおさらできない。……無理だよ。あんな悲しい目で、あんな小さな手で、すがられたら、もう……」
小野寺「正美さまは優しいですね。……わたくし、心を打たれました。」
正美「これでも心配性なんだ。………知ってるだろ。」
小野寺「ふむ………………………そうだ!!!!お見合いを成立させましょう。あの子と結婚すればいいんです!!!」
正美「は??!いや、ちょっと待て!!!!!何でそうなる!!!!」
小野寺「いいですか!目には目を歯には歯を!お金にはお金です!!基本料金20万、手繋ぎ5万、ハグ10万。のべ35万になりますでしょ。むこうが欲しいのはお金です。白鳥家の財産でその10倍…いや、その100倍の3500万を支払えばお見合い100回分になります!!!これを持参金としてお見合いを成立させましょう!!!」
正美「だ、だからちょっと待て!!!!!!」
小野寺「先ほど、『見捨てるなんてなおさらできない』とおっしゃったでしょう?」
正美「…ンン!」
小野寺「見捨てるんですか?」
正美「それはでき……………………ない。俺の道徳心に…反する。」
小野寺「では、わたくし交渉に行ってまいります!!!!」
正美「行動はやっ!??」
小野寺「善は急げです!!!!」
(小野寺、走り去る)
正美「ああもう!!!わけわかんねえ!!!…………成るように…成れだ!!!」
【暗転】
【明転】
正美「その夏、彼女ができた。3500万円で。」
【暗転】
【溶暗】
正美「かぐやがうちに来てから俺は変わった。あいつの言葉は真っ直ぐで、どこまでも自信にあふれている。陰気な俺と違って、そこぬけに明るい。まぶしいくらいだ。……花を一輪生けるたびに、全力で褒めてくれる。」
かぐや「正美!正美!きみは天才だよ!!コスモスはこんなに色鮮やかで!!ダリアはこんなに美しいんだね!!」
正美「俺の作品はみるみるうちに上達し、白鳥流の話題となった。」
かぐや「正美!正美!きみこそが次期家元にふさわしい!!白鳥流・本家の意志をつぐのはきみしかいないよ!!!自信をもって!!きみの花は美しいんだ!!」
正美「月日は流れた。」
かぐや「ねえ、正美。楽しい時間はあっという間だね!」
正美「気づいたら俺は……………………………白鳥流・本家家元になっていた。」
【暗転】
【明転】
正美「肝心なときは、いつも雨だ。興味ない日は、だいたい晴れ。」
【暗転】
【明転】
かぐや「………今日は三日月がきれいだね。」
正美「……?」
かぐや「…とってもきれい。」
正美「どうした?……珍しく浮かない顔して。」
かぐや「………………次の十五夜の夜、かぐやは月に帰らなければいけないの。」
正美「月って…そんな!!」
かぐや「引き止めないで。……「かぐや姫」は月に帰る運命だから。」
正美「嫌だ!!嫌だ!!!もう俺はお前なしじゃ生きていけない!頼むよ!一生のお願いだ!ずっとそばにいてくれよ!!!」
かぐや「……ごめんなさい。それは掟に反するの。だから…」
正美「だったら俺も…月へ行く!!」
かぐや「きみは地球に残って。お願い…!!白鳥流・家元が6代目の襲名直後に席をあけてどうするの?」
正美「そんなのどうだっていい!! かぐや、俺は……」
かぐや「………?」
正美「俺は…」
かぐや「…………正美、落ち着いて。」
正美「俺は…………お前が…大好きなんだよ。ああ…くそう……!!恥ずかしくて、死にそうだ。」
かぐや「………。」
正美「ああもう……こっち見んなって!」
かぐや「ふふっ…………真っ赤ね。」
【溶暗】
正美「俺はもう、どうすればいいんだ…………」
【暗転】
【明転】
かぐや「そろそろ寝よっか。」
正美「…なんだよ。」
かぐや「珍しいね。正美が、こんな時間まで起きているなんて。」
正美「うるさい。」
かぐや「調子悪いの?」
正美「別に。」
かぐや「わかった…!恋わずらい?」
正美「…うっ。…そんな…愛とか恋とか…そういう…単純な感情じゃなくて…その…」
かぐや「(じっと見つめながら)じゃ、なあに?」
正美「っていうかお前、そんな人ごとみたいに言って…!!」
かぐや「照れてる正美って、すっごく可愛いんだもん。」
正美「……は?」
かぐや「かぐやが大好きなんだね。……いなくなっちゃうの、さびしい?」
正美「………。」
かぐや「…………ごめんね。」
正美「あのさ、………月に帰ること……今まで何で黙ってたんだよ?」
かぐや「だって、言ったら正美が悲しむでしょう?……ずっと、言いたくて、言えなくて……かぐやは苦しかったの。」
正美「……かぐや。」
かぐや「ごめんね。本当に……ごめんね。………ごめんなさい。」
(かぐや、正美の甚平のそでをつかみそっと寄りかかる)
正美「そんなに…謝んなくていい。」
かぐや「でも…!」
正美「お前はわるくない、と思う。少なくとも俺は…」
かぐや「正美は……やさしいね。地球で一番、やさしい人間……」
正美「言い過ぎだよ。」
かぐや「だって、大好きなんだもん。」
正美「………。」
かぐや「……初めて会った時からずっと、困り顔が可愛いひとだなあって。」
正美「…なんだよ、それ。」
かぐや「ふふっ、…………きみ、その顔だよ。」
正美「あの…近いって。」
かぐや「いいじゃん。夫婦でしょ。」
(かぐや、正美の肩に手を置きおでこにキスをする)
かぐや「何したっていいんだよ。」
正美「………えっ。」
かぐや「好き。」
正美「ちょっ!?…ま、待って……」
(かぐや、正美をぎゅっと抱きしめる)
かぐや「…地球で、いや、宇宙で一番あなたが好き…!」
正美「駄目だって、そんな……!!か、かぐや…!?!」
(かぐや、正美の髪をくしゃくしゃにしながら微笑む)
かぐや「………正美、落ち着いて。」
正美「……駄目だって!」
かぐや「さあ一緒に深呼吸。」
正美「あのさあ…」
かぐや「いいから!!」
正美「ああもう……わかったよ。」
かぐや「吸ってえー。」
正美「スー。」
かぐや「吐いてえー。」
正美「ハー。」
かぐや「吸ってえー。」
正美「スー。」
かぐや「吐いてえー。」
正美「ハー。」
かぐや「どう?リラックスできた?」
正美「できねえよ。」
かぐや「ふふっ。」
正美「………俺は、お前を……お金で買ったんだぞ。それもただの同情の気持ちで。」
かぐや「きっかけなんかどうでもいいの。」
正美「………。」
かぐや「正美の今の気持ちは?」
正美「それは…その…」
かぐや「今日ね、とびきり嬉しかった。初めて正美から…ちゃんと言葉で「大好き」って言ってくれたこと。だからね、あのね、……今夜はずっとふたりでいよう?…駄目かな?……駄目ならあきらめる。」
正美「………。」
かぐや「………。」
正美「かぐや……………………お前、それはずるいよ。」
(正美、震えながらかぐやの頬にキスをする)
かぐや「……あっ、正美…!?」
正美「(耳元でささやくように)……大…好きです。」
(正美、かぐやの耳を軽く甘噛みしながら畳の上に押し倒す)
かぐや「急に…そんな…!!?!…それはダメ……」
正美「…駄目じゃない。」
かぐや「ダメなのっ…!!」
【暗転】
【溶暗】
かぐや「三日月だけが知っている。」
正美「ふしだらで純情な。」
かぐや「きみを見たのは、初めてで。」
正美「あの日の二人は。」
正・か「宇宙で一番、幸せだった。」
正美「………大好きだから、かぐやを一人で月に帰すと決めた。なぜって俺は、きみと違って、好きな人の困り顔は好きじゃない。」
かぐや「ごめんね、正美」
正美「大切だから、手放すんだ。」
【暗転】
【明転】
正美「十五夜の夜は大雨だった。それも、例年稀にみる大型の台風。」
【暗転】
【明転】
予報士「こんばんは。6時のニュースです。近年稀にみる大型の台風14号は強い勢力を保ったまま関西地方に接近し、今夜9時ごろには本州に上陸するでしょう。最大瞬間風速は奈良県東部で南南西の風、43・5メートル。京都地方気象台は、新たに7つの市町村を警戒対象地域に指定。引き続き暴風、高波、大雨による土砂災害、河川の増水や氾濫に厳重に警戒して下さい。」
(正美、プツンッとテレビのスイッチを切る)
正美「うわあ…」
かぐや「雨、ひどいね。」
正美「………。」
かぐや「………。」
正・か「あの…!!」
正美「あっごめん。」
かぐや「いえ、どうぞそちらから…」
正美「あの、その、これ……帰れるのか?…月に。」
かぐや「さすがにこの天気では…」
正美「この天気では…?」
かぐや「……無理かも。基本、雨天決行なんだけど……。月の光が弱すぎて迎えのものたちが途中で力つきてしまうわ。それに風も死ぬほど強いし……」
正美「…ですよね。」
かぐや「…ですね。」
正美「…………ああ、もう!!俺のせいだ!!!俺が引きとめたりなんかするから!!大事なお前を…!故郷に帰してあげられない……!!ああ…なんでだよ……。…ちくしょう!……なんで肝心なときは……いつも…いつも雨なんだ…。」
かぐや「正美、…落ち着いて。」
正美「でも…!」
かぐや「喜んで。」
正美「へ?」
かぐや「もう少しだけ…………正美のそばにいられるよ。」
正美「そんな…」
かぐや「さっき言いかけた言葉、受け取ってくれる?」
正美「かぐや…お前……」
かぐや 「『帰りたくない。このままずっと一緒にいたい。』なーんて…ね。」
正美「………。」
かぐや「大丈夫。次の十五夜の夜に、きっと帰るから。」
正美「そ、そっか。………な、なんだよ、もう……びっくりさせないでくれ……!」
かぐや「安心した?」
正美「……うん。」
かぐや「………うそつき、目だけ笑ってない。」
【暗転】
【明転】
正美「次の十五夜の夜も大雨だった。ただ、先月ほどじゃない。」
【暗転】
【明転】
かぐや「雨、ひどいね。」
正美「でもこの程度の雨なら…」
かぐや「どうにか迎えがくると思う。」
正美「…そうだね。」
かぐや「…うん。」
正美「今度こそさよならだ。……ああ、あっけないな。」
かぐや「この一ヵ月、あっという間だった。」
正美「楽しい時間は…一瞬だよ。」
かぐや「ねえ、最後に。」
正美「…どうした。」
かぐや「最初のときみたいに、左の頬に…して。」
正美「何を。」
かぐや「キス。」
正美「そんなの…改めて言うほどのことじゃ…」
かぐや「いいでしょ。」
正美「別に、いいけど。」
かぐや「………はいどうぞ。」
(正美、かぐやの頬にためらいもなくキスをする)
かぐや「じょうずになったね。」
正美「ああもう…からかうな。」
かぐや「だって、そうでしょ?」
正美「…お前のせいだ。」
小野寺「ヒュー!ヒュー!ラブラブですね!!!!」
(小野寺、障子をスパーンと開けて部屋に入ってくる)
正美「小野寺!!」
かぐや「小野寺さん!!」
小野寺「ハーーイ!グッドイブニーーーーング!」
正美「てめえいつからいたんだよ!?!!」
小野寺「いやあ、あの正美さまがこーーんなにオトナになるなんて…!!」
かぐや「えへへ…このひときっと素質あるんですよお。もともと手先は器用ですし…」
小野寺「ヨッ!さすが白鳥流・八代目本家家元!!」
かぐや「ヨッ!期待の新星!!色男!!」
小野寺「ドンドン!パフパフ!!フー!フーーー!!!」
正美「……マジ何しに来たんだよ。」
小野寺「さ、からかうのはこれくらいにして本題に入りましょうか。」
正美「おっ、おう。」
小野寺「…正美さま、こんなに素敵な奥さまを、本当に、本当に手放していいんですか?」
正美「もう腹をくくったよ。」
小野寺「…本当に??」
正美「ああ。」
小野寺「わたくしにはそうは見えませんが。」
正美「………。」
小野寺「今日は降ったりやんだりの……大雨ですね。」
正美「あっそ。」
小野寺「……わたくし、白鳥家の地下深くにシェルターを購入いたしました!!!!!風呂、トイレ、テレビ、キッチン付きの災害対策用シェルターです。首相官邸にもある本格使用、イタリア製の洗練されたデザイン!!もちろんベッドルームもあります!!」
正美「…………………は???」
小野寺「逃げて下さい。」
正美「おいっ、それってどういう…」
かぐや「えっと、月の迎えから二人で逃げろってことね。」
小野寺「そうです!!レッツ愛の逃避行!!!!!」
正美「んな無茶な…!?!」
小野寺「……………と、言いたいところですが、判断は若いお二人にお任せします。シェルターを使うも使わないもお二人の自由!なんせ人生にかかわる重大な決断ですから。……それに、月の掟を破るというのが、どんな罪に問われるのかわたくしには分かりません。」
かぐや「あの…」
小野寺「ハイ。」
かぐや「実を言うと、誰も知らないんです。この数百年、一族の間で掟を破ったものなんて誰もいませんから…。ただ…ひどく恐ろしいことが起こると…先祖から代々伝わっています。」
小野寺「んんー困りましたねえー。」
正美「いや、そんなこと言われても…!!」
小野寺「…………わかりました!!とりあえずシェルターのカードキーだけお渡ししましょう。夕陽が沈むまでのあと2時間!ゆっくりじっくり話し合って下さい!!!あっ!わたくしがいては邪魔ですね!!うーん話づらいですよね!!!えーー失礼します!!それじゃあ、また!!!!!」
(小野寺、走り去る)
正美「…ったく、意味わかんねえ。」
かぐや「ふふっ、相変わらずね。」
正美「にしても………どうしろっていうんだよ…これ。」
かぐや「今更…でしょ…」
正美「………。」
かぐや「………。」
正美「どうする…?」
かぐや「どうするも何も…。」
正美「だよな。」
かぐや「……いっそ、この場で捨てちゃうとか。」
正美「ああ、そうしよう。」
かぐや「…そうだね。」
正美「ああ…もう少しで決心が鈍るところだった。」
かぐや「何だか……笑っちゃうね。」
(かぐや、カードキーをゆっくりと手に取りゴミ箱へ投げ入れようとする)
正美「ま、待って!!!」
(正美、カードキーを持ったかぐやの手を握る)
かぐや「!?!!」
正美「お願い………待って。あと2時間だけでいいから。」
かぐや「…やめてよ。……冗談でしょ?」
正美「(ふりしぼるような声で)…うん、そうだよ。」
かぐや「じゃあ、……何で泣いてるの?」
正美「知らない。身体が勝手に動いて…」
かぐや「……無責任。」
正美「…責任とるよ。だから…」
かぐや「正美…!!落ち着いて。」
正美「嫌だ…。嫌だ!嫌だ!!嫌だ!!!!」
かぐや「正美!ねえ、正美ってば!!!」
正美「嫌だ嫌だ…嫌なんだ!!!!!!お願い、かぐや………いかないでくれ……」
【暗転】
正美「呼吸ができない。」
【明転】
正美「俺はかぐやを引きとめた。その手をひいて地下室にもぐった。真っ暗なキッチンで泣いた。半分溶けたチョコレートを食べて、きみは一生懸命笑っていた。乱暴なキスをした。二人で泣いた。全部全部、俺のせいだ。」
かぐや「私は正美に引きとめられた。その手にひかれて地下室へ行った。キッチンできみは泣いていた。無理やり笑ってチョコレートを食べた。気づくと半分溶けていた。強引なキス…くらくらした。きみにつられて私も泣いた。」
正美「甘くて苦い。」
かぐや「苦くて甘い。」
正・か「ふたりぼっちの夜だった。」
かぐや「…………お願い、正美。泣かないで。全部全部、あなたに出会った私のせいよ。」
【暗転】
【溶暗】
正美「何が罪で、何が罰か。最初のうちは分からなかった。怖くなって次の十五夜の夜を待ってみたけれど、もう月からの迎えは来ない。むこうからすれば二度の機会を棒にふった………こちらは裏切り者なのだろう。」
かぐや「正美、正美、手をつないで」
正美「眠れない夜が増えていく。」
かぐや「大丈夫…二人でいればこわくない」
正美「そして冬の匂いがした。」
かぐや「ねえ正美、このままずっと一緒だよ」
正美「月日は流れた。」
かぐや「愛してる、愛してる」
正美「何かがおかしいと気づいた。大みそかの夜だ。」
【暗転】
【明転】
正美「肝心なときは、いつも雨だ。興味ない日は、だいたい晴れ。」
【暗転】
【明転】
かぐや「雨、ひどいね。…明日は初もうで行けるかな。」
正美「雨男で悪かったな。」
かぐや「はいはい、すねないの。」
正美「…延期だって。」
かぐや「何が?」
正美「ニューイヤーがどうのこうのっていう祭。」
かぐや「ああ、駅前の!」
正美「行きたかったのに。……明後日は仕事だよ。」
かぐや「土曜日かあ。」
正美「そう。」
かぐや「花火大会、カウントダウンで年越しできたらよかったね。」
正美「明後日は晴れるよ。」
かぐや「……。」
正美「……俺が行けないから。」
かぐや「はいはい、すねないの。元気だして?」
正美「ふが!??」
かぐや「だんな様、豆だいふくです。」
正美「んーー!」
かぐや「もぐもぐして。」
正美「んぐ…んぐ…んんん。」
かぐや「花火、そんなに見に行きたかったの?」
正美「……うん。」
かぐや「おそと寒いじゃん。こうしてこたつから出ないのも、幸せのひとつだと思うの。ちがう…?」
正美「……はじめて……生まれてはじめて……お見合いをすることになったきっかけが…夏祭りの日に弟たちの留守番をして…ひっそり花火の音をききながら…ビールを飲んでたり…したから…だと思う。だから…きみと…そう…花火がみたい。」
かぐや「ねえ、ちょっと今日飲みすぎじゃない。」
正美「…年末年始くらい…ゆっくりさせてよ。ほら!ぜえんぜん、酔ってませーん。」
かぐや「こら、酔っ払い!」
正美「ひざまくら!」
かぐや「もー甘えんぼさんなんだから。」
正美「はあ……太ももばんざい。」
かぐや「最近、腰痛ひどいんだから…ちょっとだけよ。」
正美「……おばちゃんみたいなこと言って、ケチ。…お前何歳だよお。」
かぐや「来月で1歳かな。」
正美「あー1歳ね。ハイハイ、1歳?…1歳?!???」
かぐや「1歳。」
正美「えっ??」
かぐや「ええ??……何?」
正美「ええっ???ちょ、ちょっと待て!?!??」
【暗転】
【明転】
正美「一瞬で酔いがさめた。この時すでに、きみの髪には白髪がまじっていた。」
【暗転】
【溶暗】
正美「かぐやは急速に老いていった。何が罪で何が罰か。答えが分かってしまった。地球人の方が、彼らに比べて50倍ほど人生が長いのだ。だから彼らは文化と教養を身につけた後、必ず月に帰るのだろう。…きっと、悲しまなくてもいいように。」
かぐや「はあ…どっこいしょ、今夜は寒いから腰のまわりが冷えるわ」
正美「かぐやは老いていった。年明けにはぎっくり腰になった。」
かぐや「花より団子って言うじゃない?私はどっちも好きよ」
正美「春は桜の花見をした。団子が入れ歯にはさまると言っていた。」
かぐや「私も一度でいいから、その、花火大会行きたいなって」
正美「月日は流れた。」
かぐや「ううん今日は一段と暑いねえ…セミがなきはじめたよ……」
正美「もう一度夏がきた。うだるほど暑い夏が。」
【暗転】
【明転】
正美「肝心なときは、いつも雨だ。興味ない日は、だいたい晴れ。」
【暗転】
【明転】
かぐや「雨、ひどいね。」
正美「夏祭り、これで延期も2回目か。」
かぐや「次も延期になったらどうなるの?」
正美「中止だろうな。」
かぐや「あらまあ。」
正美「しかも延期の開催日は来月…」
かぐや「……ううん、遠いね。」
正美「雨男で悪かったな。」
かぐや「はいはい、すねないの。」
正美「…だってこのままじゃきみが生きてるうちに…」
(かぐや、無理やり正美の言葉をさえぎるように立ち上がる)
かぐや「よっこいしょ…っと!!ちょっと待ってて。」
正美「……?」
かぐや「わらびーもち、わらびーもち、つめたーくて、おいしーいよ、わーらーび。はい。だんな様、わらびもちです。」
正美「もう、お前ってやつは…!こうも人を甘やかして…」
かぐや「食べるの?食べないの?」
正美「食べる。」
かぐや「よしよし。そうこなくっちゃ。」
正美「…うまい。」
かぐや「…………私はね、あなたと一緒に暮らせるならもう何だっていいの。もちろん、花火が見れたら嬉しいよ。可愛い浴衣も買ってもらったし。ただ、ただ、毎日がいとおしいの。これ以上贅沢は言わないつもり。だから…」
正美「……かぐや。」
かぐや「最期まで、最期まで私のそばにいて。……それが私の願いです。」
正美「………。」
かぐや「ふふっ、こんなシワだらけのお婆ちゃん、もう愛せないかしら?」
正美「かぐや!!かぐや、目をつむって。」
かぐや「はいはい。」
正美「『大好き』に決まってる。
(正美、かぐやの左の頬にそうっとキスをする)
かぐや「……あら、若いっていいわね。…………あなたはほんとにいい男。」
【暗転】
【明転】
小野寺「……うーん、プロジェクションマッピングなど、いかがでしょう?」
正美「どうやって?」
小野寺「専用のプロジェクターで部屋の壁一面に花火を映すんです!これなら雨でも確実に花火を見ることができるでしょう!!」
正美「…なるほど。」
小野寺「そうでしょう!そうでしょう!さすがわたくし!!!頭の回転が速い!!」
正美「……でもそれって本当の花火じゃないよな。」
小野寺「それを言っちゃあおしまいですよ。…だいたい無茶です。奥さまと確実に花火が見える方法、なんて。」
正美「…まあな。」
(突然バタバタと足音がする)
マサキ「小野寺!小野寺いるか?!今帰ったぞ!!」
小野寺「はい、只今!」
正美「もしかして…」
小野寺「マ、マサキさま!!お久しぶりです!!」
マサキ「よう!小野寺、久しぶりだな!!!」
正美「声でかっ…!うるさ…」
マサキ「何だ?居たのか。クソ兄貴。」
正美「ウワア…、日本に帰ってきてたのか。」
マサキ「小野寺、土産を仕分けしてくれ。速達で120個はあるぞ。愛人用、友人用、セフレ用、それから、白鳥会の弟子たちへ送る分、あと伯父上さまへの純金腕時計、たかしま旅館への記念品…等々あるからな。」
小野寺「かしこまりました!!!」
正美「この1年間近くの間、どこに行ってたんだよ。」
マサキ「ああ、ちょっとラスベガスに。」
正美「ラスベガス?!」
マサキ「知らないの?ラスベガスだよ!ラスベガス!!!!!アメリカのネバダ州南部にあるのモハーベ砂漠の楽園!リゾート地のラスベガスさ!!」
正美「いや、そのくらい知ってるけど…」
マサキ「時代の波はアメリカン・スタイルのフラワーアレンジメントだ!!白鳥会の運営は兄貴がいるし、俺は何したっていいだろう?」
正美「はあ………どうせカジノに明け暮れていたんじゃないの?」
マサキ「そういうこともあった!!!」
正美「はあ……やっぱり。」
マサキ「それよりうわさで聞いたぞ!お前今、おいぼれババアと仲良く暮らしてるんだって?!お得意の慈善活動か??悪趣味にもほどがあるぞー!だいたい、あの結婚したっていう美人妻はどうした?…結婚式にも行けなかったし、実を言うとまだ会ってないんだよ。ハハッ、クソ兄貴のことだからどうせうまくいってないんだろ?結婚早々、離婚の危機???いい気味だ!笑っちゃうねえええ!」
正美「お前に何がわかるって…!!」
マサキ「いちいちうるせえな!堅物ブサイク!!クソ兄貴!!!」
正美「テメーは昔っから人の話をろくに聞かない…!!」
小野寺「あああ…お二人とも無駄な兄弟ゲンカはおやめ下さい!!!」
正・マ「小野寺は黙ってろ!!!!!」
かぐや「…正美、…正美?今日はずいぶんにぎやかね。いつの間にお客さんが来てるの?」
(かぐや、杖をつきながらよろよろと部屋に入ってくる)
マサキ「おっ、うわさのババアが登場か?!へえーけっこう美人なババアじゃん。お前こういう趣味があったんだな。俺はいくらなんでも年上すぎて受け付けないけど。」
かぐや「アンタ誰?!初対面の人に向かってババアとは失礼な!!」
マサキ「ハハッ、どっからどう見てもババアじゃん。」
かぐや「違うわ!!私は竹からうまれた1歳児よ!!!!!」
マサキ「はあ?!?意味わかんねえし!」
正美「いやこれには深いわけがあって!!」
マサキ「このババア、頭ボケてんぞ!!お前こんなのと同棲して大丈夫か???」
小野寺「ちょっと皆さんいい加減にしてくださ…」
正美「小野寺は黙ってろって言っただろ!!!!」
小野寺「うわああ!!!」
かぐや「小野寺さん!!!」
(かぐや、小野寺をかばおうと自分の杖をふり上げるがバランスを崩して後ろによろめき大きく転倒する)
かぐや「きゃあ!!!!!イ、イタタタタタタタタタ…!!」
正美「かぐや!!!!」
マサキ「す、すまない!ご老人!!そんなつもりじゃ…」
小野寺「あああ奥さま!?!!奥さま!!大丈夫ですか?!救急車?救急車!!」
【暗転】
【明転】
正美「8月、かぐやは入院した。大腿骨頸部骨折。今のところ退院の見込みはない。……………肝心なときは、いつも雨だ。興味ない日は、だいたい晴れ。そんなこともすっかり忘れた。……俺はただ、美しい花束をつくって毎日きみに会いに行く。」
【暗転】
【明転】
かぐや「わあ素敵!ヒメヒマワリだ…!!」
正美「今日は和歌山で展示会があってね、簡単なブーケしかつくれなかったけど自信作なんだ。」
かぐや「お仕事おつかれさま。忙しい時は無理して病院まで来なくてもいいんだよ。」
正美「無理してないって。ただの心配性。」
かぐや「(包帯の結び目をときながら)どっこいしょ……正美は優しいひとだねえ…」
正美「ううん、ただのお節介やきだから。…あっ、左足の包帯巻きなおすの手伝うよ。」
かぐや「……本当かっこわるいよね。」
正美「かぐや、きみは悪くないよ。退院したらマサキの野郎をビンタしにいこう!そのくらいの気持ちでいなきゃ…」
かぐや「退院できるかな…。」
正美「らしくないなあ。きみが弱気になってどうするの。ねっ、大丈夫!最近車イスに乗れるようになったし、リハビリも順調だし…!」
かぐや「ねえ、正美。」
正美「ん?どうした?」
かぐや「…………………正美、変わったね。はじめて会った時より明るくなった。うーん、使う言葉が前向きになった、って言った方がいいかな。とにかく、まあ、変わったと思う。」
正美「犯人はきみだ。」
かぐや「へ?」
正美「きみのせいだよ。」
かぐや「正美…!」
正美「きみのせいで、優しくなれた。つよくなれた。明るく、真っ直ぐな思いが俺を染めていった。全部全部、きみのせいだよ。まったく、どうしてくれるんだ。……俺の人生、メチャクチャじゃあないか。」
かぐや「ふふふっ、最高でしょ?」
(ひゅーーーーーーー、どーーーーーーーーーーーーーん!どおーーん!ぱん!ぱ
ん!!と、遠くから聞こえる花火の音)
正・か「花火!?!!!」
(正美、病室のカーテンを勢いよくあける)
正美「そっか…!今日、夏祭りなんだ!!」
かぐや「すっかり忘れてた!」
正美「俺も!…この1ヶ月、ばたばたしたもんな。」
かぐや「うん……大変だったもんねえ…」
正美「っていうか正直、もう二人で花火なんか見に行けないと思ってあきらめてた…!」
かぐや「私も!私も!まさか病院からちょうど見える角度だったなんて!!ビー玉くらいちっちゃいけど…真っ正面だね!!」
正美「奇跡だよ!!!奇跡!!!」
かぐや「ふふっ!ふふふふふっ………」
正美「な、何がそんなにおかしいの??」
かぐや「今日晴れたの、きっと、正美が今の今まで…花火大会のこと忘れてたからだ……!!」
正美「……おいおい……そんなのアリかよ?いや…あり得るな……ははっ…」
かぐや「ヨッ!雨男!……たまにはやるじゃん!」
正美「そりゃどうも、お褒め頂き光栄です!」
かぐや「ふふっ、この後、きっと雨ね。…降ってくるまで見ていましょ…!」
正美「あっ、もうパラついてきた。」
かぐや「ふふっ、言わんこっちゃない!」
正美「すんません…!愛しの奥さま……」
かぐや「いいのよ、……一瞬だけでも、花火、見えたもの。」
正美「かぐや……。」
かぐや「これで………………………思い残すことはないわ。」
正美「………。」
かぐや「自分の寿命くらい……自分で……何となく分かってるから。」
正美「かぐや、俺はお前に……」
かぐや「ありがとー…雨男。私、好きな人と一生いっしょにいられて、宇宙で一番幸せだった。ねえ正美、そうでしょう…?」
正美「かぐや…かぐや…俺はお前に…何もしてやれなかった…。与えてもらうばっかりで、いつもいつも悔しかったよ。」
かぐや「…そんなことないって。(自分の左の頬をトントンと指差しながら)…ちょうだい。」
正美「何を。」
かぐや「さあ、とぼけてないで。」
正美「……ずるいなあ。」
かぐや「はい、どうぞ。」
【暗転】
正美「あきれるほどに、キスをした。全身いたるところ…きみの全部を。」
【溶暗】
かぐや「宇宙で一番。」
正・か」あなたが好きです。
(かぐや、はける)
正美「…………そうして彼女は、小さな星になりました。」
【暗転】
【明転】
正美「肝心なときは、いつも雨だ。興味ない日は、だいたい晴れ。次の年から……夏祭りは毎年快晴。笑っちゃうほど晴れ渡る空。もうきみはいないから、ビールを片手に一人で花火を見に行くよ。そんな俺を、どうか笑って見守っていておくれ。宇宙で一番……………『大好き』です。」
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