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公開日2022年09月16日 14:43
更新日2022年09月16日 14:43
文字数
4224文字(約 14分5秒)
推奨音声形式
指定なし
推奨演者性別
指定なし
演者人数
1 人
演者役柄
娘
視聴者役柄
釣り人
場所
人気のない海近くの廃村
あらすじ
海で釣りをしていると、見知らぬ少女が、この地に代々伝わる人魚の伝説を話し始める。
吉村昭 『破船』をモチーフにした描写が見られます。微グロ注意です。
吉村昭 『破船』をモチーフにした描写が見られます。微グロ注意です。
本編
[さざ波の音]
あれ、こんな田舎にお客さんとは、珍しいどころの話じゃないね。
何、お兄さん、釣り人かい。
でも残念。ここの海じゃ、まともなもんは釣れやしないよ。
え?わかってて来たっての?
ここが、人魚に呪われてるって。
人魚に呪われた村・・・どこでそんな噂が立つんだか。
もう、村でさえないんけどね。廃村だよ、廃村。
私?私はここの・・・うーん・・・何なんだろうねぇ。
まぁ、お兄さんよりは、ここのことには詳しいよ。
どうせ釣れないんだし、話し相手になってあげよう。
お隣、失礼。
で、お兄さん、ここには何を釣りに来たの?
言った通り、ここの海じゃあ、まともなもんはとれんのに。
釣りって言ってるけど、結構な準備して来とるねぇ。
どんだけの大物を釣りあげる気かね。
え?人魚を釣りに来た?
アハハハハ!
本気かい?それでそんなおっきな荷物しょって、わざわざこんな田舎に来たんかい?
アハハハハ!
いやいや、まったく。
珍しい人間もいたもんだ。
人魚の噂を信じるどころか、それを釣りあげようなんて。
まぁ、そうだねぇ。本当に人魚が釣れたら、そりゃ大事だ。
いやいや、いいよいいよ、平和で結構。
私はその、ネットでバズる?ってのはよくわからんけどさ。
若いのにわからないのはおかしいって?
まぁまぁ、田舎だから、ね。
でも、詳しいことなら、一つだけあるよ。
お兄さんに、教えてあげようか。
ここらに伝わる、人魚伝説を。
むかしむかし、ここの海には美しい人魚が大勢いた。
その人魚のあまりの美しさに、村は相当にぎわっていた。
でも、村人がその人魚を、海から陸に引き上げたのが運の尽き。
海の神さんが怒ったんかねぇ。ある日、村を飲み込むような大波が来て、その波に乗ったたくさんの人魚が村を襲って。
そして後には、何にも残らなかったんよ。
フフフ。ありがちなお話さぁね。
後には何にも残らなかったって言ってんのに、何で語り継がれてるんか、誰もツッコまないんかね。
もちろん、これはただの作り話。どこにでもある怪談話。
ここらの波の荒い海に、子供が近付かないようにするためのね。
海のものをとったり、海を汚すような悪い子は、人魚に攫われるぞって。
波が高い日なんかにも、溺れる子が出やんように、人魚が波を起こしてるぞって。
便利なもんだね。おかげでここいらには、誰も寄り付かん。
お兄さんみたいな変わり者以外はね。
ククク。
でもこれは、本当の人魚伝説を隠すための、ただの作り話。
ねぇ、お兄さん、人魚はどこから来たか知ってる?
海じゃないんよ。船から来たんよ。
その昔、身売りに出された娘を乗せた船が、ここの海をよく通ったらしくてね。
当時からここはひどい大波で有名な浜で、凪の日なんかほとんどない。
ある晩、ひどい波に飲まれて破船した船から、生き延びた身寄りのない娘が何人も、ここにたどり着いた。
はるばる船にまで乗せて運ぶような娘だから、けっこうな器量良しだったそうよ。
村人たちはそんな娘たちを助けて、大層、感謝されたそうな。
ここで、めでたしめでたしで終われば、良かったんだけどねぇ。
恐ろしい話はここから。
娘たちを乗せた船を、海で失ってはいおしまい、ってわけにはいかない。
船の持ち主が、船の航路を追って、この村を目指していると噂が流れた。
もし、娘たちを返しもせずに匿ってるなんて知れて、村を襲われたりでもしたら・・・
それで、村人たちは、どうしたと思う?
助けた娘たち全員を、岬から突き落としたんだよ。
また浜まで泳ぎ着いたりされないように、下半身をぎゅうぎゅうに縛って・・・
その日は珍しく海は凪いでいて、静かな海に、娘たちの悲鳴がずっと響いていたそうだよ。
人魚の歌は災いを呼ぶ・・・まぁ、これだと順番があべこべだけどね。
でもね、悪い話は続くもんでさ。
娘たちを海に捨ててからしばらくして、船の持ち主がやって来た。
村人たちは、船が難破したのは事実だが、乗っていた者については知らぬ存ぜぬを貫いた。
だけど、それを聞いた船の持ち主が大層ほっとした様子だから、逆に疑問を持って聞いた。
あの船には、何が乗っていたのか。
船の持ち主は言った。
あの船には、遊郭で流行り病に罹った娘たちを乗せていた。
それは娘本人だけでなく、相手の男の命も奪う恐ろしい病で、誰も近寄ることもできなかった。
それでしょうがなく、特に病が進んだ娘たちを船に乗せて、無人の島に送る途中だった。
本来なら海にも落としたくはなかったが、万が一、この村に漂着などしていたらえらいことだった、と。
これには村中の人間が青ざめた。美しい女を、それも命を救われて感謝を訴える女たちを、貧しい村人たちがただただ、優しく扱った訳がないのだから。
そしてその時、大波が村を襲った。
そして、その波には、人魚が乗っていた。
もちろんそれは、岬から突き落とした娘たちの死体。
下半身を縛られ、まるで魚のようになった足。
生前の美しさは海に奪われ、ぶくぶくと膨れ上がった肉体。
顔には最後までおぼれて苦しみ抜いた、悲壮な嘆きが張り付いたまま。
波に乗って村を襲った大量の死体は砕け散り、病の気をはらんだ悪臭が、どこまでも広がっていった・・・
村は流行り病で全滅。何とか町へと逃げ帰った船の持ち主は、その村のことをこう呼んだ。
人魚に呪われた村、って・・・
アハハ、流行り病のせいだって、自分で言っておきながら、勝手なもんだよね。
どうだい?中々、恐ろしい話だろ?
でも、これも実は、本当の人魚伝説を隠す、もう一つの嘘なんだ。
フフフ、人魚ってのはどこまでも嘘で隠されているから、伝説なのさ。
当時のこの村はひどく寂れていてね。
海は酷く荒れてろくに漁もできず、やせた土地には作物も育たず。
拾った貝や山菜で、何とか命を長らえさせていたような所だったんだ。
村人はみんな、飢えていた。文字通りね。
そんなときに、目の前に、美しい娘たちが現れた。
村人たちは、本当はどうしたと思う?
言ったろ?娘たちを優しく扱った訳がないって。
何?村の男が、娘に乱暴をしたと思ったのかい?スケベだねぇ。
でも残念ながら、村にはそんなことに体力を使う余裕はなかった。
ただただ、飢えていた。
そんなところに降ってわいた、たんまり肉を蓄えた女たち・・・
そう、村人たちは、人魚を・・・いや、娘たちを、食べたんだよ。
家族に売られ、病に侵され、島流しに遭い、大波に飲まれて、それでもやっとの思いで陸に戻れた哀れな娘たちを。
でも、やせ細った村人たちに、人間をきれいに解体するような力は残ってなかった。
たくましい足や、太い首を跳ねるような力はなかった。
だから、細くてか弱い、腕から頂戴したんだ。
それで精をつけて、後から全部頂くつもりだったんだろうね。
だが娘たちの腕をあらかた平らげた所に、船の持ち主がやってくるという噂を聞いた。
これはまずいと、早々に娘たちを海に捨てることにした。
足を縛られる中、抵抗しようにも、文字通り手も出せない娘たち。
そんな状態で海に捨てられた娘たちの悲鳴は、どこまでも響いた。
切られて短くなった腕は、縛られた足を解くこともできず、ただヒレのようにばたつかせることしかできない。
その日、珍しく凪いだ海の中、通る船もなく、助かるはずもないのに。
それでも、声を出さずにいれなかった。
呪わずにはいられなかった。
自分を蝕んだ病も、見捨てたかつての仲間たちも、そして、外道の村人たちも。
何もかもを、この世を、呪った。
ねぇ、お兄さん。
良かったら、手を合わせて、拝んでくれんかな。
病のせいで、この村には坊主の一人も来たことがないんだ。
ただ、「この地に縛られた魂を、解放してくれ」って。
それだけでいいんだ。
・・・ありがとう。
ねぇ、お兄さんは、まだ、人魚を釣ろうと思うかい?
帰る?うんうん、おりこうさんだ。
そうそう、人魚伝説なんかに乗せられないで、清く正しく生きるのが一番。
そして、死ぬのが二番さ。
そうだよ。死ぬってのは幸せだ。
ここの村人たちは、一人残らず、死ぬことさえできないんだから。
もう、お兄さんには、どこまでも人魚伝説を話しちゃうなぁ。
嘘の鱗がどんどん剝がされて、もうすぐ中身が見えちまうよ。
確かに村は全滅した。
娘たちの腕を食った村人たちは案の定、同じ病にかかり、苦しみ抜いた。
だがどういうわけか、死ぬことは叶わなかった。
人魚の肉を食った者は、不老不死になる。よく聞く伝説だね。
病の苦しみに耐えきれず、村人たちは一人残らず、岬から身を投げた。
自分たちが娘を投げ捨てた、あの岬から。
それでも、娘たちの呪いは解かれることはなく。
村人たちは、死ぬことも叶わないまま、今もこの海で、永遠の苦しみの中にいる。
止まない飢えと渇き、後悔と嘆き、そして・・・呪いと共に。
言ったろ?ここじゃ、まともなもんは釣れないって。
この海にいるのは、人魚なんかじゃない。
あれは・・・
[さざ波の音]
さぁ、そろそろ帰りな。海が騒がしくなってきた。
振り返らずに、とにかく村を出るんだよ。
大丈夫。あたしがついて行ってあげるから。
そのまま、ふり返らず、村の出口に向かうんだ。
そう、そうだよ。そのまま。
そのまま・・・
もうすぐ、もうすぐだよ。
ねぇ、お兄さん。歩きながらでいいから聞いてくれ。
正真正銘、最後の人魚伝説を話してあげるから。
腕を切られ、足を縛られ、海に落とされた娘たち。
その中でもたった一人、一番幼い娘だけは、さすがの村人たちも傷つけることができなかった。
海に突き落とされることもなかった。その娘は、仲間たちの死体が打ち上げられた時も陸にいた。
だがどういうわけか、病に罹ることは無かった。
村人たちが病で苦しみ、海に身を投げた後も、一人残された。
病に苦しむ村人からは、災いを運んできた化け物と呼ばれ。
海に捨てられたかつての仲間たちからは、裏切り者と呼ばれ。
娘たちのように呪うことも、村人のように呪われることもできない半端もの。
でも、確かに呪いは受けた。
それが娘たちの呪いか、村人たちの呪いかは、もう分からないけどね。
生きることも死ぬこともなく、この地と共にいること。
それが半端ものの娘が受けた呪い。
この地を離れる方法は一つ。
この地に縛られた魂を解放するよう、祈りを捧げた者と、共に行くこと。
さぁ、ここが、村の出口だ。
フ、フフ。
おめでとう、お兄さん。無事に村から出られたね。
フフフ。
あたしと一緒に。
フフフフフ。
やっと、やっとだ。
フフフフフフフフ。
おめでとうよ、お兄さん。あんたは見事、大物を釣り上げた。
で・・・どうだい。
あたしは一体、何に見える?
あれ、こんな田舎にお客さんとは、珍しいどころの話じゃないね。
何、お兄さん、釣り人かい。
でも残念。ここの海じゃ、まともなもんは釣れやしないよ。
え?わかってて来たっての?
ここが、人魚に呪われてるって。
人魚に呪われた村・・・どこでそんな噂が立つんだか。
もう、村でさえないんけどね。廃村だよ、廃村。
私?私はここの・・・うーん・・・何なんだろうねぇ。
まぁ、お兄さんよりは、ここのことには詳しいよ。
どうせ釣れないんだし、話し相手になってあげよう。
お隣、失礼。
で、お兄さん、ここには何を釣りに来たの?
言った通り、ここの海じゃあ、まともなもんはとれんのに。
釣りって言ってるけど、結構な準備して来とるねぇ。
どんだけの大物を釣りあげる気かね。
え?人魚を釣りに来た?
アハハハハ!
本気かい?それでそんなおっきな荷物しょって、わざわざこんな田舎に来たんかい?
アハハハハ!
いやいや、まったく。
珍しい人間もいたもんだ。
人魚の噂を信じるどころか、それを釣りあげようなんて。
まぁ、そうだねぇ。本当に人魚が釣れたら、そりゃ大事だ。
いやいや、いいよいいよ、平和で結構。
私はその、ネットでバズる?ってのはよくわからんけどさ。
若いのにわからないのはおかしいって?
まぁまぁ、田舎だから、ね。
でも、詳しいことなら、一つだけあるよ。
お兄さんに、教えてあげようか。
ここらに伝わる、人魚伝説を。
むかしむかし、ここの海には美しい人魚が大勢いた。
その人魚のあまりの美しさに、村は相当にぎわっていた。
でも、村人がその人魚を、海から陸に引き上げたのが運の尽き。
海の神さんが怒ったんかねぇ。ある日、村を飲み込むような大波が来て、その波に乗ったたくさんの人魚が村を襲って。
そして後には、何にも残らなかったんよ。
フフフ。ありがちなお話さぁね。
後には何にも残らなかったって言ってんのに、何で語り継がれてるんか、誰もツッコまないんかね。
もちろん、これはただの作り話。どこにでもある怪談話。
ここらの波の荒い海に、子供が近付かないようにするためのね。
海のものをとったり、海を汚すような悪い子は、人魚に攫われるぞって。
波が高い日なんかにも、溺れる子が出やんように、人魚が波を起こしてるぞって。
便利なもんだね。おかげでここいらには、誰も寄り付かん。
お兄さんみたいな変わり者以外はね。
ククク。
でもこれは、本当の人魚伝説を隠すための、ただの作り話。
ねぇ、お兄さん、人魚はどこから来たか知ってる?
海じゃないんよ。船から来たんよ。
その昔、身売りに出された娘を乗せた船が、ここの海をよく通ったらしくてね。
当時からここはひどい大波で有名な浜で、凪の日なんかほとんどない。
ある晩、ひどい波に飲まれて破船した船から、生き延びた身寄りのない娘が何人も、ここにたどり着いた。
はるばる船にまで乗せて運ぶような娘だから、けっこうな器量良しだったそうよ。
村人たちはそんな娘たちを助けて、大層、感謝されたそうな。
ここで、めでたしめでたしで終われば、良かったんだけどねぇ。
恐ろしい話はここから。
娘たちを乗せた船を、海で失ってはいおしまい、ってわけにはいかない。
船の持ち主が、船の航路を追って、この村を目指していると噂が流れた。
もし、娘たちを返しもせずに匿ってるなんて知れて、村を襲われたりでもしたら・・・
それで、村人たちは、どうしたと思う?
助けた娘たち全員を、岬から突き落としたんだよ。
また浜まで泳ぎ着いたりされないように、下半身をぎゅうぎゅうに縛って・・・
その日は珍しく海は凪いでいて、静かな海に、娘たちの悲鳴がずっと響いていたそうだよ。
人魚の歌は災いを呼ぶ・・・まぁ、これだと順番があべこべだけどね。
でもね、悪い話は続くもんでさ。
娘たちを海に捨ててからしばらくして、船の持ち主がやって来た。
村人たちは、船が難破したのは事実だが、乗っていた者については知らぬ存ぜぬを貫いた。
だけど、それを聞いた船の持ち主が大層ほっとした様子だから、逆に疑問を持って聞いた。
あの船には、何が乗っていたのか。
船の持ち主は言った。
あの船には、遊郭で流行り病に罹った娘たちを乗せていた。
それは娘本人だけでなく、相手の男の命も奪う恐ろしい病で、誰も近寄ることもできなかった。
それでしょうがなく、特に病が進んだ娘たちを船に乗せて、無人の島に送る途中だった。
本来なら海にも落としたくはなかったが、万が一、この村に漂着などしていたらえらいことだった、と。
これには村中の人間が青ざめた。美しい女を、それも命を救われて感謝を訴える女たちを、貧しい村人たちがただただ、優しく扱った訳がないのだから。
そしてその時、大波が村を襲った。
そして、その波には、人魚が乗っていた。
もちろんそれは、岬から突き落とした娘たちの死体。
下半身を縛られ、まるで魚のようになった足。
生前の美しさは海に奪われ、ぶくぶくと膨れ上がった肉体。
顔には最後までおぼれて苦しみ抜いた、悲壮な嘆きが張り付いたまま。
波に乗って村を襲った大量の死体は砕け散り、病の気をはらんだ悪臭が、どこまでも広がっていった・・・
村は流行り病で全滅。何とか町へと逃げ帰った船の持ち主は、その村のことをこう呼んだ。
人魚に呪われた村、って・・・
アハハ、流行り病のせいだって、自分で言っておきながら、勝手なもんだよね。
どうだい?中々、恐ろしい話だろ?
でも、これも実は、本当の人魚伝説を隠す、もう一つの嘘なんだ。
フフフ、人魚ってのはどこまでも嘘で隠されているから、伝説なのさ。
当時のこの村はひどく寂れていてね。
海は酷く荒れてろくに漁もできず、やせた土地には作物も育たず。
拾った貝や山菜で、何とか命を長らえさせていたような所だったんだ。
村人はみんな、飢えていた。文字通りね。
そんなときに、目の前に、美しい娘たちが現れた。
村人たちは、本当はどうしたと思う?
言ったろ?娘たちを優しく扱った訳がないって。
何?村の男が、娘に乱暴をしたと思ったのかい?スケベだねぇ。
でも残念ながら、村にはそんなことに体力を使う余裕はなかった。
ただただ、飢えていた。
そんなところに降ってわいた、たんまり肉を蓄えた女たち・・・
そう、村人たちは、人魚を・・・いや、娘たちを、食べたんだよ。
家族に売られ、病に侵され、島流しに遭い、大波に飲まれて、それでもやっとの思いで陸に戻れた哀れな娘たちを。
でも、やせ細った村人たちに、人間をきれいに解体するような力は残ってなかった。
たくましい足や、太い首を跳ねるような力はなかった。
だから、細くてか弱い、腕から頂戴したんだ。
それで精をつけて、後から全部頂くつもりだったんだろうね。
だが娘たちの腕をあらかた平らげた所に、船の持ち主がやってくるという噂を聞いた。
これはまずいと、早々に娘たちを海に捨てることにした。
足を縛られる中、抵抗しようにも、文字通り手も出せない娘たち。
そんな状態で海に捨てられた娘たちの悲鳴は、どこまでも響いた。
切られて短くなった腕は、縛られた足を解くこともできず、ただヒレのようにばたつかせることしかできない。
その日、珍しく凪いだ海の中、通る船もなく、助かるはずもないのに。
それでも、声を出さずにいれなかった。
呪わずにはいられなかった。
自分を蝕んだ病も、見捨てたかつての仲間たちも、そして、外道の村人たちも。
何もかもを、この世を、呪った。
ねぇ、お兄さん。
良かったら、手を合わせて、拝んでくれんかな。
病のせいで、この村には坊主の一人も来たことがないんだ。
ただ、「この地に縛られた魂を、解放してくれ」って。
それだけでいいんだ。
・・・ありがとう。
ねぇ、お兄さんは、まだ、人魚を釣ろうと思うかい?
帰る?うんうん、おりこうさんだ。
そうそう、人魚伝説なんかに乗せられないで、清く正しく生きるのが一番。
そして、死ぬのが二番さ。
そうだよ。死ぬってのは幸せだ。
ここの村人たちは、一人残らず、死ぬことさえできないんだから。
もう、お兄さんには、どこまでも人魚伝説を話しちゃうなぁ。
嘘の鱗がどんどん剝がされて、もうすぐ中身が見えちまうよ。
確かに村は全滅した。
娘たちの腕を食った村人たちは案の定、同じ病にかかり、苦しみ抜いた。
だがどういうわけか、死ぬことは叶わなかった。
人魚の肉を食った者は、不老不死になる。よく聞く伝説だね。
病の苦しみに耐えきれず、村人たちは一人残らず、岬から身を投げた。
自分たちが娘を投げ捨てた、あの岬から。
それでも、娘たちの呪いは解かれることはなく。
村人たちは、死ぬことも叶わないまま、今もこの海で、永遠の苦しみの中にいる。
止まない飢えと渇き、後悔と嘆き、そして・・・呪いと共に。
言ったろ?ここじゃ、まともなもんは釣れないって。
この海にいるのは、人魚なんかじゃない。
あれは・・・
[さざ波の音]
さぁ、そろそろ帰りな。海が騒がしくなってきた。
振り返らずに、とにかく村を出るんだよ。
大丈夫。あたしがついて行ってあげるから。
そのまま、ふり返らず、村の出口に向かうんだ。
そう、そうだよ。そのまま。
そのまま・・・
もうすぐ、もうすぐだよ。
ねぇ、お兄さん。歩きながらでいいから聞いてくれ。
正真正銘、最後の人魚伝説を話してあげるから。
腕を切られ、足を縛られ、海に落とされた娘たち。
その中でもたった一人、一番幼い娘だけは、さすがの村人たちも傷つけることができなかった。
海に突き落とされることもなかった。その娘は、仲間たちの死体が打ち上げられた時も陸にいた。
だがどういうわけか、病に罹ることは無かった。
村人たちが病で苦しみ、海に身を投げた後も、一人残された。
病に苦しむ村人からは、災いを運んできた化け物と呼ばれ。
海に捨てられたかつての仲間たちからは、裏切り者と呼ばれ。
娘たちのように呪うことも、村人のように呪われることもできない半端もの。
でも、確かに呪いは受けた。
それが娘たちの呪いか、村人たちの呪いかは、もう分からないけどね。
生きることも死ぬこともなく、この地と共にいること。
それが半端ものの娘が受けた呪い。
この地を離れる方法は一つ。
この地に縛られた魂を解放するよう、祈りを捧げた者と、共に行くこと。
さぁ、ここが、村の出口だ。
フ、フフ。
おめでとう、お兄さん。無事に村から出られたね。
フフフ。
あたしと一緒に。
フフフフフ。
やっと、やっとだ。
フフフフフフフフ。
おめでとうよ、お兄さん。あんたは見事、大物を釣り上げた。
で・・・どうだい。
あたしは一体、何に見える?
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オリジナルのボイス台本を書いています。女性1人読みの男性向けが多いです。
SSとしても読めるものを目指しています。
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短編であれば無償で依頼を受け付けております。ご相談下さい。
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