劣化したスマホの機種変更をするために下見をした帰り道。
今使っているスマホちゃんの行き場のない悲しみの声が聞こえてきて…

それで、新しい子の下見の結果はどうだった？
ご主人のメガネにかなうような気になる子は見つかったかな？

…と言っても、私にはご主人の考えてる事が手に取るようにわかるけどね。
高い防水性と綺麗なサウンドをご所望…か。
それらは今の子達なら標準搭載してる機能、そして…
私の力では結局叶えられなかった望みだったからね。
私なんてちょっと濡れただけでも危険だし、一緒にお風呂に入るなんてもってのほか。
それに所々薄汚れた私のイヤホンジャックでは本来綺麗に聞こえるであろう声も音も聞けやしない。
ほんと、出来の悪いブツで悪かったね。
全く、次のスマホちゃんの候補を選ぶためのメモとして使われるお古な私の心情も、ちょっとは汲み取って欲しいな。
あーあ、とうとう私もお役御免か。
出会った頃はあなたの期待をなんでも叶える事ができて、
ご主人もそれに応える様に肌身離さず持ち歩いてくれて、
私にとってはそれが最高に嬉しかった。
ご主人様の友人が使ってる私の同期たちが次々とリストラされていって…
それでもわたしなら永遠にご主人のお役に立てる！
なんて息巻いてる時期もあったけど…現実とはどうしてこうも残酷なんだろ。

もし…もしもの話だよ？
今の私がもっと大きなバッテリー容量を持っていれば
もっと情報処理の速度が速ければ
沢山の便利な機能を持っていれば…
これからもご主人は私の事を使ってくれるのかな…
なんて、ないものねだりしても虚しくなるだけだよね。
はぁ…なんかやだな。
ご主人が新しいスマホちゃんと一緒にいる所を見るの。
新しい子が来ればどうせ私は押入れの奥に雑に放り込まれるんだ。
そしてバッテリー残量すら気にしてもらえず残された充電を浪費しながらただひたすらに新しい子がご主人と幸せに過ごしている所を死んだ目をして見ている事しか出来なくなる…。
大してご主人の記憶にも残らないまま忘れ去られて…
想像してるだけで憂鬱になってくるよ。
それに、捨てられるその時がもうすぐそこまで迫って来ているし。
せめて…ご主人の思い出になって役目を終えたいな…

// 少しの間

ご主人、私の最初で最後のわがまま、聞いてくれ。
もしよかったら、私を壊し尽くしてほしいんだ。
そう、壊すの、私を。
ご主人には申し訳ないけど…私はもう自身に残された役目を果たすなんてことは出来そうにない。
それでいて不遜にもご主人の思い出になりたいなんて思ってしまう不出来なブツだ。
だからせめて、ご主人に直接手向けて欲しいんだ。
それが私のわがまま。聞き入れてはくれないだろうか。

…そうだよな。ご主人は優しいから、そう言うと思っていた。
ならば仕方がない。自分で言い出したことだ。
せめて自分で後始末はつける。

ふんっ！

// スマホが徐々に熱くなる
// 息切れしたように
// 苦しそうに

はぁ…はぁ…どうだご主人。
私のカラダ…熱くなってきただろ。
熱さに驚いて落としてくれてもいいんだぞ。
こちとら、はぁ…それが狙いっ、だからな。
はっ、なんだよ…
役立たずだと思ってたバッテリー劣化や演算速度低下がこんなところで役に立つとはな。
そう、熱暴走、って奴だ。
急いでカバンの中にしまってくれるのもいいが…
そんな事すると、カバンの中の物、燃やすぞ？
なぁ頼むよ。私の事を楽にしてくれ。
私はご主人に壊されたいんだよ。
いいだろ！？なぁ！？

あっ…

// スマホが手から滑り落ちる
// ここから先エコーかけて

あぁ…よかった。
これでもう、思い残すことは何も無い。
強いて言えばご主人ともっと居たかったが…
まあ、それは最初から不可能な話だったな。
ありがとうご主人。
3年も経たない短い間の関係だったが…
私はご主人に尽くすことができて…楽しかったし幸せだった。
あぁ…もうすぐコンクリートに叩きつけられる。
だが…そんな最期も割と悪く無いかもな。
さよなら、ご主人

// SE 砕け散る音

・台本（ゆるボイ！）
ダウナーでメンヘラなスマホちゃんは新しいスマホを選ぶ主人を諦観する
https://twitter.com/yuru_voi

・台本制作者
えとのわーる(Stella)