海岸に打ち上げられた人魚。
怪我を手当したあなたに心惹かれ、最後には…

（波の音）

はぁ…はぁ…っ。
うぅ…身体が、動かない…。
どうしよう…

…えっ？
ひっ…もしかして人間…！？

み、見ないでくださいっ…！
私のことは、放っておいてっ…

怪我なんてしていません…っ。 痛っ…
構わないでいいですから、あなたは何も見なかったことにしてくださいっ。

あっ、ちょっとっ。

（波の音）

はい、まだ痛みはありますが、血はもう止まったと思います。
…その、さっきは取り乱してしまってごめんなさい。

小さい頃から「人間と出会ってはいけない、人間に姿を見られてはいけない」と教わってきたので。
…えぇ。 あなたもご存知なんですね、あのお話を。

ですから、このことは内緒にしていただけますか？
あなたが私と出会ったことは…

その代わり、手当てしていただいたお礼と言ってはなんですが、
明日の夜、静かな時間にまたここに来てください。

（波の音）

---（月日が経って）

（波の音）

こんばんは。
ふふっ。 ビックリしましたか？

ちょっと驚かせようかなと思って。
今夜はあなたの驚く顔が見れて、ちょっぴり楽しいです。

思えば、こうしてあなたと会うようになって
もうすぐひと月ですね。

ええ、私もこんなふうになるなんて、思いもしませんでした。
あなたに出会うまで「人」を知らぬまま過ごしてきましたから。

今日もまた、あなたのことを教えてもらえますか？

（波の音）

---（とある日の夜）

（波の音）

こんばんは。
ええ。 今日は少し早く着いて、待っていましたよ。

今日は、その…
あなたに渡したいものがあるんです。
これを、 受け取ってくださいますか…？

…はい。 瓶に入っているのは、人魚になる薬です。

本当は私も人になって、もっとあなたと過ごしたいと思っているんです。
でも、私が住んでいるところでは人になるための研究は禁忌とされている。
…そう、あのお話があるからです。

一方で、「人」ではなく「人魚」になるための薬は
私たちの世界で長い間研究されてきました。

万が一、姿を見られてしまった時のために。
その人を魅了して薬を飲ませ、同胞として引き込んでしまうんです。

でも、あなたに薬を渡したのは
そんな騙すような目的のためじゃないんです。

命を救われ、こうしてあなたと一緒に過ごすようになって。
あなたへの気持ちが、少しずつ大きくなっていったから。
「ずっとあなたと一緒に居たい」と思うようになったから。

あなたのことが、好きなんです。

この薬を飲めば、二度と人に戻ることはできません。
だから、もしあなたが応えてくれるなら。
いつか返事を聞かせてください。

…今日はもう、失礼しますね。
それじゃ、また。

（波の音）

---（水の中）

…あれ？ あそこに浮かんでいるのは、人魚…？
もしかして、波に打ち上げられて…！？

…っ。

大丈…ぶ…？

…えっ…？

どうして、あなたがここに…！？
…そうじゃなくて、まずは意識を…！

…

…あっ！ 目が覚めましたか…？
ダメですよ、慣れない状態で、無理して泳ごうとしちゃ…

それよりも、本当にあの薬を…？
…本当に、あなたはいいんですか…？

（すすり泣きながら）

…っ。
ごめんなさい、これは泣くつもりじゃなくて…っ。

薬を渡したとき、あなたを困らせてしまったと思ったから。
私のわがままで「あなたと一緒に居たい」だなんて…

もう、人には戻れないんですよ…？
前にも話した通り、きっと人間の世界ほど自由じゃないから…

…嬉しい。 本当に、嬉しいですっ。
これでやっと、2人で一緒に居られる…

私も、愛しています。
もう絶対に離れませんっ。 ふふっ。

…そうだ、まだ泳ぐのは難しいでしょうから、少し休みましょう。
水中で呼吸はできそうですか？

では、腰掛けて休める場所までお連れしますね。
2人で泳げるようになるまで、私が支えますから。

一緒に、幸せになりましょうね？

・台本（ゆるボイ！）
人を知らぬ人魚との逢瀬
https://twitter.com/yuru_voi

・台本制作者
のみやま