彼女の人生は短く、同時に悲しいものであった。
病に倒れ年の半分は病院で過ごすしかなく、末期にはほとんどの時間を病室で過ごしていた。
だが、彼女には幸せな時間も多くあった。
心優しい恋人がいたからだ。
自分よりも他人を優先するお人好しな男だったが、そんな底抜けの優しさに惚れ込んだのだった。
だが、そんな優しさが彼女に深い闇を与えてしまうことになる。
生前彼女はほとんどわがままを言わなかった。
だが彼女は死後、その欲望を爆発させる。
幽霊となった彼女が恋人の男に語る想いとは──

お、今年も来たね。
毎年毎年、遠いのにありがとう。
本当は私の方からも行ってあげたいんだけどね…
こんな体じゃそれも出来ないみたい。
この時期にならないと出てこれなくてさ。

君もこの時期は忙しいはずなのに、こんな私のために時間を作ってくれるよね。
…結婚記念日とか誕生日とかをとても大切にしてくれるところ、大好きだよ。

でも、昔から君は自分より相手のことを優先しちゃう人だったし、仕事でも同じことをしてないか私はとても心配です！
……なんては言ってみたものの、お人好しで底抜けに優しいところに、私は絆されちゃったんだけどね。

もう！急に黙りこまないでよ…
そうやってうつむいちゃうと、私の方が恥ずかしくなっちゃうでしょ？
……そう。ちゃんと顔を上げて、私の顔見て？
えへへ、改まって見つめあうとちょっと恥ずかしいね。

ところで、その箱はプレゼントかな？
早く見せて欲しいな。

これはこれは……猫モチーフの腕時計？
今はこういうのが流行りなのかぁ。
私の好きなもの同士を掛け合わせたプレゼントを選んでくるあたり、やっぱり君は、私のことが大好きなんだね。
こんなに愛されてるなんて、私は幸せ者だなぁ。

それに、今年もその花を持ってきてくれたんだね。
私が一番好きって言った、スノードロップ。
綺麗な花だよねぇ。
それに、君みたいに優しい花だし。
…天地創造のころ、色を持たなかった『雪』に、自らの『白』を分けてあげるなんてさ。
君と同じように、相手のことを思って、優先しちゃう人じゃないと出来ないことだよね。
他にも、楽園を追放されたアダムとイヴが冬の寒さに困っていると、それを哀れに思った天使が降る雪をスノードロップの花に変えて、「もうすぐ春がくるから、絶望してはいけないよ」って慰めたって由来もあるんだ。
付いた花言葉は「希望」と「慰め」。
君は「僕なんかには似合わない」って言ってたけど、私からしたら君にぴったりだよ。
いつも私の希望であり続けてくれた君。
いつも優しく私を慰めてくれた君。
そういうところが本当に好きだし、そんな君を愛してるよ。


……だからこそ、君が隠された花言葉を知ったら、どんな顔するのかなぁ？
スノードロップに関する言い伝えにね、亡くなった恋人の体にスノードロップの花が触れた途端、その肉体が雪の雫になったっていうものがあるんだ。
だからその地方ではスノードロップは「死」を象徴する花として、不吉なものなの。
そのことから、人に贈るとき限定で「私はあなたの死を望む」っていう花言葉がついたんだよ。
あくまでも言い伝えだし、有名な話ではないんだけどさ…

誰よりも優しくて、相手の心の痛みを理解できる君がこのことを知ったら……どんな表情を見せてくれるのかなぁ？
私が好きって言った花を贈り続けてるだけだったのに、誰よりも愛した相手に毎年毎年「死んでくれ」ってメッセージを贈ってるって知ったらどんな顔をしてくれるかな？
言い伝えとは少し違うけど、私のお墓に毎年律儀に供えるスノードロップの花の意味に、いつ気づいてくれるのかな？

いつか意味に気づいてくれるまで、私はここで待ってるよ。
そして、今まで見たことない君の表情を見せて？
私のお墓の前で……ね？

そうすれば、君は私のことを忘れられないでしょう？

・台本（ゆるボイ！）
恋人を待つヤンデレ彼女系の女幽霊
https://twitter.com/yuru_voi

・台本制作者
朽月紅葉