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夜の四つ雪
written by 水谷 翡翠
  • 告白
  • 切ない
  • 少女
  • 学生
  • 友達
  • ひすいの台本
公開日2022年12月25日 05:05 更新日2022年12月25日 03:12
文字数
3318文字(約 11分4秒)
推奨音声形式
指定なし
推奨演者性別
女性演者向け
演者人数
1 人
演者役柄
バイト帰りの17〜20才の女の子
視聴者役柄
指定なし
場所
バイト先〜路上〜しなびた小さな公園
あらすじ
数年前に朗読練習用に書きました。
言い回しはあまり変えずに読んでいただけるとうれしいです。
本編
雪の中が好き。世界に彼と私しか居ないような気がして、音も色もなにもかも、吸い込んでしまうような白が、世界を閉じ込めてくれていた。

・・・

立て付けの悪いドアノブを開ければ、目の前にはキャベツや大根の入った段ボール。踏まないよう足元に気をつけながら、厨房にいる先輩に声をかける。
「お先に失礼しまーす」
適当な返事に軽く頭を下げておく。
陽気な男の先輩なら、こんなことしなくてもいいのかもしれないけれど、今日のキッチンリーダーは怖い院生のお姉さまだ。

髪をほどいてヘアゴムは手首に付ける。汗とお酒とタバコの匂いが染み付いた、居酒屋の制服を隠すように大きめのパーカーのジッパーは、一番上まであげた。
お客さん用の駐車場の一番北側、フェンスの狭すぎる隙間をそっと通り抜ける。
裏の従業員用の駐車場は明かりがなくて、歩道の街灯がぼんやり照らしている。

「おつかれ。」
「うん、カケルもお疲れさま。」

自転車に跨がる彼はいつもの黒いウィンドブレーカー。夕方には止んだはずの雪が、今は粉雪になって黒の布地を滑っている。

「それじゃ寒くない?」
「んー、中は結構着込んでっから。」
「そう。ちゃんと更衣室あるバイトはいいね。」
「お前もこっちこれば?」
「でも、ここ、まかない美味しいし。」
「そっか。」
「うん。」

彼のバイト先に誘われるのは、軽口を含めて4回目だ。
二十二時二十一分。今日はいつもより長く過ごせる。

家とバイト先の距離は、どんなにゆっくり歩いても十分とかからない。通いやすさとまかないに釣られて選んだことを後悔するのは、裏の駐車場から彼と一緒に出るときだ。
こっそり横を盗み見れば、スマホのブルーライトが照らした彼の顔色は、やけに悪く見えた。
彼のバイト先は最寄りから一駅先のファミレス。自転車で通うには、身体が冷え切ってしまったのだろうと自分を納得させた。暖かいものでも買っていこう。待たせてしまったお詫びに、奢ってあげるのもいいかもしれない。
「十時三十分くらいか…。」
時間を呟く彼の声が、いつもより鮮明に聞こえた気がした。
「そうだね、お腹空いてる?」
「いや。」
コンビニに寄って、時間を潰そうとした私の思惑は砕かれた。

二つ先のコンビニの存在感に、明らかに負けている車の通りが随分減った交差点を渡れば、住宅街だ。二つ目の角を曲がると古ぼけた小さな公園がある。ブランコと屋根付きのベンチしかなくて雑草だらけの地面、高い時計の文字盤は黄色く変色していてよく見えない。それでも昼間に立ち寄れば、小学生たちがごっこ遊びでもしているのを知ってる。
広いスロープを登るときは、いつもわたしが一歩先を行く。踏まれて固くなった雪の上は、大丈夫なのかと後ろの車輪の音に耳をそばだてた。

「雪降ってるし、ベンチで良いか?」
「うん。」

初めての時はスカートだった私を気遣って、彼がハンカチを敷いてくれた。
ささくれた木のベンチのせいで棘だらけになったハンカチが申し訳なくて、次に来た時はコンビニの袋を敷いた。でも、いつもの夜の私たちは、時計の見えないブランコの手摺りに、腰をもたれ掛けさせるようになっていた。
二十二時二十九分。
久しぶりのベンチは趣味の悪い黄色に塗られていて、塗りたてじゃないことを指先で確かめて座ろうとすると、彼がすかさずハンカチを敷いてくれる。
でも、今日はバイト用のジーンズだから気にしなくて良いのに。

「まかない、なんだった?」
いつものお決まりの言葉を私は口にする。
そうすると彼は、
「明太ポテトとスパゲッティ」
ほら、やっぱり。
「いつまでそのメニューなんだろうね」
「ハッ…あの店長がいる限りだろ」
おっと、今日の彼はご機嫌斜めのようだ。
続いた言葉はやっぱり愚痴で、溜まっていたものを吐き出す彼に相槌を打つ。
まわりに雪がないからか、彼の声がいつもの響きに戻った気がした。
キャッチボール化された相槌を打ちながら、手摺りの時より近い距離に少しだけ緊張している、気がする。気のせい。

「ハルナがいれば良かったのにな」
「うん、私ならそんなダメ店長黙らせちゃうよ!」
少しわざとらしく明るく言えば、やっと彼が笑ってくれた。
きっと5回目のバイトのお誘い。
胸が軋むのはやっと慣れて来た"いつも"が今日は崩されているからだと思う。

「1月終わったら自由登校だ!」
「あぁ、そっちの学校は特別授業とかねーの?」
「もうないよ。そういうのは1月中かな」
「へぇー、羨ましい」
いつもは見えない時計が指す時刻は、二十二時四十四分。
そろそろ帰ろうと言われると思う。
この不安定な時間に関して"つぎ"を考えることはしないようにしている。
バイトのエプロンが入ったトートバックを肩にかけた。


「なぁ、俺たちヨリ戻さねぇ?」


聞こえなかったフリをするにはあまりに静かな雪の夜。
なんで、そんな会話の流れみたいに言うんだろう。

彼の視線がこちらを向いているのがわかる。トートの手持ちを握りしめた。

私がバイトを始めたのは、貴方と別れた寂しさを紛らわせることができるから、なんでもいいから必要とされる居場所が欲しかったから。
昼間にこの公園に来られないのは、学校帰りの2人の思い出がありすぎるから。
貴方が好きだと言ったショートヘアも随分伸びて結べる長さになるほどの時間が経っている。
ねぇ、カケル?私、変わったんだよ。

なのに、貴方はバイト帰りの私を見つけて、たまに迎えに来てこの公園に寄って行こうと言った。
忙しくて構えないから私をフッたんじゃないの?って気持ちに見ないフリをして、彼の近況を知れることを喜んでいた。喜ぼうとしていた。


「…どうして?」
憤りも悲しさも切なさも苦しさも、隠そうとした私の声は、ずっと平坦な響きになる。

「俺、やっぱりハルナのこと好きだから」

真剣な目でこちらを見つめてくる彼が、別れを告げた一年前の彼と重なる。

忙しいのはもういいの?と、聞けば納得できるのだろうか。
どこが好き?と、聞けばこの苦しさから解放されるのだろうか。
何故私を捨てたの?と、聞けば受け入れられるのだろうか。
変わろうと努力した私が認められたということだろうか。



「そっか。」

降り積もった雪は、響いた私の声の震えを、吸ってはくれなかった。
聞きたいことはたくさんあるのに、なにも聞きたくない。

「寒いし、今日は帰ろう。」
「なぁ、次のバイトはいつ?」

彼の表情から目を逸らして、見上げた時計が指しているのは二十二時四十六分。
雪の降る速度は速くなっている気がするのに、時間だけが遅い。
立ち上がる。貴方の顔を見たくない。

「…ごめん、まだシフト確定してないんだ。」
「そうか…。」
「わかったら、また連絡するから。…ハンカチありがとうね。」

趣味の悪い黄色が色移りしてなくてよかった、なんて思いながらハンカチを畳む。
洗って返すなら顔を合わせる約束になってしまう。でも、いま手渡すなら彼の表情が否が応でも目に入る。どうしようかと考えていれば、彼の立ち上がる音が聞こえた。

「本当に好きなんだ。」

触れられた腕に喜びがこみ上げると同時に、切なさが胸を刺す。
私は、もう一度彼女の立場に戻りたかったのかな?
ううん、きっと違う。
ただ、そばにいたかった。それだけで良かった。
もしかしたら、この関係の先を考えられないほど臆病になっていたのかもしれない。思い込むことが上手になってしまった。
もう一度彼女になって、また捨てられるのが怖い。

「また今度、答える、から」

振り払った手の体温が、侵食するように腕全体に拡がったのに、指先だけが冷えたまま。かじかんだことを言い訳に、強くなった力でハンカチを押し付け、踵を返す。

落とした目線の先の2人分の足跡は、降った雪に覆われて輪郭が曖昧になっていた。
こうやって2人の時間もぼやけてしまって、何に喜んだのか悲しんだのかわからなくなってしまうのだ。
後ろから雪を踏む音は聞こえない。
それに涙が滲む。別れを告げられたときみたいに鼻の奥が痛んだ。




しんしんと降り積もる気持ちに見ないフリをした。いつか溶けて無くなると思っていた。いつのまにか心を覆い、身体を覆い、息が出来なくなっていた。
夜の雪を溶かすのは朝日だけだと知っていたのに。


二十二時五十五分。
もう時計は見たくなかった。
クレジット
・台本(ゆるボイ!)
夜の四つ雪
https://twitter.com/yuru_voi

・台本制作者
水谷 翡翠
ライター情報
和物を書くことが好きです。
もともとはnanaで書いていましたが、他媒体でも読んでもらえるように一部をこちらに掲載いたします。主に90秒前後で読める台本や台詞が多いです。
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