公開日2025年07月04日 18:44
更新日2025年07月04日 18:44
文字数
2188文字(約 7分18秒)
推奨音声形式
指定なし
推奨演者性別
指定なし
演者人数
1 人
演者役柄
指定なし
視聴者役柄
指定なし
場所
指定なし
本編
そのレストランは、招かれざる客によって燃やされた。
王国辺境の名も無き集落にある木造建築の小さなレストランは、まるでフランベに掛けられたかのように煌々と輝く蒼炎に包まれ消えた。
コックが3人とウエイトレスが1人、大した儲けは無くとも楽しく働いていた。
集落に住む人々や旅の道中で立ち寄った風来坊たちにとって、そのレストランは憩いの場であった。
悪かったのは味か?────否。
ならば接客か?────否。
きっと、運が悪かったのだろう。
「魔王の娘たる私に斯様な……家畜の餌にも劣るものを食わせたわね」
招かれざる客とはすなわち、隣国────魔族が治める軍事国家の姫君リリカとその従者一行であった。
リリカは炎魔族と呼ばれる、火炎を操る力を持つ種族であった。
その身の上は、種族特有の髪先に灯る小さな火と深紅の両眼からすぐに分かった。
コック長のスペシャリテでもある“グレン豚とペチャイモのポタージュ”を提供したところ、どうも彼女の口に合わなかったらしい。
「大変申し訳ございません、お詫びにこちらの料理をどうぞ。お代は結構ですので」
……いや、悪かったのは俺だ。
俺の身勝手な行動がこの惨劇を生んだのだ。
いつも俺を扱き使うコック長の料理が貶されたのが少しだけ嬉しかった。
コック長の腰巾着である副コック長が慌てふためいていたのが滑稽で面白かった。
たった一人で接客をし、魔王の娘に怯え震えるウエイトレスにカッコつけたかった。
そして何より、俺自身の料理の腕を試したくなってしまったのだ。
「こちら、魔族のお客様に向けて特別にお作りした料理でございます」
「ただのスープに見えるけれど」
リリカは訝しんでいた。
それでも俺は自信満々に────ああ、そうだ。
俺は自信があった。
コック長では満足させられなかった客を、見習いコックの俺が喜ばせるのだと勇んでいた。
「ええ、しかしこちらの調味料を足すと……」
俺は懐から小瓶を取り出した。
中には、銀箔に済んだ“風塩”が詰まっている。
人にとってはただの塩と変わらないそれは、炎魔族の特異な舌に触れればたちまち旨味が広がるという、幻の調味料だ。
「完成でございます。どうぞ、お召し上がりください」
俺が促すと、まずはリリカの従者が匙でスープを掬い口に入れた。
どうも目つきの悪い、何をも否定してばかりの人生を送ってきたような嫌味な顔のそいつの表情が、パッときらめいた。
「リリカ様! これは、これは絶品にございます!」
その時の俺はきっと、口元が綻んでいただろう。
厨房を振り返り「それ見たことか」とコック長にドヤ顔を見せつけたことだけは覚えている。
続いてリリカがスープを口に入れた。
初めは疑い深かったその手つきも、2口、3口と続くにつれて、ペースが上がった。
そして瞬く間にスープを平らげたリリカは、その深紅の瞳を輝かせて言った。
「アンタ、私の専属料理人になりなさい!」
俺の心は弾んだ。
……が、それと同時に痛みもした。
俺がリリカの専属料理人になる。
それはすなわち、幼い頃から世話になったこのレストランを出て行くことを意味する。
コック長は乱暴な男だったが、それは父親の厳しさだ。
副コック長は嫌味な奴だったが、凹んだ俺にそっとデザートを作ってくれる兄貴分だった。
ウエイトレスはいつも俺に優しい笑顔を向けてくれた、俺の心の拠り所でもある妹のような存在だった。
そして俺の夢は……。
「申し訳ございません。俺はこのレストランが大切で、ここを出るなんてことは考えられないんです」
少し、誇らしかった。
俺の居場所はここなのだ、そう胸を張って言えるのが嬉しかった。
嗚呼、されど。
そんな自己満足、自己陶酔、全て捨て去るべきだった。
相手は何者だ?
軍事国家の王女である。
そんなヒトの誘いを断るとは如何なるものぞ。
「そう」
炎魔族には似つかわしくない、冷たい視線と声色だった。
「じゃあ、消してあげる」
そう言って、リリカが指を鳴らすと────。
「うわぁああああああああああああああ!!!」
「ぎゃあああああああああああああああ!!!」
「いっ、いやぁ……きゃあああああああああああああ!!!」
コック長、副コック長、ウエイトレスの身体が紅炎に包まれた。
「……は?」
俺はただ、その場に立ち尽くすことしかできなかった。
それが脅しだとすぐに理解できてしまったからだ。
瞬く間に炎はレストラン全体に燃え移った。
悠然と店外に出るリリカと従者を避けるように燃え広がる煉獄の炎。
「これでアンタを縛るモノは何も無いわ」
思い出の詰まった店内は黒い炭となった。
未だ感謝を伝えられていない仲間は床に跡を残してこの世から消え失せた。
俺のせいで。
「もう一度言うわ。アンタ、私の専属料理人になりなさいっ!」
そいつはまさしく、人類の敵であった。
罪を罪とも思わぬ可憐で純粋な笑顔を浮かべて俺に言い放った。
脳裏に蘇るこのレストランでの日々、“家族”との思い出。
喪われたその全てを胸に秘め、俺はリリカの誘いに答えた。
「承知しました。これから何卒、よろしくお願いいたします」
俺の夢はこのレストランを王国一の店にすることだった。
だが、その夢は今この時、この場所に置いて行く。
俺の胸に小さくも力強い、新たな火が灯った。
その灯火は俺の新たな夢だ。
────俺の料理で、リリカを殺す。
王国辺境の名も無き集落にある木造建築の小さなレストランは、まるでフランベに掛けられたかのように煌々と輝く蒼炎に包まれ消えた。
コックが3人とウエイトレスが1人、大した儲けは無くとも楽しく働いていた。
集落に住む人々や旅の道中で立ち寄った風来坊たちにとって、そのレストランは憩いの場であった。
悪かったのは味か?────否。
ならば接客か?────否。
きっと、運が悪かったのだろう。
「魔王の娘たる私に斯様な……家畜の餌にも劣るものを食わせたわね」
招かれざる客とはすなわち、隣国────魔族が治める軍事国家の姫君リリカとその従者一行であった。
リリカは炎魔族と呼ばれる、火炎を操る力を持つ種族であった。
その身の上は、種族特有の髪先に灯る小さな火と深紅の両眼からすぐに分かった。
コック長のスペシャリテでもある“グレン豚とペチャイモのポタージュ”を提供したところ、どうも彼女の口に合わなかったらしい。
「大変申し訳ございません、お詫びにこちらの料理をどうぞ。お代は結構ですので」
……いや、悪かったのは俺だ。
俺の身勝手な行動がこの惨劇を生んだのだ。
いつも俺を扱き使うコック長の料理が貶されたのが少しだけ嬉しかった。
コック長の腰巾着である副コック長が慌てふためいていたのが滑稽で面白かった。
たった一人で接客をし、魔王の娘に怯え震えるウエイトレスにカッコつけたかった。
そして何より、俺自身の料理の腕を試したくなってしまったのだ。
「こちら、魔族のお客様に向けて特別にお作りした料理でございます」
「ただのスープに見えるけれど」
リリカは訝しんでいた。
それでも俺は自信満々に────ああ、そうだ。
俺は自信があった。
コック長では満足させられなかった客を、見習いコックの俺が喜ばせるのだと勇んでいた。
「ええ、しかしこちらの調味料を足すと……」
俺は懐から小瓶を取り出した。
中には、銀箔に済んだ“風塩”が詰まっている。
人にとってはただの塩と変わらないそれは、炎魔族の特異な舌に触れればたちまち旨味が広がるという、幻の調味料だ。
「完成でございます。どうぞ、お召し上がりください」
俺が促すと、まずはリリカの従者が匙でスープを掬い口に入れた。
どうも目つきの悪い、何をも否定してばかりの人生を送ってきたような嫌味な顔のそいつの表情が、パッときらめいた。
「リリカ様! これは、これは絶品にございます!」
その時の俺はきっと、口元が綻んでいただろう。
厨房を振り返り「それ見たことか」とコック長にドヤ顔を見せつけたことだけは覚えている。
続いてリリカがスープを口に入れた。
初めは疑い深かったその手つきも、2口、3口と続くにつれて、ペースが上がった。
そして瞬く間にスープを平らげたリリカは、その深紅の瞳を輝かせて言った。
「アンタ、私の専属料理人になりなさい!」
俺の心は弾んだ。
……が、それと同時に痛みもした。
俺がリリカの専属料理人になる。
それはすなわち、幼い頃から世話になったこのレストランを出て行くことを意味する。
コック長は乱暴な男だったが、それは父親の厳しさだ。
副コック長は嫌味な奴だったが、凹んだ俺にそっとデザートを作ってくれる兄貴分だった。
ウエイトレスはいつも俺に優しい笑顔を向けてくれた、俺の心の拠り所でもある妹のような存在だった。
そして俺の夢は……。
「申し訳ございません。俺はこのレストランが大切で、ここを出るなんてことは考えられないんです」
少し、誇らしかった。
俺の居場所はここなのだ、そう胸を張って言えるのが嬉しかった。
嗚呼、されど。
そんな自己満足、自己陶酔、全て捨て去るべきだった。
相手は何者だ?
軍事国家の王女である。
そんなヒトの誘いを断るとは如何なるものぞ。
「そう」
炎魔族には似つかわしくない、冷たい視線と声色だった。
「じゃあ、消してあげる」
そう言って、リリカが指を鳴らすと────。
「うわぁああああああああああああああ!!!」
「ぎゃあああああああああああああああ!!!」
「いっ、いやぁ……きゃあああああああああああああ!!!」
コック長、副コック長、ウエイトレスの身体が紅炎に包まれた。
「……は?」
俺はただ、その場に立ち尽くすことしかできなかった。
それが脅しだとすぐに理解できてしまったからだ。
瞬く間に炎はレストラン全体に燃え移った。
悠然と店外に出るリリカと従者を避けるように燃え広がる煉獄の炎。
「これでアンタを縛るモノは何も無いわ」
思い出の詰まった店内は黒い炭となった。
未だ感謝を伝えられていない仲間は床に跡を残してこの世から消え失せた。
俺のせいで。
「もう一度言うわ。アンタ、私の専属料理人になりなさいっ!」
そいつはまさしく、人類の敵であった。
罪を罪とも思わぬ可憐で純粋な笑顔を浮かべて俺に言い放った。
脳裏に蘇るこのレストランでの日々、“家族”との思い出。
喪われたその全てを胸に秘め、俺はリリカの誘いに答えた。
「承知しました。これから何卒、よろしくお願いいたします」
俺の夢はこのレストランを王国一の店にすることだった。
だが、その夢は今この時、この場所に置いて行く。
俺の胸に小さくも力強い、新たな火が灯った。
その灯火は俺の新たな夢だ。
────俺の料理で、リリカを殺す。
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