幼馴染でありアイドルでもある彼女は、ある日記者会見を開く。
中継で見ていたあなたが聞いたのは、彼女とあなたが結婚するという話だった。

「本日は、私事で開きました会見に、皆様大変お忙しい中お越しいただき、ありがとうございます。

私は、かねてよりお付き合いしていた幼馴染の一般男性と入籍することを報告させていただきます。

また、それに伴いまして、5年という短い間ですがお世話になりました芸能界を、本日をもって引退することを決めました。

私を芸能界にスカウトしてくださった方、全国的アイドルへと成長するにあたってお世話になった事務所の社長をはじめとした多くの方々、同じアイドルとして可愛がってくれた先輩方、そして、応援してくださった全国のファンの皆様。

その誰もが、私にアイドルとしての更なる成長を期待してくださっていたとは思います。
ですが、これからは彼のためのアイドル、つまり、妻として第二の人生を歩むことにしました。

突然の報告になってしまったことをお詫び申し上げるとともに、これまで私の芸能界生活を応援し、助けて頂いた多くの方々に感謝を申し上げます。

それでは、何か記者の皆様からご質問があれば答えたいと思います。

はい、彼の好きなところですね。
素直に言ってしまえば……すべて、になるんですけど、特に挙げると、気配りができるところ、ですね。

先日、彼の家に向かう約束をして会いに行ったんですけども、途中で急な豪雨に巻き込まれて、びしょ濡れで彼の家に着いたんです。
ドアを開けるとそこに彼がいて、その片手にタオルを持っていたんです。
びしょ濡れの私をすぐさまタオルで拭いてくれて、結局、服も濡れててシャワーを借りたんですけど、そのあと彼の部屋に向かうと、温かいコーヒーを淹れて待っていてくれたんです。
そのとき私は、彼と過ごしてしまったら幸せから逃れられないんだなって、確信しました。

最初にあくまでもすべてが好きだと述べましたし、彼の好きなところを片っ端から話してしまうと長くなるので、以上にさせて頂きます。では、次の質問をどうぞ。

プ、プロポーズですか、プロポーズはですね……実は、それらしい言葉を言ったり言われたりというのがないんです。
将来の話をしたときに、結婚する前提で話が進んでいたことに気付いて、お互いに婚姻届出さないとなって思ったっていうのが決め手になったので、私たちはかなり特殊ですね。

話の内容ですか？　どんな話をしたかと言いますと、まず子供は欲しいよねと。そこで私がいっぱい作りたいと言ってしまって、彼を引かせてしまったんですけど。

それに、お互いの仕事の話もして、あと、老後のことなんかも話しましたね。
その時に彼を看取る想像をして、その中で私、彼の手を取って、“ずっと愛してるよ”みたいなことを言ったんです。
私はそこで、結婚して一生を共にするとそんな日も来るんだな、と感じて、その中に“結婚”の二文字があることに気付いたんですよね。
彼はどのタイミングで気付いたかはわからないんですけど、急に私のこと意識し始めて、あたふたしていたので、聞いてみたら彼もやっぱり結婚のことを考えていたようです。

（嬉し泣き）

……ああ、すみません。
結婚するんだと考えると、思わず涙が……

すみません、次の質問お願いします。

……似ている芸能人ですか？
……いるわけないじゃないですか。私の彼を芸能人なんかと一緒にしないでください。
あんなにかっこよくて可愛くて必死で素直で健気で温厚で謙虚で大胆で私思いな唯一無二の彼は芸能人なんかじゃ比べ物にならないんですから！

……すみません。取り乱してしまいました。そうですね、似顔絵ならお見せします。
下手な絵ですけど、彼の格好良さがわかるように描いたつもりです。

撮らないでくださいよ、こんな恥ずかしい絵をニュース記事に載せられたら困ります。
こんなの撮ってないで早く次の質問をしてください。
ただ、お時間ですから次で最後の質問にします。

はい、彼への一言、ですね。

死ぬまであなたから離れるつもりはないからね、ちゅっ。

人前で何言っちゃってんだろ私……。でも、これ中継されてますよね？
それなら彼も見ているはずだからいいか。

それでは、会見は以上とさせて頂きます。
私は一人の妻として、それでいて彼にとって最高の人であり続けたいと思います。
もう、アイドルとして公の場に出ることはありませんが、皆様、温かく見守っていただけると幸いです。
今まで本当にありがとうございました！」



「はぁ……これでやっと結ばれるんだね……！」
（携帯電話・コール音）
「おっ、彼から電話だ。

もしもし？　私だよ。あ、さっきの会見見た？
というか、昨日大事な会見するからって言ったし、ネットなら中継してたと思うから見てたと思うんだけど。

うん。とうとう言っちゃった！　私とあなたが結婚するって！
でも、記者さんたち驚いてたなー。まさか私が結婚するだなんて思ってなかったみたいだね。

まっ、それもそっか。だって、私たちのツーショットはどこの週刊誌にも撮られてなかったし、よく、好きな人いないの？　とかって聞かれたから、彼氏がいる噂さえも一切なかったんだろうね。

でも、その質問に正直に答えていたら瞬く間に大スクープだっただろうね。

え、なんで言わなかったのかって？　そんなの、私とあなたの二人きりの時間を記者なんかに邪魔されたくなかったからに決まってるじゃない。
もっとも、二人きりの時は決まって君の家だけどね。
家の中まで入り込んでくるなんて、流石に犯罪だもん。そこまではしないか。

でも、よかった。私、現役のうちにあなたとあんなことしていたってバレたら、スキャンダルでアイドル人生どころか人生そのものが終わっちゃうところだったからね。
足枷になっていたアイドル活動も今日でおしまい。これで堂々と愛し合えるね！
それに、私たちは夫婦になるんだから、私の少ない休みの日にしていたことも、いーっぱい、出来るからね！

……ねぇ。大丈夫？　電話越しだからちゃんとはわからないけど、具合、悪いの？
今からあなたの家行くつもりだったから、途中で風邪薬買ってから行くね！

……えっ？　来るな？　今、来るなって……言った？
は？　……意味が分からない。なんで私があなたの家に行っちゃいけないの？
ねぇ、私は妻だよ！？　妻がなんであなたの家に行っちゃいけないのっ！？

妻じゃ、ない……？　あなた、私の会見見たんだよね？
私は日本全国に向けて言ったのよ？
“かねてよりお付き合いしていた幼馴染の一般男性と入籍します”って。それが誰のことを言っているか、わからないわけないわよね？
ええ。私の幼馴染で今もずっと関係が続いてるのはあなたしかいないもの。
きっと、小中学校の同級生だって、あなたのことだってわかるわ。

それに、ネットの反応がどうなってるかわかる？
SNSは私の結婚と引退の話でいっぱいみたい。
ショック、だなんて言われても、元々私はあなたと結婚するつもりだったからどうでもいいけど、それでも夫婦生活の幸せを願ってくれる人が大半なの。
ファンだった人は少なくないし、自分で言うと自慢みたいだけど、今日まで群雄割拠のアイドル界の覇権を数年にわたって手にしていた私よ？

あなたが私を妻じゃないって否定するのは自由だけど、私がもう一度公の場に立って、“愛する彼に裏切られた”なんて言ったらどうなっちゃうんだろうね？
私があなたの情報を明かさなくても、ファンは黙ってはくれないだろうから、私を裏切った奴はこいつだ！　こいつを絶対許すな！　って、あなたを特定して恐ろしいことになると思うんだけれど……？

うん。わかってくれればいいの。私だってあなたを辛い目に遭わせたいだなんて思ってないんだから。むしろ、素直になってくれれば、あなたを幸せで満たしてあげるんだから。

えへへ、私をアイドルにスカウトしてくれた人に感謝しないといけないなぁ。
アイドルとしての仕事が急に増えたとき、生活が仕事でいっぱいいっぱいになって、あなたと一年近く会ってなかったの覚えてる？
それで辛くなって、でもアイドルとしてそんな姿は見せられない。
だから、表では私を見てくれる人のために、精一杯の偶像を演じて、帰ってからベッドの上でずっと泣いてた。毎日、あなたの写真を見ながら。

人って、失って初めて大切なものの大切さに気付くって言うでしょ？
私にとって、それがあなただったの。

あなただって、私が遠い存在になった途端に他の女に切り替えそうになったもんね。
もしあの貴重な休みの日にあなたに会いに行ってなかったらって思うと、今でもゾッとするわ。大切なものは無くさないように、ずっと監視しておかないといけないって気付かされたもんね。

そう。だから私はどんな手を使ってでもあなたを手に入れることにしたの。
もちろん、今日の会見もその手段の一つ。これで、あなたの後ろには世間という壁ができて、ついに逃げられなくなった。

ねえ、あとは婚姻届を出すだけだね。
私はもう、自分の書くところは書いたんだ。
あなたの家に行くから、残りを書いて、一緒に出しに行こ？

もしかして、今、逃げようとか思ってる？　そんなことしても、無駄だよ？
私にはファンという味方がいるんだから、人を探させることだって可能だし、あなたの逃げる場所、私には見当つくんだから。

逃げたら、お仕置きしないとね？
何するの？　って、私しか見えないように、調教したり？　薬漬けにしたり？
怖がらないの。あなたが逃げなければ普通の新婚生活で愛を育むだけなんだから。
あなたは、どっちがいい？

じゃあ、大人しく待っててね？」
（電話・切）

・台本（ゆるボイ！）
ヤンデレアイドルの一方的結婚会見
https://twitter.com/yuru_voi

・台本制作者
夜木嵩