あら、君…今日も来てくれてたのね。夫の墓参りに。

僕の大切な師匠でもあるからって…

そうね。あの人いつも厳しいけど、あれでも君のことはかなり評価していたのよ？

あの人の修行に最後までついてこれたのは、君くらいなものね。

えぇ。とても立派になったと思うわ。

君も今や、うちの娘たちをも超える最強の剣士となったんだもの。

ふふふ…そんな謙遜しなくていいのに。

謙虚なのは昔も今も変わらないのね。

え？……わたしは大丈夫。

完全に夫の死を乗り越えられたわけじゃないけど…

いつまでもウジウジしていられないもの。

それこそ、あの人から怒られちゃうわ。

君にも色々迷惑をかけたわね。

みっともない姿まで見せてごめんなさい。

ふふ…ありがとう。

どれだけ強くなっても、その優しさは捨てないでね。

あの人は…それができなかった。

だからこそ、鬼だなんて呼ばれていたんだけど。

ふふ、ごめんなさい。昔話ばっかりしちゃって。

天気も悪くなってきそうだし、そろそろ帰りましょうか。

帰って温かいお茶でも飲みましょう。



ん…あれ、ここは…

そうだ…わたし、帰り際に山賊に襲われてここに監禁されて…

ふふっ…昔なら山賊が何人いようと、引けは取らなかったのに…

剣すらまともに握れないこの腕が憎らしいわ…切り落としたいぐらいに…

わたしも年貢の納め時かしら…

山賊たちにいいように弄ばれて…最後はきっと惨めに死ぬのね。

娘たちは…もう大丈夫ね。

みんな、里を離れてそれぞれ立派に剣士としてやっているもの。

彼には…少し寂しい思いをさせちゃうかもしれないけど…

彼なら里のみんなを守ってくれる…

わたしが知る限り、最強で最高の剣士だもの。

あぁ…もうすぐあの人に会いに行ける…

ふふ…向こうで会ったら、まずなんて言おうかしら…

……それは生きて師匠の墓の前で言ってくださいって…

…君。なんでここに…

奴らの跡を必死に追ったって…

けどもういいの。

わたしも十分生きたし…娘や君の成長も見届けられた。

もう思い残すことはないわ。

わたしを見捨てて早くここから逃げなさい。

連中、もうすぐ戻ってくると思うわ。

あの数相手じゃ、いくら君でも厳しい。

ましてやわたしを守りながら、戦うのは不可能よ。

わたし、君のお荷物にはなりたくないの。だから……

え…それはダメ！

わたしが死ぬなら自分も死ぬだなんて…！

君はまだ若いし、これからがあるでしょ！

君には剣士として里を守る義務があるの！

わたしなんかのために命を捨てちゃダメ！

…ッッ！わたしも里の人間…そうだけど、でも！

…！連中が帰ってきた…！

早く逃げなさい！今ならまだ間に合うから！

本気で戦うつもり…？やめて…！

夫に続いて、君まで失うのは耐えられない…！

絶対に勝つから大丈夫ですって…

…強情な子。そういうところはあの人に似たのかもね…

いいえ、もはやあの人そのもの…

分かったわ。わたしの命、君に預けるわね…

君ならもしかしたら…わたしの大切な人に…

いいえ、なんでもないわ。

存分に暴れてらっしゃい…あなた。



気がついた？大丈夫？

あぁ、すぐ動いちゃダメよ。

それなりに傷は深いんだから。

ふふ、そんなに畏まらなくていいじゃない、あなた。

ん？どうかした？

え？そうよ。何言ってるの？

あなたはあなた。わたしの夫じゃない。

大丈夫？さっきの戦いで頭打ったりとかしてない？

な、何言ってるの…？

あなたはちゃんとここで生きてるじゃない…

まるで自分が他人であるかのような言い方はやめて。

師匠は死んだんですって……やめて！！！

その師匠って何⁉︎

なんで自分のことをそんなふうに言うの⁉︎

死んだなんて縁起でもないこと言わないで！

いくら冗談でも限度があるわよ！いい加減にして！

あ……ご、ごめんなさい…急に怒鳴ったりして…

けどあなたも悪いのよ？

突然、変なこと言い出すから…

あ、そうだ。

そういえば長いことあなたのお耳を掃除してなかった気がするわ。

ちょっと見せてね……

やっぱり。耳垢、結構溜まってるわよ。

膝枕しながら、耳かきしてあげるわ。

頭を乗っけて…っと。

(耳かき)

あなたったら、相変わらず耳の汚れには無頓着なんだから…

まぁ自分では分からないから、仕方ないかもしれないけど。

…どうしてそんな悲しそうな顔するの？

今日のあなた、なんだか変よ。

急に変なこと言い出すし、今は泣きそうな顔してるし…

悩みごとがあるなら、遠慮なく言ってちょうだいね？

わたしたち、夫婦でしょ？

嬉しいことも悲しいことも、全部分かち合うって誓ったじゃない。

あなた一人でつらいことを背負う必要はないの。

だから…ね？何かあったらわたしを頼っていいのよ？

もう剣は振るえないけど…

私のできる範囲であなたの助けにはなるから。

さ、反対の耳やるから、ゴローンして。

(耳かき)

こっちもかなり汚れてるわね。

きちんと耳垢、取ってあげないと…

ど、どうしたの⁉︎

やっぱり何か悲しいことがあったんでしょ⁉︎

大丈夫、大丈夫だから…

あなたにはわたしがついてる。

あなたのつらさも悲しみも全部、受け止めてあげるから…！

泣きたいだけ泣いて…

つらいときは涙を流し切るのが一番よ。



落ち着いた？……そう、よかった。

耳かき、これで終わるわね。

汚れも全部取れたし。

ん？何か言った？

なんでもない？そう…ならいいけど。

あなた。今日は助けに来てくれてありがとう。

昔と同じね。

あのときもわたしがヘマをこいて、あなたを危険な目に遭わせちゃったけど…

決めたわ。わたし、片手でも剣をふるえるようにする。

自分の身くらい自分で守れないと、またあなたを危険な目に遭わせちゃうものね。

ありがとう、あなた……大好き。

(キス)

これからもずっと、ずーっと一緒よ…うふふっ♪

・台本（ゆるボイ！）
未亡人となった剣士三姉妹の母親がもしも夫の死を受け入れきれなかったら
https://twitter.com/yuru_voi

・台本制作者
松平蒼太郎