一人暮らしのため借りた部屋には、幽霊が住み着いていた。はっきりと知覚できるものの、特別害を与えてはこないので放置していた。だが、ある夜の苦しそうな泣き声がどうも気になり、声をかけてしまう。幽霊は喜び、普通に生きている人のように話しかけてきたが……。

(夜、布団を被って寝返りを打っている)

……けて……助けて……

(恐怖心を煽るすすり泣きが聞こえてくる)

辛いよ……寂しいよ……苦しいよ……
……助けてよぉおおぉお……！

(起き上がって電気を点ける)

へ……？
もしかしてあなた、私を見てるの？
！　声も通じてる。会話、会話ができてる
……っ。嬉しい……初めて、私を認識してくれた
そう、幽霊。こんななりで物にも触れるけど、とっくに死んでいるの
はぁ……人と話せるのがこんなに幸せだったなんて。あなたに霊感があって嬉しい
入居してきた人達は、みんな私をしっかり感じられなくって
寒気がするとか、何かいる気がするって引っ越してったのはまだ良い方で、たまに私の声が聞こえちゃった人は、もう一週間足らずで飛び出していっちゃった
私だって寂しいのに……新しく来た人と、ちょっと交流くらいできたらって思ってるのに……
でもあなたは違った。見えて話せて、驚きも、怖がりもしない。ちょっと変なくらい
もしかして、あなたも人生に嫌気が差した？
奇遇ね。私もそうだったの
私は卑屈でネガティブな自分に嫌気が差して、この部屋で首を吊ったの
まぁ、社会への恨みもないわけではないけど……それでも、どこにこの気持ちを向ければいいのか分からなくて、気付けば部屋に縛られてたの。自縛霊ってやつね
不便でずっと動きたかったんだけど、あなたが気づいて傍にいてくれるなら、もうそれで充分だわ
あなたは、私だけを見ていてね
ようやく私の孤独を埋めてくれる人に出会えたんだから、どこにも逃がしたくない
それに、私もあなたに尽くすことができるわ
どこにも行かないで、あなただけを考えてあげられる。疲れて帰ってきたあなたを、毎日癒してあげられる
だから早速、今日から添い寝してあげるね
……何してるの？　ただでさえあなたの眠りを邪魔しちゃったんだから、早く寝ないと
まぁ、隣でもっと邪魔になっちゃうかもだけど

(布団に潜り込む)

あぁ、温もりを感じる。これが、生きた人の温もり……
あったかい……
フフ。幽霊が人に、物理的にあっためられるなんてね
でもとても愛しくなってくる
愛しくて、恋しくて、私だけのものにしたくなる
はぁ。触れられるって素晴らしい
今、私はあなたの腕を掴んでいるのよ。分かる？　感じる？
この力加減も、この服の微かな衣擦れも、全てあなたに伝わっている
あぁあぁあ……そう思うだけでゾクゾクする。嬉しい、嬉しい、嬉しいっ！
それだけじゃない
……こうやって耳元で囁けば、距離感までもあなたに刻まれるのね
私の存在を、あなたが許してくれる
空っぽなはずだったのに、あなたが傍にいるだけで、私はこんなにも満たされる
死者が生者に引き付けられるって、こういうことだったのね
心の底からあなたを求めてる
……好き。欲しい、あなたが、私を見てくれるあなたが、全部欲しい
寂しかったわよね、お互い。あなたも辛かったのよね？
でもそれも、私達は埋め合える。傍にいれば、ずっと傍にいれば
……いえ、もう、一つになりましょう？
永遠に別れることのないよう、私があなたに取り憑いて、中に入り込んで、あなたを満たして、私も満たされて……ウフフフフ
寒くなってきた？　気のせいよ。だって、私はこんなにも熱くなってるんだから
いいわね、死んでも人を好きになれるなんて。死んでこそ好きになれたのかな？
命なんてなくてもいいって思える。ね？　そうでしょ？
あら、どうしたの？　そんなにガタガタ震えて
仕方ないわね。震え、止めてあげるわ
私があなたを包んで、ぎゅうっとして

震えも、呼吸も、鼓動も止まって……フフッ、私と一緒になる

大丈夫。静かになるのは一瞬だから
その後は……


ずっと、一緒だよ？

・台本（ゆるボイ！）
【フリー台本】部屋にいた地縛霊がヤンデレ化して添い寝してきたが……【男性向け】
https://twitter.com/yuru_voi

・台本制作者
小太刀 虚夜