人喰いの化け物を殺すのは、ごくありふれた、人の恋。

ふーん。
約束通り、来たんだ。

ううん。
ちょっと驚いただけ。
アタシがどんな存在か知って、それでも会いに来るなんて。
ぼんやりしてるな、とは思ってたけど、
そこまでバカとは思ってなかったから。

ほら、怖いんでしょ？
（翼のはばたき）
……無理しなくていいのに。
当然の反応だと思うし。
アタシが人間だったら？怖がると思うし？
（はばたき）

怖がられるのは、慣れてるし。
怖くないの？全然？

はぁ……変なの。変過ぎでしょ。やっぱりアンタって変。
出会った時もそう。
いきなり、「一目惚れです！付き合ってください！」だなんてさ。
そういうの、暇つぶしに読んだ人間の創作物で見たことあるセリフだったけど…
本当に口に出すヤツなんて、初めて見た。

こっちはアンタを、次の獲物くらいにしか見てなかったのにね。

……どうしてそんなに真っ直ぐ見つめてられるかな。
アンタを殺そうとしてたって話、してるんだよ？
いい加減理解したら？種族が違うって事。

……まぁいっか。
これだけじゃ分かんないもんね。
アンタって頭の回転早い方じゃないし。

一つずつ教えてあげる。
アタシたちがどういう生き物なのか。

一緒に見たあの映画に出てくる……そう、吸血鬼。
あれが一番近いかもね。
でも、あんなに強い生き物でもないし、あんなに弱い生き物でもない。

映画で見たような力もなければ、
日光とか十字架とか、あんな、あからさまな弱点もない。

あるのは、翼と、爪と、この牙と。
血を吸いたいって衝動と。
吸った相手が人じゃなくなるって事だけ。

どう？アタシがアンタと一緒に居た理由、分かった？
分かんない？普通、分かるでしょ。

だからさぁ、いちいち言わせないでよ。
これから食べようと思ってたモノが……
自分を好きだとか、一目惚れだとか言ってくるんだよ？
わっらえるよねぇ！？そう思わない！？
こんな事滅多にないもん！
ちょっとからかってみようかなって、気まぐれにそう思っただけ！！！
映画館とか色んなとこお出かけしたり、お家で一緒に遊んだくらいで舞い上がる姿……ホント滑稽だったよ。
あはは……！

あー。そろそろ限界。血、足りない。
ほらほら、逃げるなら今だよ。……人間。
楽しませてくれたお礼。今日は見逃してあげる。
ふふっ。
こう考えるとアンタのあの変な言動も行動も、正解だったのかもね？
今ここで、一つ限りの命を拾えるんだから。
さかしいね！人間！

あははははは。
あはははは。
あはは。
………はぁ。

ねえ。いつまでそこにいるつもり？
逃げなよ。逃げろって言ったよね？
聞こえなかった！？

なんで、なんで逃げないわけ……。
逃げてよ。
消えて。アタシの目の前から消えてよ。

お願い、お願いだから。
もうそんな目で……。
今までと同じ目でアタシを見るのはやめて。

分かったでしょ？一緒に居られるワケないの！
アンタとアタシは！違う生き物なの。
分かってよ…！！アタシは…！！人間じゃ、ないの！！！

「それでも」じゃない！！

嫌な思い出になって、ちゃんと忘れられるように、頑張って芝居までうったんだよ？
なのに、ちゃんと嫌ってくんないと、ちゃんと消えらんないじゃない……。

だめ。こないで。お願い。
血が足りないのは本当なんだから。

俺の血を吸えばいい？

……さっきの話。聞いてなかった？
アタシたちが血を吸った相手は、人じゃなくなるの。

アンタの家で、NetPrimeで見た…そう、あの映画のあれ…ゾンビみたいに。
他の人間を襲うようになる。そういう呪い。
アタシにアンタを、あんな風にしろって言うの？

分かったでしょ。
だから、アンタの血は吸えない。

それに。
……もう、誰の血も吸いたくないって思っちゃった。

何でって……。
もういっか。どうせさっきの
「演技」ってバラしちゃったんだし。正直に全部、言う事にする。

アタシ、本当はさ～……アンタと過ごして、楽しかったんだ。
映画とか、ちゃんと見る機会、今までなかったし、
ホットドッグとかポップコーンなんて本来不要なもの、
食べた事もなかったし、あんな味がするなんて知らなかった。

花も、木も、海も空も…
綺麗だなんて知らなかったし。
ね。あの展望台から見た街の明かりも。
本当に、本当に綺麗だったよね。
人間の料理とか真似してみたりして。
上手くできなかったけど、楽しかった。

ずっとずっと、この世界で生きてきたのに。
アタシ、全然何にも知らなかった。
誰かと一緒に居る事なんて、なかったから。
何でもない事が、こんなに楽しくて、
何でもないこの世界が、こんなに鮮やかで、眩しいだなんて、知らなかった。

数え切れない程の年月を独りで生きても、手に入れられなかった気持ち。
当たり前を、当たり前に思える心。
楽しいとか、綺麗とか、そう感じる心も全部。
アンタがくれた。
アンタが教えてくれた。

だから、だからこそ。

……アタシたちみたいな生き物は、この世界に生きてちゃいけないの。

だって、アタシ、喰い殺してきたんだよ。
生きたかった筈の人たち。
アタシがアンタを大切に思うように……
誰かの、大切だったかもしれない人たち。

アタシが生きようとする以上、
これからもそれが続いちゃうんだよ。

そんなの嫌。絶対に嫌。

もう誰からも何も奪えないよ。
……奪いたくない。

それに、もう、本当に限界ってくらいに、耐えてんの。
だから、それこそ次に衝動が襲ってくれば見境なく……殺すと思う。
それこそ、恐らくは近くにいるだろうアンタを。
そんなの、絶対無理だから。

ねぇ。分かってよ。
殺されていい訳ないでしょ。
殺させないで。お願い。

好きな人を……殺したくない。

……あーあ。言っちゃった。
言わないつもりだったのに。

一目惚れとか言う変なヤツに、
こっちも惚れちゃうなんて。
こんなはずじゃなかったのに。
ホント、ちょっと遊んで終わりのつもりだったのに。
こんな事言ったら、余計辛くなるって分かってたのに。

バカだ。アタシ。ほんとバカ。
アンタも。ほんとバカ。
まだ逃げないし。危ないよ？ホントに。
まだ近づいてるし、ねぇ。実はアンタ、アタシの話全然聞いてなかった？

コラ！いい加減に……！って。
何、その箱。

え？
何、何なの。
え……ゆび、わ……。

なんで？……くれるの？

（息をのむ）

……嬉しい。すごく嬉しい。
でも、だからこそ、そんなの、受け取れない。

分かってないの？
もう会えないんだよ？
だからソレは、アンタがこれから出会う大切な人に渡すべ、き……。

"仮にこれから出来る大切な人に渡すにしても、サイズが違う可能性がある？"
"そもそも他人を思って買ったプレゼントを他人に渡すのは失礼？"

……正論。
返す言葉もないや。

…………分かりました。
受け取らせて頂きます。

……付けて？
どこにって……付けたい指に付ければ？


ふふっ……ねえ。
ちょっとくすぐったい。
わざとやってない？違う？
危機感ないみたいだけど、一応、耐えてるんだからね！

……ありがと。
うん。綺麗。涙が出そうなくらい。

……いつ指のサイズ測ってたの？
初日！？早過ぎでしょ……。
好きだって言われたらすぐ渡せるように？
ホント…バカすぎ！

ふふ。
でも、おかげで……ホントに満足しちゃった。

アタシなんかには勿体ないくらいの宝物。
沢山もらっちゃったもん。
アタシは何にもあげられないのに……ごめんね。

アタシの血族にね。こういう言い伝えがあるんだ。
「人間と深く親交結ぶことなかれ。破れば破滅するだろう」って。
そんな訳あるかって思ってたけど。
今は、本当だったんだろうなって思う。
でもね。これでよかったんだ。

アタシを破滅させるのが、アンタでよかった。
だって…最期の時まで、ずっとアンタを想えるから。

そんな顔しないでよ。
悲しいけど、悲しいだけじゃない。
ホントに、ホントに幸せだって思ってる。
アタシみたいな罪深い命が、願っていいのか、分かんないけど。
ほら、アンタが好きだって言ってたあの曲の歌詞みたいに……。
生まれ変わったら、またアンタに会いたい。
そう本気で願っちゃうくらい、アンタが好き。
叶わなくても……願うくらいなら、いいよね？

ふふ。そろそろホントに限界。
行かなきゃ。ここから離れた何処かに。

（窓とか開いて風の吹き込む音とかして）

じゃあ、ばいばい。
できたら、アタシの事……忘れてね。
こら～……忘れないと、辛いよ？

ふ～ん。
忘れないんだ。そっか。

アタシも、忘れない。

忘れられるわけないもん。
喜んじゃダメだけど…やっぱ嬉しいや。

そうだね。
だから、うん。
ばいばいじゃなくって……
またね。

大好きだよ。

・台本（ゆるボイ！）
吸血鬼バレした彼女は、もうキミとは会いたくないみたいです。
https://twitter.com/yuru_voi

・台本制作者
かよ！