- ヤンデレ
- 囚人
- 女囚人
- 記者
- ゼロフィリア
公開日2021年06月05日 18:00
更新日2021年08月25日 02:26
文字数
4973文字(約 16分35秒)
推奨音声形式
指定なし
推奨演者性別
女性演者向け
演者人数
1 人
演者役柄
女囚人
視聴者役柄
女囚人との面会を希望した若い記者
場所
現代
あらすじ
駆け出しの記者として活動する貴方(聞き手)は、姉から、一人の女囚人(演じ手)と、彼女にまつわる殺人事件を調べて欲しいと依頼された。
当初は、当時の報道通り、ただの痴情の縺れではないかと思い込んでいた貴方だったが、取材を進める内に、別の真相が浮かび上がってくる。
そこで、貴方は、自分の推論が正しいのか問うべく、女囚人との面会を希望するのであったーーー。
当初は、当時の報道通り、ただの痴情の縺れではないかと思い込んでいた貴方だったが、取材を進める内に、別の真相が浮かび上がってくる。
そこで、貴方は、自分の推論が正しいのか問うべく、女囚人との面会を希望するのであったーーー。
本編
SE:面会室のドアの開閉音
初めまして...かしら。
間違ってたら、ごめんなさい。
記者の方とはこれまで何度か面会したことはあるけど、貴方とは面識がなかったような気がするのよ。
...あら、そう。
やっぱり、貴方も初対面だったのね。
それで、今日はどういう用件で来たの?
取材とは聞いているけど、私が話すことは全て話したはずよ。
私が服役するきっかけとなった、5年前の事件については...。
...あの事件の真相?
真相といわれても、反応に困るわね...。
さっきも言った通り、あの一件については、洗いざらい証言したのよ。
5年前のある日、私は、当時交際していた男性に一方的に別れを告げられた挙げ句、別の女性と付き合うと宣言されたわ。
それが原因で憎悪を募らせた私は、翌日、その女性を伴って歩いていた彼を、白昼で人通りも多い道のど真ん中で、刺殺したの。
そして、警察が駆けつけるまでの間、群衆の中心で、狂ったように笑いながら、死体に何度も刃物を突き立てた。
これが、事件のあらましね。
別に、取り立てて疑うべき点もないはずよ。
痴情のもつれが動機となり、強い殺意で犯行に及んだ。
ただ、それだけのことよ。
...事件に至るまでの過程?
それも、参考人の証言や週刊誌の取材で明らかになってるはずよ。
彼と交際していた間、私は彼に対して、異常なまでに執着し、束縛していたわ。
彼が他の女性と接する機会を阻害するだけでなく、GPSで行動を監視する、盗聴器で会話を盗み聞きするなど、ありとあらゆる手段で、彼を縛り続けたの。
しかも、時には、それがエスカレートして、監禁未遂まで引き起こしたこともあったわ。
これらの真実が明るみになった時、それまで私に同情していた一部の人達も含め、世論は私に対する批判や非難に染め上がった。
そして、それが影響を及ぼす形で、懲役10年以上の実刑判決が言い渡され、私が控訴しなかったことで判決が確定したわ。
これに関しては、記者である貴方も既に調べ上げてるはずだけど、何か気になることでもあるの?
...へぇ。
まさか、それを知っていたなんて、思わなかったわ...。
でも、あの現場に居合わせていなかった貴方が、なぜそんな情報を持っているのかしら?
...あらあら、ふふっ...。
貴方、あの時、彼に付き添っていた女性の弟さんだったのね。
ようやく、合点がいったわ。
だから、今ごろになって、取材に訪れたというわけね。
貴方のお姉さんの頼みで、この事件の裏側を探った結果、真実の一端を垣間見たという理由で...。
そういうことなら、私も、その努力と熱意に応えなければならないわね...。
なぜ、私が、彼を執拗に束縛したがったのか...。
どうして、破局してしまったのか...。
そして、何ゆえに、彼は死の間際に、笑みを浮かべていたのか...。
今、全てを告白してあげるわ...。
(しばらく間を空ける)
まずは、彼との馴れ初めからね...。
あれはもう、8年前のことよ...。
私は当時、大手広告代理店の新入社員として、日々仕事に追われる立場だったわ。
あの頃は、仕事をこなすことで精一杯で、恋愛なんて考える暇もなかったわね。
だけど、それでも素敵な人に出会えないかと、同僚の女性社員と仲良く盛り上がってたわ。
そんな時、一人の男子大卒生が、私が勤めていた会社に入社してきたの。
それが、彼だったわ。
彼は1年目から頭角を現し、瞬く間に周囲の信頼を勝ち取った。
そして、2年目になると、私が任されていた仕事も奪い取りながら、重要な企画にも参加するようになっていったわ。
当然、私としては、面白くはなかったわよ。
だって、彼に嫉妬するなんて愚かに思えるほど、彼の仕事ぶりは完璧だったんだから。
しかも、容姿や性格すら、非の打ち所がないとなれば、私にはどうすることもできなかったわ。
そんなこともあってか、彼に対する最初の心象は、可愛い後輩でありながら手のかからない、そして、嫉妬することすら許されないという、複雑な気持ちだったわ。
けど、彼と共に働いている内に、もっと厄介な事実に気づいてしまったの。
それは、彼の“愛され体質”だったわ。
彼は無自覚の内に、他人の心の隙間に入り込んで、寵愛を受けることに長けていたのよ。
その対象は上司だけでなく、先輩の男性社員まで及んだわ。
無論、私もその一人だった。
彼は私の心を見透かすように、ことあるごとに私を頼ってきたわ。
普通、彼ほどの能力があれば、私の力を借りずとも解決できる問題であっても、決して欠かさなかった。
そこで、私が理由を尋ねてみると、彼は笑顔でこう言ったの。
「先輩だからこそ、頼りになるんです」、って...。
あの一言は、私の自尊心を満たすだけでなく、彼を好きになるきっかけにもなったわ。
それ以来、私にとっての彼は、ただの後輩から気になる異性へと変わったの。
そして、彼が入社してから3年目を迎えた時、大きな転機が訪れたわ。
ある週末、私と彼が一緒に退社した後、彼から家に来てほしいとお願いされたの。
勿論、その意味が理解できなかったわけじゃないわ。
でも、彼ほどの男性が、私のような特段優れているわけでもない女を、なぜ誘ったのかは、分からなかったのよ。
だから、半信半疑で、彼の家に上がったのを覚えているわ。
その後については...まあ、想像にお任せするわ。
私から言えることは、彼からの告白を受けたあの夜に、2人で愛し合ったことくらいかしらね。
だけど、そんなことはどうでもよくなるくらいの出来事が、翌日に待っていたわ。
翌朝、彼は、私にある秘密を打ち明けたの。
それは彼が、嫉妬性愛(ゼロフィリア)...つまり、第三者が嫉妬する状況に異様なまでに興奮する性的倒錯(パラフィリア)の持ち主ということと、その欲求を解消する存在として、私を恋人に選んだことだったわ。
それを聞いて、私はひどく失望したわ。
性癖の是非はさておき、彼が己の欲望のために、私を利用しようとしていた事実に、ショックを受けたのよ。
けど、私が足早に彼の家から去ろうとした時、彼はまたもや、あの口説き文句を言い放ったの。
「先輩じゃないと、ダメなんです」
「先輩しか、こんなこと頼めないんです」
「だから、僕を助けて下さい」
そうやって必死に懇願する彼の姿を見て、最終的には、許してしまったわ。
でも、これは仕方ないことなのよ。
いわゆる、惚れた弱みなんだから...ふふっ...。
まあ、それはさておき、この日から、私と彼の、歪んだ交際が始まったわ。
そして、貴方もご存知の、束縛する側とされる側という歪な関係が出来上がったというわけなの。
つまり、報道された数々の行動も、全ては彼が望んでいたからに過ぎないのよ。
より正確に言えば、それらの手段を、嫉妬やそれに付随する妄想を根源にしていると彼に認識させるためにね。
だからこそ、誰もこの真相にたどり着くことができなかったわ。
たった一人、貴方だけを除いて、ね...。
...ふふふ。
さっきからずっと黙ってるけど、どうしたの?
やっぱり、私の話が信じられないのかしら。
でも、残念ね...。
これが、真実なの。
常人には理解し難いかもしれないけど、これが私達なりの愛だったのよ。
たとえ、どんなに否定されようとも、これだけは間違いないわ...。
...話を戻しましょうか。
そんな生活をおくっていた時、私にある変化が生まれたの。
それまで、嫌々付き合わされていたはずだったのに、いつしか、彼に求められる前に、実行に移ることが多くなったわ。
例の監禁未遂も、実は、私から行動していたことだったの。
私自身も、この変化には、驚いていたわ。
そして、その理由を突き詰めていく内に、一つの答えに思い至ったの。
それは、私も潜在的なゼロフィリアの持ち主だったということよ。
彼が第三者の嫉妬に興奮を覚えるのとは逆に、私は嫉妬することに興奮を見出だすタイプということね。
皮肉にも、彼の見立ては正解だったというわけだわ。
けど、私にとっては、そんなことは些細なものだった。
むしろ、その事実を自覚したことで、それまで以上に、彼との倒錯的なプレイにのめり込んでいったわ。
なぜなら、それが、お互いの理解を深め、より強く繋がるための媒介になったからよ。
誰からも理解されない異常性癖故に、二人だけの世界に没入している感覚が、たまらなく愛おしかったの。
でも、そんな日々は、唐突に終わりを告げたわ。
貴方も知ってる通り、ある日、突然交際を打ち切られた上に、新しい彼女として、貴方のお姉さんを紹介されたのよ。
あの時は、怒りとか悲しみ以前に、目の前の現実を受け止めきれなかったわね。
だけど、家に帰ってからしばらくすると、ありとあらゆる感情が、体を駆け巡ったわ。
そして、最後に残ったのは、虚無感だった。
彼に捨てられた私はどうすればいいのか、これから何を頼りに生きていけばいいのか...。
そんなことばかり、考えていたわ。
けど、そんな時に、ふと思い出したの。
彼が本当に望んでいたこと...つまり、ゼロフィリアの充足をね...。
そこで、私は考えたの。
もし、私が嫉妬に狂って、彼を刺し殺したら、彼は喜んでくれるのだろうか、って...。
それからは、もう迷わなかったわね。
私は、彼との生活で培った経験を生かして、彼の翌日の行動を把握することに成功したわ。
そこから準備も入念に整えた上で、当日、貴方のお姉さんと共にデートに出かけてた彼を、追跡したのよ。
暴発しそうな嫉妬を抑えつつも、物陰から犯行の機会を伺いながらね...。
そして、彼と貴方のお姉さんが無防備になった隙を見計らって、死角から飛び出し...。
彼の脇腹に目掛けて、包丁を深く突き刺したわ。
でも、彼は驚かなかった...。
むしろ、恍惚とした笑みを浮かべていたの。
初めは、私も面喰らってしまったわ。
だけど、彼の表情から至上の悦びを感じ取ったことで、私もまた、筆舌に尽くしがたいほどの幸福に包まれたの。
なぜなら、彼が貴方のお姉さんではなく、最後まで私を愛していたことに気づいたからだわ。
そう...彼が求めていたのは、愛する者が嫉妬に支配され、その狂気に侵された凶刃が彼自身に向けられることだったのよ。
本来であれば、誰にも理解されない理想だったけど、それが叶ったからこそ、彼は喜悦の極みに達したの。
そして、彼の唯一無二の理解者となった私は、その夢を叶えられた嬉しさに身を震わせ、何度も彼の体に刃を振り下ろしたわ。
既に貴方のお姉さんが逃げ去り、集まってきた野次馬が戦慄する中で、返り血にまみれながら、ね...。
(少し間を空ける)
...これが、貴方の追い求めていた真実よ。
勿論、信じるかどうかは、貴方次第だわ。
でも、これだけは言わせてちょうだい。
私は、彼を手にかけたことを、後悔してないわ。
どれだけ、後ろ指を指されようとも...。
たとえ、どんなに罵詈雑言を浴びさせられたとしても...。
彼の愛に誓って、曲げるつもりはないわ。
だからと言って、貴方に理解して欲しいとも思わないけどね。
...さて、他に何か質問はあるかしら?
ないなら、これでお開きにしたいのだけれど...。
...私は最初から狂っていたのか、それとも、彼に感化されたからなのか、ね...。
それは、私にも分からないわ。
元々素質があったとはいえ、彼の影響がなければ、ここまで狂うこともなかったというのも事実よ。
ただ、個人的には、別の考え方を提唱したいわね。
それは、貴方も含めて、全ての人間が、私や彼と似たような衝動を経験したことがあるという説よ。
これなら、私や彼の思想を説明できるはずだわ。
...あら?
急に、黙り込んでしまったけど、どうしたのかしらねぇ...。
もしかして、心当たりでも、あるのかしら?
ふふっ...別に、怖がる必要はないわ。
貴方は、「タナトスの囁き」を聞いただけなのよ。
私の想像が正しければ、貴方の中のタナトスは、こう語りかけたはずだわ。
壊したいほどに愛したい...壊されたいほどに愛したい...って...。
これ自体は、何もおかしいことではないわ。
人は誰しも、そういった欲動を持っているの。
だから、世の中には、己のタナトスを満たすために、ニッチな嗜好を密かに楽しんでる人達がいるのよ。
彼もまた、その一人だったわ。
彼の場合は、「ヤンデレ」...だったかしら...。
私は、そういう萌えとかはよく分からないけど、彼が「ヤンデレ」に夢中になっていたことだけは、覚えてるわ。
もしかしたら、その「ヤンデレ」に、ヒントが隠されているのかもしれないわね。
...まあ、それはさておき、今日の面会はこれで終了としましょうか。
また、面会したければ、いつでも来るといいわ。
それじゃあ、さようなら...。
SE:面会室のドアの開閉音
初めまして...かしら。
間違ってたら、ごめんなさい。
記者の方とはこれまで何度か面会したことはあるけど、貴方とは面識がなかったような気がするのよ。
...あら、そう。
やっぱり、貴方も初対面だったのね。
それで、今日はどういう用件で来たの?
取材とは聞いているけど、私が話すことは全て話したはずよ。
私が服役するきっかけとなった、5年前の事件については...。
...あの事件の真相?
真相といわれても、反応に困るわね...。
さっきも言った通り、あの一件については、洗いざらい証言したのよ。
5年前のある日、私は、当時交際していた男性に一方的に別れを告げられた挙げ句、別の女性と付き合うと宣言されたわ。
それが原因で憎悪を募らせた私は、翌日、その女性を伴って歩いていた彼を、白昼で人通りも多い道のど真ん中で、刺殺したの。
そして、警察が駆けつけるまでの間、群衆の中心で、狂ったように笑いながら、死体に何度も刃物を突き立てた。
これが、事件のあらましね。
別に、取り立てて疑うべき点もないはずよ。
痴情のもつれが動機となり、強い殺意で犯行に及んだ。
ただ、それだけのことよ。
...事件に至るまでの過程?
それも、参考人の証言や週刊誌の取材で明らかになってるはずよ。
彼と交際していた間、私は彼に対して、異常なまでに執着し、束縛していたわ。
彼が他の女性と接する機会を阻害するだけでなく、GPSで行動を監視する、盗聴器で会話を盗み聞きするなど、ありとあらゆる手段で、彼を縛り続けたの。
しかも、時には、それがエスカレートして、監禁未遂まで引き起こしたこともあったわ。
これらの真実が明るみになった時、それまで私に同情していた一部の人達も含め、世論は私に対する批判や非難に染め上がった。
そして、それが影響を及ぼす形で、懲役10年以上の実刑判決が言い渡され、私が控訴しなかったことで判決が確定したわ。
これに関しては、記者である貴方も既に調べ上げてるはずだけど、何か気になることでもあるの?
...へぇ。
まさか、それを知っていたなんて、思わなかったわ...。
でも、あの現場に居合わせていなかった貴方が、なぜそんな情報を持っているのかしら?
...あらあら、ふふっ...。
貴方、あの時、彼に付き添っていた女性の弟さんだったのね。
ようやく、合点がいったわ。
だから、今ごろになって、取材に訪れたというわけね。
貴方のお姉さんの頼みで、この事件の裏側を探った結果、真実の一端を垣間見たという理由で...。
そういうことなら、私も、その努力と熱意に応えなければならないわね...。
なぜ、私が、彼を執拗に束縛したがったのか...。
どうして、破局してしまったのか...。
そして、何ゆえに、彼は死の間際に、笑みを浮かべていたのか...。
今、全てを告白してあげるわ...。
(しばらく間を空ける)
まずは、彼との馴れ初めからね...。
あれはもう、8年前のことよ...。
私は当時、大手広告代理店の新入社員として、日々仕事に追われる立場だったわ。
あの頃は、仕事をこなすことで精一杯で、恋愛なんて考える暇もなかったわね。
だけど、それでも素敵な人に出会えないかと、同僚の女性社員と仲良く盛り上がってたわ。
そんな時、一人の男子大卒生が、私が勤めていた会社に入社してきたの。
それが、彼だったわ。
彼は1年目から頭角を現し、瞬く間に周囲の信頼を勝ち取った。
そして、2年目になると、私が任されていた仕事も奪い取りながら、重要な企画にも参加するようになっていったわ。
当然、私としては、面白くはなかったわよ。
だって、彼に嫉妬するなんて愚かに思えるほど、彼の仕事ぶりは完璧だったんだから。
しかも、容姿や性格すら、非の打ち所がないとなれば、私にはどうすることもできなかったわ。
そんなこともあってか、彼に対する最初の心象は、可愛い後輩でありながら手のかからない、そして、嫉妬することすら許されないという、複雑な気持ちだったわ。
けど、彼と共に働いている内に、もっと厄介な事実に気づいてしまったの。
それは、彼の“愛され体質”だったわ。
彼は無自覚の内に、他人の心の隙間に入り込んで、寵愛を受けることに長けていたのよ。
その対象は上司だけでなく、先輩の男性社員まで及んだわ。
無論、私もその一人だった。
彼は私の心を見透かすように、ことあるごとに私を頼ってきたわ。
普通、彼ほどの能力があれば、私の力を借りずとも解決できる問題であっても、決して欠かさなかった。
そこで、私が理由を尋ねてみると、彼は笑顔でこう言ったの。
「先輩だからこそ、頼りになるんです」、って...。
あの一言は、私の自尊心を満たすだけでなく、彼を好きになるきっかけにもなったわ。
それ以来、私にとっての彼は、ただの後輩から気になる異性へと変わったの。
そして、彼が入社してから3年目を迎えた時、大きな転機が訪れたわ。
ある週末、私と彼が一緒に退社した後、彼から家に来てほしいとお願いされたの。
勿論、その意味が理解できなかったわけじゃないわ。
でも、彼ほどの男性が、私のような特段優れているわけでもない女を、なぜ誘ったのかは、分からなかったのよ。
だから、半信半疑で、彼の家に上がったのを覚えているわ。
その後については...まあ、想像にお任せするわ。
私から言えることは、彼からの告白を受けたあの夜に、2人で愛し合ったことくらいかしらね。
だけど、そんなことはどうでもよくなるくらいの出来事が、翌日に待っていたわ。
翌朝、彼は、私にある秘密を打ち明けたの。
それは彼が、嫉妬性愛(ゼロフィリア)...つまり、第三者が嫉妬する状況に異様なまでに興奮する性的倒錯(パラフィリア)の持ち主ということと、その欲求を解消する存在として、私を恋人に選んだことだったわ。
それを聞いて、私はひどく失望したわ。
性癖の是非はさておき、彼が己の欲望のために、私を利用しようとしていた事実に、ショックを受けたのよ。
けど、私が足早に彼の家から去ろうとした時、彼はまたもや、あの口説き文句を言い放ったの。
「先輩じゃないと、ダメなんです」
「先輩しか、こんなこと頼めないんです」
「だから、僕を助けて下さい」
そうやって必死に懇願する彼の姿を見て、最終的には、許してしまったわ。
でも、これは仕方ないことなのよ。
いわゆる、惚れた弱みなんだから...ふふっ...。
まあ、それはさておき、この日から、私と彼の、歪んだ交際が始まったわ。
そして、貴方もご存知の、束縛する側とされる側という歪な関係が出来上がったというわけなの。
つまり、報道された数々の行動も、全ては彼が望んでいたからに過ぎないのよ。
より正確に言えば、それらの手段を、嫉妬やそれに付随する妄想を根源にしていると彼に認識させるためにね。
だからこそ、誰もこの真相にたどり着くことができなかったわ。
たった一人、貴方だけを除いて、ね...。
...ふふふ。
さっきからずっと黙ってるけど、どうしたの?
やっぱり、私の話が信じられないのかしら。
でも、残念ね...。
これが、真実なの。
常人には理解し難いかもしれないけど、これが私達なりの愛だったのよ。
たとえ、どんなに否定されようとも、これだけは間違いないわ...。
...話を戻しましょうか。
そんな生活をおくっていた時、私にある変化が生まれたの。
それまで、嫌々付き合わされていたはずだったのに、いつしか、彼に求められる前に、実行に移ることが多くなったわ。
例の監禁未遂も、実は、私から行動していたことだったの。
私自身も、この変化には、驚いていたわ。
そして、その理由を突き詰めていく内に、一つの答えに思い至ったの。
それは、私も潜在的なゼロフィリアの持ち主だったということよ。
彼が第三者の嫉妬に興奮を覚えるのとは逆に、私は嫉妬することに興奮を見出だすタイプということね。
皮肉にも、彼の見立ては正解だったというわけだわ。
けど、私にとっては、そんなことは些細なものだった。
むしろ、その事実を自覚したことで、それまで以上に、彼との倒錯的なプレイにのめり込んでいったわ。
なぜなら、それが、お互いの理解を深め、より強く繋がるための媒介になったからよ。
誰からも理解されない異常性癖故に、二人だけの世界に没入している感覚が、たまらなく愛おしかったの。
でも、そんな日々は、唐突に終わりを告げたわ。
貴方も知ってる通り、ある日、突然交際を打ち切られた上に、新しい彼女として、貴方のお姉さんを紹介されたのよ。
あの時は、怒りとか悲しみ以前に、目の前の現実を受け止めきれなかったわね。
だけど、家に帰ってからしばらくすると、ありとあらゆる感情が、体を駆け巡ったわ。
そして、最後に残ったのは、虚無感だった。
彼に捨てられた私はどうすればいいのか、これから何を頼りに生きていけばいいのか...。
そんなことばかり、考えていたわ。
けど、そんな時に、ふと思い出したの。
彼が本当に望んでいたこと...つまり、ゼロフィリアの充足をね...。
そこで、私は考えたの。
もし、私が嫉妬に狂って、彼を刺し殺したら、彼は喜んでくれるのだろうか、って...。
それからは、もう迷わなかったわね。
私は、彼との生活で培った経験を生かして、彼の翌日の行動を把握することに成功したわ。
そこから準備も入念に整えた上で、当日、貴方のお姉さんと共にデートに出かけてた彼を、追跡したのよ。
暴発しそうな嫉妬を抑えつつも、物陰から犯行の機会を伺いながらね...。
そして、彼と貴方のお姉さんが無防備になった隙を見計らって、死角から飛び出し...。
彼の脇腹に目掛けて、包丁を深く突き刺したわ。
でも、彼は驚かなかった...。
むしろ、恍惚とした笑みを浮かべていたの。
初めは、私も面喰らってしまったわ。
だけど、彼の表情から至上の悦びを感じ取ったことで、私もまた、筆舌に尽くしがたいほどの幸福に包まれたの。
なぜなら、彼が貴方のお姉さんではなく、最後まで私を愛していたことに気づいたからだわ。
そう...彼が求めていたのは、愛する者が嫉妬に支配され、その狂気に侵された凶刃が彼自身に向けられることだったのよ。
本来であれば、誰にも理解されない理想だったけど、それが叶ったからこそ、彼は喜悦の極みに達したの。
そして、彼の唯一無二の理解者となった私は、その夢を叶えられた嬉しさに身を震わせ、何度も彼の体に刃を振り下ろしたわ。
既に貴方のお姉さんが逃げ去り、集まってきた野次馬が戦慄する中で、返り血にまみれながら、ね...。
(少し間を空ける)
...これが、貴方の追い求めていた真実よ。
勿論、信じるかどうかは、貴方次第だわ。
でも、これだけは言わせてちょうだい。
私は、彼を手にかけたことを、後悔してないわ。
どれだけ、後ろ指を指されようとも...。
たとえ、どんなに罵詈雑言を浴びさせられたとしても...。
彼の愛に誓って、曲げるつもりはないわ。
だからと言って、貴方に理解して欲しいとも思わないけどね。
...さて、他に何か質問はあるかしら?
ないなら、これでお開きにしたいのだけれど...。
...私は最初から狂っていたのか、それとも、彼に感化されたからなのか、ね...。
それは、私にも分からないわ。
元々素質があったとはいえ、彼の影響がなければ、ここまで狂うこともなかったというのも事実よ。
ただ、個人的には、別の考え方を提唱したいわね。
それは、貴方も含めて、全ての人間が、私や彼と似たような衝動を経験したことがあるという説よ。
これなら、私や彼の思想を説明できるはずだわ。
...あら?
急に、黙り込んでしまったけど、どうしたのかしらねぇ...。
もしかして、心当たりでも、あるのかしら?
ふふっ...別に、怖がる必要はないわ。
貴方は、「タナトスの囁き」を聞いただけなのよ。
私の想像が正しければ、貴方の中のタナトスは、こう語りかけたはずだわ。
壊したいほどに愛したい...壊されたいほどに愛したい...って...。
これ自体は、何もおかしいことではないわ。
人は誰しも、そういった欲動を持っているの。
だから、世の中には、己のタナトスを満たすために、ニッチな嗜好を密かに楽しんでる人達がいるのよ。
彼もまた、その一人だったわ。
彼の場合は、「ヤンデレ」...だったかしら...。
私は、そういう萌えとかはよく分からないけど、彼が「ヤンデレ」に夢中になっていたことだけは、覚えてるわ。
もしかしたら、その「ヤンデレ」に、ヒントが隠されているのかもしれないわね。
...まあ、それはさておき、今日の面会はこれで終了としましょうか。
また、面会したければ、いつでも来るといいわ。
それじゃあ、さようなら...。
SE:面会室のドアの開閉音
クレジット
ライター情報
初めまして。
平朝臣と申します。
ヤンデレを題材にしたシリアスな作品が多めですが、耳かき系も少数ながらありますので、どうぞお楽しみください。
平朝臣と申します。
ヤンデレを題材にしたシリアスな作品が多めですが、耳かき系も少数ながらありますので、どうぞお楽しみください。
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