昼に鶴を助けたら、夜中、見知らぬ女性がやってくるのだが・・・

【ドアを叩く音】

ケーン、ケーン・・・間違えた、もう一回やりますね。

【ドアを叩く音】

もしもし、もしもし、この戸を開けてはいただけませんか。



あの、すいません、結構、普通に吹雪いてるので、早く開けて欲しいんですけど。



【ドアの開閉音】

うひー、寒かったー。あ、すいません、早く閉めてもらえます？

【ドアの開閉音】

それじゃあ、あちらの部屋に入りますから、絶対に覗いてはいけませんよ。

・・・ん？

あれ、なんか急ですよね？なんで私はいきなり人の部屋を占領しようとしてるんでしょう。



あ、そうだ、挨拶がまだなんだ、すいません、慣れてないもので。

私は、あなたに助けて頂いた鶴・・・つる、では、ない者です。

はい、はい、そうですそうです。鶴じゃない者です。もう全然、鶴じゃありませんから。



何をしに来たのか、と言われると、恩返しに。

・・・え、なんで？

あ、そうか、鶴じゃないと恩返しする意味がわかんないから、えと、えっと、じゃあ、幼いころ、貴方に助けて頂いた、えー、なんか、人間です。

そうです、もうすっごい昔だから、あなたは忘れてしまいましたが、私はずっと覚えておりまして、それで、恩返しに来た人間なんです。

あの、こんな感じで、納得していただけます？



あー、よかったです。むやみに人を鶴だと疑うような方ではなくて。

はい、多いんですよ、恩返しに来たとたん、鶴だ鶴だって騒ぐ輩が。

失礼な話ですよ。鶴と人間をごっちゃにするなんて。

こんなぶくぶく肥えた人間と、あのスレンダーな鶴を間違えますか、普通。

あ、いえ、別に、あなたがどうとかではなく、その、一般的な鶴常識というか、いや、人間常識ですね、人間ですから私は、人間です人間。



えーっと、じゃあ、早速、恩返しをしていこうと思うんですけど。

あの、最終的には、あちらの部屋を一晩、お借りする形にはなるんですね。

え、なんで、と言われても・・・もう、そういうものだから、としか。



汚いので入らないでほしい？あ、もう全然、お構いなく。全然、人間のそういう感覚は分からないので。

や、人間なんですけどね？人間なんですけど、大丈夫なんで。

え、寝室があちらなんですか？

この家って、この居間と、その寝室以外に、部屋ってあります？あ、できればふすまで仕切られてるような部屋がいいんですけど。



トイレしかない？えー、うっそー。

トイレは無理ですー。だってトイレ、トイレですよ、えー、トイレー？

居間で寝ていい？いや、寝るつもりはないんです。徹夜で機を織る気満々で来ましたので。



あ、言っちゃった！うわー、恩返しのネタバレしちゃった、最悪！

あの、聞かなかったことにできません？



え、嘘、出来るんですか？すごい！バカなんですね！人間って。

じゃあ、あなたは寝室で寝てください。その間に私は居間で、あの、なんか、恩返ししてますので。

でも、決して覗いてはいけませんよ。もし覗いたりしたら・・・



え、トイレ行くとき、居間を通過しないと行けない？

えー、うーん、トイレ、一晩くらい我慢できません？

あ、それか、寝室でしちゃってはどうでしょう。

なーんて、冗談、冗談。私とかもう、普段、好きなところに垂れ流しなものだから・・・



あ、いや！この姿ではしないですよ！絶対にしませんからね！？

あくまで鶴の状態の時の話ですよ！？

いや、ちょっと、やめてください、何ですかその目は！

だって、外で鳥がフンしてたって、別に変だと思わないでしょ！

それと同じで、いや、私は人間ですけど、だから、垂れ流しとか、あの・・・



えー・・・どうしよう。

あの、もう私、鶴だって名乗ったほうがいいですかね？

だってこのままじゃあなた、私のこと、トイレ行かずにそこら中で垂れ流す女だと思うことになるじゃないですか！



嫌ですよ普通に！当たり前でしょ！

それなら最初っから鶴として恩返しした方がマシ・・・



え？垂れ流しのことは忘れる？



・・・私、人間のことを誤解してました。

人間は鳥の捕食者の癖に、自分たちが仕掛けた罠にかかった鳥を助けて、それに鳥が恩返しするっていう、謎のマッチポンプが発生する意味わかんない存在だと思ってたんですけど

あなたは、嫌なことはすぐ忘れてくれる、とってもバカないい人間なんですね！

あー、なんか、すごい、恩返しのモチベーションが上がってきましたよ！

今すぐ始めたいので、もう寝てください。

まだ6時？知りませんよ人間の生活サイクルなんて。日が沈んでるんだから寝ればいいじゃないですか。

では、決して覗いては、いけませんよ・・・



【壁の向こうからくぐもった声】

いて・・・いった・・・ひぅ！・・・いった！

え、嘘、マジで痛い・・・え、無理・・・



あの、すいません、なんか、痛み止めみたいなのありませんか？

え、いや、そういう科学的な薬とかは怖いので、なんか、薬草とかありません？

ない？えー。用意悪いなー。

まぁいいか、これだと雑巾ぐらいの量しかできないけど。

いや、本当はもっと、かなりの量の布が織れると思ってたんですよ。でも、羽を抜くのがこんなに痛いなんて思わなくて・・・

あ、今のも忘れてくださいね。

あと、機織り機お借りしていいですか？



え、ない？

嘘、じゃあ、私はどうやって機を織ればいいんですか。

これじゃ私、羽の抜き損ですよ。

鶴、助けるなら機織り機くらい持っててくださいよ。使えない人間だなー。



あ、言った！言いましたね！この垂れ流し女って！

ひどい！忘れるって言ったのに、嘘だったんですね！嘘つき！最低！人間！

もういいです！助けてくれた恩は、今の垂れ流し発言で帳消し、むしろマイナスです！

これからあなたのことを見かけたら、意味もなくブワサッ、って威嚇してやりますからね。

覚悟しておいてくださいよ！

じゃあ、さようなら！あばよ、人間！



【ドアの開閉音】

さむっ！無理！



あの、すいません、とりあえず、暖かくなるまで、ここにいてもいいですか・・・？



ありがとうございます！このご恩は忘れず、必ず恩返ししますね！

・台本（ゆるボイ！）
恩返しに来た鶴が正体を隠すのが下手すぎる【鶴の恩返し】
https://twitter.com/yuru_voi

・台本制作者
タナカジロー