ここは未だ耳かきが普及していなかった江戸時代。
一人の女商人が耳かきを用いた珍しい商売を始めたようです……

(ガラガラと音を立てて車輪のついた長椅子を引きながら歩いてくる)
耳垢取り〜、耳垢取りは要らんかね〜

お、そこの道ゆくお兄さん。
どうよ、耳垢取ってかないかい？安くしとくよ。
……なんと、耳垢取りを知らない！？

いやはや、驚いちまったもんで。
今、江戸じゃあ大流行りなんだよ、耳垢取り。

お兄さん、垢すりはわかるだろう？
古い垢をこそいで体を綺麗にする、身だしなみの基本ってやつだね。
けどもいくら綺麗に垢をすったって、耳の中までは難しい。

そこで溜まりに溜まった耳垢を、あたしがこの簪で掃除してやろうってわけさ。
耳もさっぱり、聞こえも良くなる。
(小声) それにここだけの話、とっても気持ちが良いって評判だよ。

お、気になるかい？
お代は、そうだねえ……
本当は40文取ってんだけどねぇ……お兄さん格好良いから半分でいいよ。

(お代を渡す)

あいよ、丁度。
んじゃ、よっこらせっと。
(引いてきた長椅子に座る)

ほら、ここに横になんな。
あたしお手製の移動式長椅子だよ。
……そりゃ突っ立ったままじゃあできないだろうよ。
寝転がって膝に頭を乗せるのが耳垢取りの作法ってやつなのさ。

(膝枕に頭を乗せる)

よしよし、じゃあ始めるよ。
ちょっとくすぐったいだろうけど、危ないから動くんじゃあないよ。


(耳かき開始)


どうよ、不思議な気分だろう。
あたしも初めてやってもらったときは驚いたもんよ。

こうして耳の奥のほうを掻かれると
なんだか腰のあたりがむず痒くなって
けれどもそれが癖になるというか。

あたしはピンときたね。
こいつは金になるって。
そいで江戸を飛び出して、はるばるここまで商いしにきたってわけさ。


おー垢も出てくる出てくる。
お兄さん、こんだけ詰まってたらさぞ聞こえにくかったんじゃあないかい？
あたしに会えて運がよかったねえ。
終わるころにゃ地獄耳、千里先の針の音も聞き逃すことはないよ。

それに耳垢取りは聞こえがよくなるだけじゃあない。
偉い学者さんの話じゃあ、健康にも良いって話さ。
1回耳垢取りをすりゃあ1日寿命が延びる。
毎日すりゃあ不老不死ってわけよ。

それになお兄さん、ツキもよくなるって噂だぜ。
福耳って言うだろう。つまるところ、福の神は綺麗な耳に宿るってことなのさ。
博打なんかで儲けたら、またあたしのとこに寄ってくれよ？


(耳かき終了)


よし、こっちはしまいだ。
んじゃ最後に、ふー……
……へへ、驚いたかい？こいつも耳垢取りにはつきものなんだよ。
細かい耳垢を吹き飛ばして仕上げってわけさ。

んじゃ、反対向きな。
……ほら、寝返り打つんだよ。

(寝返りを打つ)

ほいよ、じゃこっちもやってくよ。


(耳かき開始)


お兄さんいい反応してくれるねえ。
そんなに耳垢取り、気に入ってくれたかい？
へへ、嬉しいこと言ってくれるじゃあないか。

ま、上手く出来ているみたいで一安心だね。
……いやあ、実を言うとお兄さんが初めての客なもんで。
耳の中に簪を入れるって言うと、皆怖がって逃げちまうんでねえ……
お兄さんの肝が据わってて助かったよ。


あたしゃね、今はしがない行商やってるけども
いつか自分の店を構えるのが夢なんだ。
耳垢取りの店さ。

でっかい店にべっぴんさんたちをたくさん雇って、
そこで耳垢取りしてもらうのさ。
こいつは繁盛するぜ。
お兄さんもそう思うだろう？

……そうだろうそうだろう、話が分かるねぇ。
よし、決めた、店構えたらお兄さんだけはタダで入れてやる。
だからそれまでは投資だと思って沢山通ってくれよ？


(耳かき終了)


はい、しまいだよ。
お兄さん見違えたね、耳まですっかり色男だよ。

……ん？ああ、吐息ね。忘れてた。
いや〜でもねぇ、さっきは初めてだからタダだったけどね、本当はお代もらってんだよねぇ……20文。
…………へへ、毎度あり！お兄さん遊び方をよく分かってるね。

んじゃ、ちょいとおまけして……
ふー……ふー……ふー……

これで本当におしまい。
ほい、起きた起きた。

(起き上がる)

あたしゃしばらくこの町周ってるんで、
耳垢取りたくなったらいつでも声かけてくんな。

そいじゃまた、ごひいきに～。
(長椅子を引きながら去っていく)

・台本（ゆるボイ！）
江戸時代日本初の移動式耳かき商
https://twitter.com/yuru_voi

・台本制作者
あまに