掴みどころのない不思議なメイドさんに手のひらの上で転がされながら耳かきしてもらうお話です。

晩春～初夏を想定しています。

（SE：草木のざわめき）
（SE：主人の足音）


……見つかってしまいましたか。
……これは……瞑想ですよ。
ええ、お庭掃除を行う前の、瞑想です。

（微笑みながら）
……決して、サボっていたわけでは……ありませんよ？

ご主人様も、よければ一緒にいかがですか？
隣、空いておりますよ。

（SE：主人、ベンチの隣に座る）


（SE：草木のざわめき）


風が気持ち良いですね。
日差しも、このくらいが、私好みです。



草木は深い緑に染まり
色鮮やかな花をつけて
空は隅々まで青く
鳥は高らかに飛び交う。
全てが生き生きとした季節。

天国があるとしたら
きっと、こんな場所なのでしょうね……



（唐突な耳ふー）ふー……

（耳元で）
……動いてはいけませんよ？



（SE：耳かき開始）



……口止め料です。
サボりの。
……いえ、瞑想の。



ご存知ですか？
耳の中にはたくさんのツボがあるのですよ。
例えばここは目の疲れに効くツボ。

ここを掻いていると、だんだんと目の奥がすっきりしてくるような
そんな気がしませんか？

…………本当ですか？
（微笑みながら）
出まかせを言ってみるものですね。



ご主人様は
夏の予定、立てましたか？
……放っておくと
燃えるように過ぎ去ってしまいますから。

私は……
……少しお休みをいただいて
海にでも行きましょうか。

砂浜に書いた丸や三角が
波にさらわれていくのを眺めたり
遠くに見える船影が
だんだんと小さくなっていくのを見送ったり……

……ご主人様も来ますか？
（微笑みながら）
耳かき棒も、持っていきましょうか。



（SE：耳かき終了）



（耳ふー）ふー……


次は反対ですが……
困りました。場所を入れ替わるのも、少々億劫ですね。

……仕方ありません。
どうぞ。
膝枕。

本当はこんなこと
他のメイドに怒られてしまいますけれど
ご主人様をわざわざ立たせるのも申し訳ないですから
仕方がありませんよ、ね？

（SE：主人、膝枕に頭を乗せる）

いかがですか？私の膝の心地は。
……そうですか。私も味わってみたいものです。


（SE：耳かき開始）


お庭を歩いていると
ふっと鼻を掠める沈丁花の香りも
もう思い出せなくなってきてしまいました。

初めて嗅いだ時の、あの幸せな記憶も
だんだんと薄れていくのでしょうね。
少しずつ忘れていって
いずれ雪がすべてを覆い隠して
思い出そうとすらしなくなったときに
またふっと、香るのでしょう。

そしてまた、初めて出会った時のように、幸せな心地になるのです。
……ふふ、我ながら安上がりなものですね。



田舎っ子だからでしょうか
時折、無性に自然が恋しくなるのです。
小さい頃は野山を走り回ってばかりいました。
……意外ですか？

周りにあるものと言えば
畑と山ばかり。
まっすぐなあぜ道を
走っても走っても
畑、畑、畑
そのずっと向こうには
ただただ地平線が広がっていました。

あの頃の私は
毎日のように日が落ちるまで走っては
くたくたになって帰ってきて
明日こそは、あの地平線の向こうまで行くのだと、意気込んでおりました。
……思えば、ずいぶん遠くまで来てしまったものです。



（SE：耳かき終了）


（耳ふー）ふー……


……ご主人様。
もう少し、こうしていましょうか。
ええ、もう少しだけ。
じき、夕日が見えますから……

・台本（ゆるボイ！）
掴みどころのない不思議なメイドさんに手のひらの上で転がされながら耳かきしてもらいたい
https://twitter.com/yuru_voi

・台本制作者
あまに