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後輩がちょっとどうかしててヤバい
written by さざなみ
  • 職場/オフィス
  • 片思い
  • ラブコメ
  • 2人用台本
公開日2023年06月01日 23:10 更新日2023年06月01日 23:21
文字数
10626文字(約 35分26秒)
推奨音声形式
指定なし
推奨演者性別
指定なし
演者人数
2 人
演者役柄
指定なし
視聴者役柄
指定なし
場所
指定なし
あらすじ
言っちゃ! ダメなんですか!? この想いを抱えたままずっと、俺に胸にしまっておけと!

20200929
本編
元田(もとだ) 女性推奨
日暮(ひぐらし) 男性推奨


元田:日暮くん、明後日の商談の時のパワポだけどね、
日暮:元田さん! うわあ、もうチェックしてくれてるんですね、好きです。
元田:ここの文章を図解にして、もうすこし具体的にした方がわかりやすいかなと思うの。
日暮:商談相手への細やかな気配り、好きです。
元田:例えば、今回の提案事項は、相手方の突発的な事象に対するシステム構築でしょ。商品という現物のあるものだから、
日暮:わかりやすく教えてくれる元田さん、好きです。
元田:待って。
日暮:好きですよ?
元田:バカなの?
日暮:元田さん、その発言はパワハラです。
元田:すみません。いや、え?
日暮:はい?
元田:私の話聞いてくれてた?
日暮:あれですよね。ちょっと文字的な説明が多いから図解を増やして、イメージしやすくって話ですよね?
元田:お、おお。
日暮:戸惑う元田さんもかわいいですね、好きです。
元田:それなんだわ!
日暮:どれですか!
元田:はい!?
日暮:え!?
元田:いや、あのね、前々から言おう言おうと思ってたんだけれど、それ、なんなんですか。
日暮:思わず俺に対して敬語になる元田さん、貴重だなぁ、大好きです。
元田:それ!!
日暮:どれですか!?
元田:いや、……ええぇ……その……。
日暮:たじたじしてて困ってる元田さん、好きです。
元田:その「好き」のバーゲンセール、何?
日暮:え?
元田:は?
日暮:俺、言ってました?
元田:こわっ! こっわ!!!! 嘘でしょ!? まさかの無意識なの!?
日暮:え、ま、待ってください、元田さん、俺、好きって言ってました?
元田:二言目には。
日暮:ヤバいっすね。
元田:日暮くんがね?!
日暮:えー……因みに、いつから……。
元田:……一緒に働くようになってから?
日暮:それ、二年前からじゃないですか!!!! え、今更ですか!?
元田:いや、今更だなとは思ったの! 私も! 思った!! でも二年前はそんなに酷くなかったし、私の気のせいかなーで済ませられるレベルだったし、下手に刺激しておかしなことになったら困るし、そもそも私の勘違いだったら恥ずかしいからと思って言い出せなかったの!
日暮:はあ……。
元田:いやいやいやいや、待って。なにそれ、何その釈然としない感じの反応! よくわかんないことを五歳も年下の男性に言われて続けてる私の身にもなってくれる?
日暮:で、今更言う気になったのは、なんかあったんですか?
元田:なんで私がいなされてるのよ。
日暮:むくれてる元田さんも好きですけど……。
元田:ほらほらほら、漏れてる漏れてる漏れてる。
日暮:いや、今のは意識的です。
元田:こいつ、わっかんねーわー……。
0:沈黙
元田:由々しき事態になったのは、一週間前からです。
日暮:仕事の速い元田さんが一週間も放置するだなんてらしくない!
元田:……なんで私が責められてるのかちっとも納得いかないんだけど。
日暮:一週間前何があったんですか。
元田:好きと言われる頻度が急激に増えるようになりました。
日暮:一週間前何があったんだ、俺……!!
元田:びっくりしたけど、まあ、そのなんだ。
日暮:はい。
元田:業務に支障はないし。
日暮:ないですか!?
元田:二年間で随分と慣らされてきたからね。
日暮:ちょっとくらい業務に支障を来(きた)して欲しかった。
元田:え?
日暮:あ、いえ。
元田:それに、私と二人きりじゃないと発動しないみたいだから、
日暮:よかったー……。
元田:放っておけばそのうち治(おさま)るかなって。
日暮:そんな発作みたいな扱いしないでください。
元田:発作じゃないの?
日暮:発作だろうと思います。
元田:……。でも今日は流石に私が説明を言い終わらないうちに好き好き言い始めたから、とうとう末期症状かなって。
日暮:どうしてここまで放っておいたんですか!
元田:すごい。どうして私が責められているのか、甚だ釈然としない。
日暮:うっわー……俺もう生きてけない……社会的に消される……。
元田:日暮くんの中で私は一体どんな権力を持ってるのかわからないけど、まさか悪化するとは思わなかった。
日暮:まさか口に出してるなんて思わなかった……。
元田:全部吐き出したらすっきりするかなって放っておいたのがまさかこうなるとは思わないじゃない?
日暮:なるほど、たしかに。あっ!
元田:何!?
日暮:俺、ほかになんか言ってましたか?
元田:例えば?
日暮:例えば……、浅井課長、なんであの状態の髪の毛ですら、惜しむように残してるんだろ……バーコードにするくらいならいっそのこと、全剃りにすればいいのに、とか?
元田:髪の悩みはとても繊細なものだから絶対に口に出したらダメ!!!
日暮:出してました!?!?
元田:まだ大丈夫!
日暮:まだ!? 不安だ……この先どうしたらいいんだろう……。
元田:そうね……これじゃあおちおち商談にも連れていけない。
日暮:御社の場合はこの値段ですが、別の企業様とは互恵(ごけい)関係がありますのでもっと勉強させて頂いてます。
※ 注釈:勉強させて頂く……営業的な慣用句。「割引(値引き)を検討している/割引(値引き)している」などの意味として使われる。
元田:連れて行けねー!!!!!
日暮:俺もそんなこと口走りたくねーー!!!!
元田:飛ばされる! 確実に飛ばされる!!!
日暮:元田さん、そうしたら人里離れた土地で古民家を買って、二人で日がな一日過ごしましょう。
元田:なんで若干わくわくしてるのよ。
日暮:死活問題ですね。今は元田さんに好き好き言ってるだけで済んでますが、類似のことが起こらないとも限らない。
元田:そもそもだけど、日暮くん、二年前から私に好きって言ってるでしょ?
日暮:そうなんですねー……。
元田:くっそ!!
日暮:元田さん、それはパワハラです。
元田:すみません。……えっと、実際のところ、どうなの?
日暮:どうとは?
元田:……その……。
日暮:顔を赤らめて恥じらってる元田さん、好きです。
元田:それだよ。
日暮:えっ、あっ、嘘!? あー! 俺またやってしまったのかー!!
元田:だんだん不憫になって来たな……。いや、その、「好き」っていうのは本心なの?
日暮:本心ですよ。
元田:マジかー……。
日暮:じゃないと、言うわけないじゃないですか。俺、嘘付けませんし。
元田:ああ……うん。
日暮:え、俺なんかマズいことしました?
元田:嘘付けなくてもいいから、オブラートに包む練習は、もういい社会人だし始めた方が身のためだと思う。
日暮:俺、なんかやらかしました!?
元田:若いなー……。
日暮:元田さん!
元田:まあ、この話は置いておいて、
日暮:置いといていいんですか!
元田:日暮くんのその発作はどうしたら治るんだろうね。
日暮:……たら……。
元田:鱈? 銀鱈美味しいね?
日暮:魚じゃなくて。
元田:銀鱈の西京焼き食べたい。
日暮:話戻していいですか。
元田:すみません。
日暮:元田さんと恋人になれたら、治る気がします。
元田:申し訳ございません!!
日暮:早いですよ!! しかもめちゃくちゃ綺麗なお辞儀だ!!! 期末の納品ラッシュに巻き込まれて、得意先に発注分を確保できなかったあの謝罪のとき以来だ!!!! そんなに嫌ですか!?
元田:二年ですよ。
日暮:はい。ずっと想い続けてきましたから。
元田:二年もちょくちょく好きですと言われ続けるとだね。
日暮:はい。
元田:そのー……。
日暮:はっきり言って貰えませんか。
元田:……慣れちゃうんだよね……。
日暮:慣れ……? は?
元田:ここ一週間ほどに至っては、二言目には言われていた訳でしょう?
日暮:はあ、そのようで。その節はご迷惑を……。
元田:段々雑になってきてたしね……。
日暮:いや、それは! ……今からでも善処します。
元田:いやいやいやいや、言わないようにしようって話じゃなかったっけ?
日暮:言っちゃ! ダメなんですか!? この想いを抱えたままずっと、俺に胸にしまっておけと!
元田:ごめん、微塵もしまえてないからね。しまえておいてあると思っているのは君だけだからね。
日暮:でも俺の漏れちゃうこの想いを聞いてるのが元田さんだけなら、何も問題ないんじゃないですか?
元田:おおっと話が一周回ったぞ。
日暮:元田さんが話を混ぜっ返すからですよ。
元田:私のせいなんだっけ?
日暮:やっぱり元田さんとお付き合いすればこの発作は治ると思うんですよ。
元田:……。
日暮:元田さんとお付き合いすればこの発作は治ると思うんですよ!
元田:日暮くん。
日暮:なんですか、元田さん。
元田:日暮くんぐらいの年頃にはありがちなんだけれどね。
日暮:はい?
元田:ちょっと年上のお姉さんがかっこよく見えちゃって、そういう尊敬の気持ちと好きと言う気持ちをごっちゃにしてる場合があると思うんだ。
日暮:俺がそうだと。
元田:あなたの周りをよくごらんなさい。同年代で可愛かったり綺麗だったり素直だったりする女の子がいっぱいいるでしょう?
日暮:……。
元田:彼女たちの方が、ずっと話も合うと思うし、お付き合いしていく上で、おばさん、建設的だとおもうなぁ……。
日暮:元田さんは年齢で恋愛をするんですか?
元田:はい?
日暮:要は俺がガキすぎてお話にならないと。
元田:言ってない。微塵も言ってないです。
日暮:俺が元田さんを好きなのは年上だからとかじゃなくて、元田さんだからですよ。
元田:墓穴掘ったー……。
日暮:好きですよ。
元田:待って待って待って、他にもあなたのことをお断りしなきゃいけない理由はあるの。
日暮:……聞きましょう。
元田:ありがとう。確か日暮くんって干支は丑(うし)だよね。
日暮:はい。それが何か。
元田:私は、申(さる)。
日暮:まあ、五歳違いだとそうなりますよね。
元田:いい。丑と寅(とら)を合わせて、丑寅(うしとら)の方角、鬼門というのは聞いたことがある?
日暮:なんの話ですか?
元田:あるの、ないの?
日暮:まあ、ありますけれど。
元田:この、鬼門である丑寅の方角と反対側の方角にいるのが、申、酉(とり)、戌(いぬ)なのよ。
日暮:さる、とり、いぬ……。
元田:鬼門は、鬼の門と書く。
日暮:……桃太郎……!
元田:そう! 桃太郎! いわば私たちは運命的に敵対する者同士! 相容れないの!
日暮:元田さん、こんなことまで知ってるんだ……、博識だなぁ、好きです。
元田:漏れてる漏れてる。
日暮:すみません、思わず。
元田:ちなみに今のは、私もつい最近知りました。
日暮:つい最近聞きかじったことでさえ、俺を遠ざける要因として使おうとする逞しさ、好きです。
元田:なんで?! なんでそこで好感度あがった?!
日暮:はっ、しまった、つい!
元田:あとね、私、家では干物女だから。
日暮:桃太郎よりも先に、普通そっちを言いません?
元田:インパクトが薄れるかなって。
日暮:こういうところで急に女子力を気にしちゃう元田さん、好きです。
元田:なんで好感度上がるしか選択肢がないんだよ……わっかんねーわ、こいつ……。
日暮:そうなんですよね。元田さんのどんな一面を知ったとしても、俺の中で元田さんの好感度だだ上がっちゃうんですよ。これ以上俺を好きにさせてどうするつもりなんですか!
※ 注釈:だだ上がり…【だだ】は「むやみに」「無駄に」
元田:こっちが聞きたいよ! え、何。なにこれ、病気? 新手の病(やまい)なの?
日暮:恋の、ですかね?
元田:ドヤった顔がとてもうるさい……。
日暮:元田さん、それパワハラです。
元田:すみません。
日暮:年齢も桃太郎も俺の障害にはなりえないとして、
元田:ごめん。ごめんなさい、悪かった。桃太郎はうっかり口走っちゃっただけだから、金輪際ほじくり返さないで。
日暮:ほじくり返さない代わりに恋人になってくれますか?
元田:ほじくり返していただいて結構です。いくらでもほじくり返してください。
日暮:そんなに嫌ですか……。
元田:嫌っていうか……。
日暮:これだけこの俺がアプローチしてもダメってことは、
元田:自己肯定感の高さが君の取り柄だと思うよ。
日暮:元田さん、心に決めた方がいらっしゃるのではないですか?
元田:……。
日暮:沈黙は、肯定ですか……。
元田:そ、そうなの! ずっとずっと好きな人がいてね!
日暮:誰ですか。
元田:はい?
日暮:その人は、誰ですか。その人なんか目に入らないくらい俺のことを好きにしてみせます。
元田:大丈夫、日暮くん? あんまりにも私に断られすぎてちょっと自棄(やけ)になってない?
日暮:俺は元々このくらいポテンシャルが高いんですよ!
元田:お、おお……。
日暮:で、誰ですか。同期の渡辺さんや田中さんとよく楽しそうに話しているのを見ますが、その二人のどちらかですか。
元田:監視体制がすごい。
日暮:それとも角田部長ですか。だとしたら確かに俺が眼中にないのはわかりますが……。あの大人の色気は俺には出せません……。あと何十年待ってもらえばいいのか。
元田:私はそんな君の更に五年先にいるがその辺りはいいのか。
日暮:おいくつになっても俺が元田さんを好きな気持ちは変わりませんよ!
元田:えええ……。
日暮:で、誰なんですか、元田さんが心に決めた人というのは。
元田:いや、でも絶対知らないし。
日暮:俺が、知らない人……!
元田:社内の人ではないから。
日暮:元田さんに社外の交友関係があるなんて……。
元田:あるわ! 日暮くん、ちょいちょい私に対して失礼だよね?
日暮:どのような方ですか、紹介してください。
元田:ポテンシャルの高さに問題があるレベルだと思うよ? 紹介しないよ? できないよ?
日暮:お願いします! あなたのことが知りたいんです、どんなことでも構いません!
元田:恋人にしたらとても面倒なタイプだな、これ……。
日暮:いやもう、元田さんの恋人になるまでが大変すぎるので。
元田:ほう。
日暮:恋人になってくれたらおさまります。
元田:おさまるの? 釣った魚に餌をやらないタイプ?
日暮:いえ。安心して放し飼いできます。絶対に俺の下(もと)に帰ってきたくなるようにでろでろに甘やかしますから。
元田:ヤンデレっていわれない?
日暮:言われませんけど?
元田:言われないのかー……。メンヘラ製造機って言われない?
日暮:はい?
元田:なんでもないです。
日暮:おーしーえーてーくーだーさーいーねーえー。
元田:ジョサイア・コンドル。
※ 注釈:ジョサイア・コンドルは男性。代名詞は「彼」で統一。
日暮:……はい?
元田:ジョサイア・コンドルが好きなの。
日暮:すみません、わかりません。
元田:siriみたいになってるけど大丈夫?
日暮:大丈ばないです。かろうじて外国の方だということしかわかりません。
元田:ジョサイア・コンドルが外国人か、日本人か。随分と哲学的なことを聞いてくるんだね。その問いは私にとって非常に難しい。
日暮:どういうことですか!? 何者なんですか、そのなんたらコンドルって。
元田:ジョサイア・コンドル。
日暮:あ、はい。えっと、俳優さんですか。
元田:いいえ。建築家というのが多分一番近い。
日暮:はあ……。えっと、有名な方なんですね。
元田:彼がいなければ、今日(こんにち)の日本建築界は様相が変わっていたと言われてる。
日暮:待ってください、いつの時代の人なんですか?
元田:明治だけど。
日暮:明治!?
元田:明治。
日暮:令和ですよ! 何百年前の人なんですか!
元田:一九二〇年の六月に亡くなってるから約百年前ね。
日暮:百年前の人物に俺は負けたのか……!
元田:彼に勝とうなんてそもそもおこがましいにも程があると思う。
日暮:あ、あの、すみません……。
元田:なに?
日暮:それほどすごい方と心得てはいますが、俺、勉強不足でして……。一体どのような功績を遺した方なんですか……。
元田:一番の功績は、明治期の日本人建築家の育成。弟子には東京駅や日本銀行を設計した辰野金吾(たつのきんご)をはじめ、赤坂離宮などの宮内庁や県庁施設を多く設計した片山東熊(かたやまとうくま)、三菱系の建築を設計したことで有名な曽禰達蔵(そねたつぞう)がいるけど……。
日暮:すみません、東京駅あたりからもう、何も覚えてません。
元田:わかりやすいのは、鹿鳴館。
日暮:鹿鳴館!?
元田:知ってる?
日暮:知ってますよ!! 急に一般教養に戻ってきてもらえてよかったです! 鹿鳴館ってあれですよね、夜な夜な日本政府がすごく頑張ってダンスパーティーを開いて、ほーら、西洋文化取り入れてるだろーってやったところですよね!
元田:そう。その鹿鳴館。
日暮:めちゃくちゃ歴史上の人物じゃないですか。
元田:そう。めちゃくちゃ歴史上の人物なの。
日暮:歴史上の人物に負けたんですね。
元田:そうなるね。
日暮:え……えっと、ちなみに、その……コンドルの?
元田:コンドル先生。
日暮:せ、先生?
元田:先生。
日暮:……コンドル先生の、どこが好きなんですか? やっぱり建築家としての設計の美しさー、とかそういうところですか。
元田:そこらへんはあんまり上手じゃないと思ってる。
日暮:はい!?
元田:確かに晩年の旧古河邸(きゅう ふるかわてい)についてはスコットランドの山荘のようで美しさと共に重厚さがあり、調和がとれているけれど、中期の旧岩崎邸やニコライ堂については、どこか不格好さや不自然さ、違和感が残るの。この辺り、写真では気づきにくいけれど、現物を見るとよくわかるから、
日暮:え、待って待って、待ってください。建築家なんですよね。
元田:日本に来たきっかけはね?
日暮:やっぱり外国人なんじゃないですか!
元田:……?
日暮:いやいやいやいや、キョトンとしたいのは俺の方なんですけど!? そもそも建築家なのに、建築の設計が上手じゃないなんてあるんですか? お弟子さんだっていっぱいいたんでしょ?
元田:演技がうまい人が必ずしも、演技指導が上手と限らないのと一緒。逆もまたしかり。
日暮:んんん? 演技????
元田:こっちの話。
日暮:でも元田さんは仕事もできるし、教え方も丁寧で大好きですよ。
元田:今度から好きと言ったら一回百円貯金してもらおうかな。
日暮:それは軽いパワハラです。
元田:すみません。
日暮:えっと、ごめんなさい。元田さんがコンドル先生を好きでいる理由が全く見えてこないんですけど。
元田:言ったらさすがに引かれるかなって。
日暮:むしろ引かれて欲しいとかそういう話なんじゃなかったでしたっけ?
元田:……そうだった。
日暮:俺に引かれたくないって思う元田さん、好きです。
元田:今後の仕事がやりにくくなるかなって。
日暮:どんだけ!?
元田:ちなみに彼を好きになったきっかけは、なんとなく。
日暮:なんとなく!?
元田:気づいたら好きになってた。
日暮:恋じゃないですか。
元田:恋なんですよ。
日暮:百年前の人に、ガチ恋……。
元田:ほーら、引いてる。
日暮:時を越えて想い続けるって素敵ですね、そんな元田さんも好きです。
元田:日暮くんは全肯定の国のご出身でいらっしゃるのかな?
日暮:なんとなく好きになったとしても、なんか、具体的なエピソードとかあるでしょう?
元田:あれかな……。
日暮:なんですか。
元田:コンドル先生は穏やかで控えめな人柄で有名でね、前に前にって出る人じゃないの。彼が自身のことについてを執筆した本や自伝はなく、他の人が研究論文を書いてる。
日暮:日本建築界を牽引(けんいん)したのに。
元田:牽引したのに。
元田:確か、畠山(はたけやま)けんじさん著作の『鹿鳴館を創った男 お雇い建築家ジョサイア・コンドルの生涯』に書いてあったような気がするんだけど、
日暮:おっと、引用元の本が曖昧だ。
元田:ごめんなさいね、おばさんはとっても記憶力が悪いの。
日暮:タイトルを忘れちゃうくらい、そんなにもたくさんのいろんな本を読んでる元田さんも好きです。
元田:コンドル先生は本当に日本が大好きで、あるとき久しぶりに故郷に帰ったら、母国語であったはずの英語が日本語訛りになってると、親戚たちに笑われたという話が載っててね。
日暮:はい。
元田:号泣した。
日暮:ごごごご、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、号泣ポイントが全然わかんないです……!
元田:いいの、これは日本近代建築沼にハマった人間にしかわからない。
日暮:同じ沼の住人でも相当困惑しそうな号泣ポイントですが大丈夫ですか?
元田:引いた?
日暮:ある意味。
元田:あともう一つ、引かれるなと思う出来事としては、
日暮:まだあるんですね!
元田:さっき話した鹿鳴館だけど。
日暮:うわ、はい。
元田:戦前に解体されててね。
日暮:ああ! だから現物がないんですね!
元田:その階段の一部が東京大学の工学部に残ってるんだけれど、
日暮:嫌な予感しかしない。
元田:コンドル先生と、その師匠の日本画の展示会の時に、鹿鳴館の階段の一部も展示されてて、
日暮:ざわ……。
元田:現物を見て泣いた。
日暮:泣いたあああああああああああ!!!!!!!!
元田:さすが東大。ちゃんと残してくれてありがとう。
日暮:え、ごめんなさい。なんで鹿鳴館の階段が東大に残ってるんですか?
元田:コンドル先生が授業をしたのが、今の東京大学工学部だから。
日暮:……旧帝大ってやっぱ強いんですね……。
0:間
日暮:あの、情報量が多すぎてうっかり聞き流しちゃったんですけど、
元田:何?
日暮:日本画の展示会ってなんですか?
元田:コンドル先生がね、日本画を習ってて弟子入りしてたの。
日暮:日本画を!?
元田:師匠からもらった画家としての名前、雅号もある。
日暮:雅号まで!
0:間
元田:どう?
日暮:はい?
元田:私の、コンドル先生への愛。
日暮:あ、はい。
元田:引いたでしょ?
日暮:うーん……。
元田:私と恋人になったら、定期的に明治に生まれたかったって嘆くし、日本近代建築を見に全国行脚をすることになるし、うざいレベルで解説がつく。ほら、引いたでしょ?
日暮:でも。
元田:……嫌な予感。
日暮:そこまで好きになれるものがあるんですよね。そんな風に情熱を向けられるものがあるのはすごい。やっぱり俺、元田さんが好きです。
元田:いや、引けよ。
日暮:その圧はパワハラです。
元田:すみません。……えー……絶対引くと思ったんだけどな……、何言ってるのかわかんないって。
日暮:そりゃあ何言ってるのかはわかりませんけど、好きなんだなっていうのは伝わってきて、そんな元田さんが好きだなって再確認できます。
元田:大丈夫?
日暮:さすがにその問いは俺に対して失礼だと思いませんか。
元田:すみません。
日暮:コンドル先生か……。文献漁ってくればいいのかな。
元田:なに同じステージに立とうとしてるの、この人。
日暮:元田さんの見ている風景を、俺も見たい。ダメですか。
元田:……ずっと聞こう聞こうと思ってたんだけど。
日暮:何でしょうか。
元田:なんで、そんなに私が好きなの?
日暮:人を好きになるのに、理由なんていりますか?
元田:それ相応に……?
日暮:元田さんだって、コンドル先生を好きになった明確な理由を上げられなかったでしょう?
元田:ぐぬぬ。
日暮:それと一緒です。気づいたら好きになってました。
元田:……。
日暮:多分、きっかけなんて些細なもので、そんなこと忘れてしまうほどで、でも、二年前の俺はそれでも強く元田さんに惹かれたんですよ。
元田:はあ……。
日暮:俺、結構いいこと言ってんのに、生返事しないでもらえません?
元田:すみません。……いや、でも待って、つまり、わかんないけどずっと好きってことよね。
日暮:そうですね。好きと言う感情が強く残ってます。
元田:だとしたらその好きと言う感情に縛られてるだけじゃない?
日暮:おっと、哲学的なことを言い始めたぞ。
元田:そもそもその、好きと言う感情自体がとても不確かで不安定なものだと思う。好きだと思いこんでるだけなんじゃないの? 一度好きになったものをずっと好きでいる必要はないんじゃない?
日暮:俺が元田さんのことが好きだという気持ちを疑ってるわけですね。
元田:疑ってるっていうか……まあ、はい、そうですね。
日暮:恋愛経験値低そうだな。
元田:私、今、超絶ディスられてない?
日暮:ディスってません。うぶで可愛くて好きだなって話をしてました。
元田:誰と。
日暮:元田さんと俺が。
元田:してません。
日暮:してるんです。
0:沈黙
日暮:元田さんって、なんでそんなに靡かないんですか。
元田:はい?
日暮:二年ですよ。
元田:はい。
日暮:普通、二年もずっと、ずーっと、ずーーーーーーーっと、好きって言われ続けたら少しはなんかそういう情とか湧きませんか?
元田:え、待って、無意識じゃなかったの?
日暮:無意識ですけど!
元田:無意識怖いな。
日暮:無意識ですけれど、俺はずーーーーーーーっと、元田さんに好きって言い続けたんですよね。
元田:言われ続けましたね。
日暮:湧かないんですか、情。
元田:湧きません。
日暮:湧かないんかいっ!
元田:え、なんで、湧くもの?
日暮:湧く、湧くんです、湧くんですよ、めちゃくちゃ! 気になって、意識して、なんなら好きになっちゃったりするもんなんです!
元田:あっ、へー……。
日暮:何この人、情操教育の失敗作なの!?
元田:すごい。暴言がえげつない。
日暮:好きなんですよ。
元田:あ、はい。そうなんですね。
日暮:なのに、なんか、コンドル先生が好きとか語り出すし。
元田:すみません。
日暮:桃太郎ってなんだよ、桃太郎って。
元田:すみません。
日暮:俺、めちゃくちゃ元田さんのこと好きなんですけど。
元田:存じ上げております。
日暮:なんで好きになってくれないんですか。
元田:えー……。
日暮:恋人がいたことは?
元田:それはセクハラ。
日暮:セクハラしてでも聞きたいんです。
元田:今は仕事中です。
日暮:じゃあ今晩飲みに行きましょうよ。
元田:行きません。
日暮:どうしたら俺の気持ちをほんの少しだけでも受け取ってもらえるんですか……。
0:沈黙
元田:そうやって振り回されて、ぐちゃぐちゃになって、そういう自分が嫌だから、恋愛はしないと決めました。
日暮:は……?
元田:手に入れて失って、嘆いて泣いてというのは、もう疲れた。
日暮:……。
元田:私の人生に誰も踏み込ませたくないし、誰にも踏み込みたくない。
日暮:……。
元田:これが、精一杯の回答……かな。
日暮:……愛情、マリアナ海溝並みかよ……。
元田:なぜそういう結論になるのか。
日暮:あーもーヤバい、やっぱ元田さんのことめちゃくちゃ好きです。
元田:漏れてますよ。
日暮:無意識じゃないです。意識的な発言です。
元田:困ったな……。
日暮:元田さん。
元田:何でしょう。
日暮:そうやってこじらせちゃってる元田さんが大好きなので、やっぱり俺と付き合ってくれてませんか。
元田:お断りします。
日暮:じゃないとパワハラで訴えます。
元田:それは脅迫。
日暮:すみません。
クレジット
・台本(ゆるボイ!)
後輩がちょっとどうかしててヤバい
https://twitter.com/yuru_voi

・台本制作者
さざなみ
ライター情報
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※投げ銭システム(課金・無課金限らず)やPVを稼ぐことで収益のある配信方法での上演につきましても同様です。
利用実績(最大10件)
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