- 母親
- ヤンデレ
公開日2021年06月05日 18:00
更新日2021年06月05日 18:00
文字数
13114文字(約 43分43秒)
推奨音声形式
指定なし
推奨演者性別
女性演者向け
演者人数
1 人
演者役柄
指定なし
視聴者役柄
指定なし
場所
指定なし
あらすじ
かつて妖怪たちがまだ人の世に蔓延っていた時代。
あなたは守り神が居るとされる森に生贄として捧げられる。
そこに居るのはどのような妖怪をもしのぐ力を持つ大妖怪……村は彼の存在の庇護のもと生き残っていた。
彼女が発する妖気により妖怪が近づかないというただそれだけの理由、彼女は守っているわけではなく、捧げられる生贄に辟易としていた。
贄として捧げられたあなたに最初は帰るように告げるも、みなしごであることを告げると育てるといってくれる。
そして、様々なことを経験して次第に心を開いていく彼女。
しかし、それに比例するかのように彼女の力は弱まっていく
それは彼女の成り立ちに理由があった。
満たされる、とはこのことを言うのだろうな……優しい笑顔でしみじみと呟く彼女は既に自身の消滅を視野に入れていた。
しかし……
あなたは守り神が居るとされる森に生贄として捧げられる。
そこに居るのはどのような妖怪をもしのぐ力を持つ大妖怪……村は彼の存在の庇護のもと生き残っていた。
彼女が発する妖気により妖怪が近づかないというただそれだけの理由、彼女は守っているわけではなく、捧げられる生贄に辟易としていた。
贄として捧げられたあなたに最初は帰るように告げるも、みなしごであることを告げると育てるといってくれる。
そして、様々なことを経験して次第に心を開いていく彼女。
しかし、それに比例するかのように彼女の力は弱まっていく
それは彼女の成り立ちに理由があった。
満たされる、とはこのことを言うのだろうな……優しい笑顔でしみじみと呟く彼女は既に自身の消滅を視野に入れていた。
しかし……
本編
「ふぅ、またか……誰じゃ?出てくるが良い」
「……何だ、子供ではないか。おい、小童。このようなところ、お主のような子供が来るところではない。早く母の元へ帰れ」
小童 読み こわっぱ
「ん?どうしたというのじゃ?……そうか、お主、みなしごであったか。それはすまなんだ」
「しかし、のう。わらわの言うことに嘘はない。ここはお主のような子供の来るところではない。妖怪が巣くう森でな……お主のような子供なぞ恰好の獲物じゃぞ?食われてしまう前に早く人里へと戻れ」
「……何?贄じゃと? またあの村の者か……わらわは人など食わぬというに」
贄 読み にえ
「小童、わらわは別に人を守っているわけではない。結果的にそうなっているだけだ……わらわの妖気が強すぎるせいで他の妖怪があの村に寄りつかぬだけなのじゃ」
「だから、な。もう贄など捧げてくれるなと村に言いに戻ってはくれぬか?」
「……ん、そうか。贄として選ばれた以上は戻ってしまっては居場所がないか……そうさな、あの村の者であればそうするであろうな。わらわのことを森の守護を司る大妖怪だと信じ切っておるようだしのう」
「ふぅ……突き返せば、反感を買ったと思われる、か」
「うん?どうした?そんな不安そうな顔をするな。悪いようにはせん。わらわは、慈悲深い……というわけではないが、人の心を介さぬほどに薄情でもない」
「お主、居場所がないのであろう?」
「ならば、わらわとここで暮らしてみるか?」
「わらわも……ちょうど、少しばかり一人で生きることに飽いていたところでな」
「あぁ、よいよい。今日からわらわがお主の母じゃ」
場面転換
「さぁ、今日からここがお主の住処となる。遠慮なく入ると良い」
「……ん?どうした?」
「そうか……まだわらわと共に居ることに馴染めぬか。まぁ、無理もないな。わらわは人ではない、お主のような人からすれば奇妙に映ることも多かろうて」
「何だ?まだ取って食われることを心配しておるのか?」
「そのようなことなどせぬと言うておろうに……良いか?わらわの身体と人とではな根本的に成り立ちが違うのじゃ。生きていくのに血肉を必要とはせん。わらわが生きるために必要なものはな……人の情念じゃ」
「元々が人の情念の寄せ集めのような存在でな、体を維持するのに血肉を必要とするわけでは……」
腹の音
「ん、ふふっ、そうさな。お主は人だから血肉が必要であろうな。待っておれ、今、わらわが何か作ってきてやろう。良い子で待っているのじゃぞ?」
少しの間
「さぁ、たんとお食べ。足りなければわらわがまた作ってきてやるでな。ほれ、遠慮するな」
「……美味いか?」
「ふふ、そうかそうか。うんうん、美味かろうて。わらわが腕によりをかけて作ったのじゃからな」
「うん?何だ? ほう……わらわにもくれると申すのか。それはお主の分だからこちらに寄越さずとも……っ、なんだなんだ?そう泣きそうな顔をするでない」
「別にお主の手から物を貰いたくなかったわけではない……言ったであろう?わらわは血肉を必要とはせんと」
「だからな、それはお主一人で……うん?わらわと共に食べたいと申すのか?一人では、寂しいか?」
「……そうか」
「わかったわかった。わらわも共に食べよう、それで良いのだろう?」
「ふむふむ……うむ、まぁ想定内の味じゃな。わらわが作ったのだから当然じゃろうて」
「ん?不味いわけなかろう?美味いぞ?不味いものを出すわけにはいかんからな」
「……あぁ、そうさな。美味そうに見えぬのは仕方あるまい。これは本来わらわには必要のないものだからな。美味そうに食べる……人の食事風景には到底及ばんだろうて」
「ただ……な」
「少し、暖かい気分では、あるな……ふふ」
「誰かと食事を共にするなど……これまで無かったことだからな」
「よいものだな、共に食卓を囲むというのは」
食事の音
「ふふ、これこれ、そうがっつくな。食事ならばいくらでもあるというに……ふふ、微笑ましいものだな。そんなに顔に付けて……慌てずとも食事は逃げてなどゆかぬぞ?」
「ほれ、母が取ってやろう。大人しくせい」
「ふふ……」
場面転換
「ふぅ……最近、小妖怪が増えてきたのう。またか、煩わしい……わらわの妖気に阻まれて中にすら入れぬだろうに」
「うん?何じゃ?そんなにわらわの足に引っ付いて?」
「……ほう、怖いのか?あれがか?ただの化け蛙じゃぞ?」
「ほれ」
「少し妖気を浴びせかけただけで逃げていきおった……あんなのの何が怖いというのだ?」
「うん?人は、ああいうのが怖いのか?村でもああいったのに襲われていた、と……ほう」
「あれがのう……わらわには煩わしい小物にしか見えぬがのう」
「うん?何じゃ?」
「……ふむふむ、何じゃ?わらわがあの程度の妖怪に負けるはずがなかろうて、そんなに怖かったのか?」
「……一応聞くが……母は、凄かったか?」
「ほう……ほうほう……そうか、格好よかったか……ふむ」
「しかし、あれで褒められてもなぁ……ふむ、ならば今度は大ムカデの退治にでも共に行くか?母の凄いところを間近で見せてやろうぞ」
「見たことないか?大ムカデ?さっきの化け蛙よりも数倍大きくての、そうさな……わらわの数倍の大きさがあろうか?口などグワッと開ければ人の子など一飲みにっ」
「おお?何だ?何故そのような泣きそうな顔をする!?怖かったか?」
「あぁ、そうかそうか……行きたくないか。まったく、臆病者め……男の子がそのようでどうする?」
男の子 読み おのこ
「うんうん、わかったわかった。行かぬよ、わらわも行かぬとも。もちろんお主も連れて行かぬ……うん?何じゃ、失礼な。わらわは大ムカデ如きに負けはせぬというに。そうまでいうなら証拠の一つや二つでも作りに……」
「あぁ、なんだなんだ?泣くでないというに……なんじゃ?そんなにわらわが心配か?」
「ほう……ほほう……成程成程……危ない時にはお主がわらわを守ってくれるというのか?」
「そうかそうか……ふふ、おませさんめ」
「その気持ちは嬉しいが……まだお主はこの母に守られていれば良い。どんな時もわらわが命を賭けてでも守ってやるでな。遠慮せずに甘えてよいのだ」
「よしよし……愛しい子よ……お主はわらわが守ってやるからな」
場面転換
「ほ~れ、どうじゃ?これは取れるか?」
「おお、上手じゃ上手じゃ……お主は蹴鞠がどんどん上達していくのう。わらわの方が追い付けなくなりそうじゃ」
蹴鞠 読み けまり
「それっ……ほれっ……ふぅ、楽しいか?」
「……そうか、楽しいか。ふふっ、子の体力というのはほんに底なしじゃのう……妖怪であるわらわの方が先に疲れてしまうとは……少し休憩に」
「お、おいっ、休憩じゃと言うてるじゃろうに……これ、駄々をこねるでない。休憩するだけじゃ。その後も、そのまた後も、遊ぶのはいつでも出来るというに」
「……ふぅ、そんなに今したいのか?人の、こういうところだけはわらわには理解しかねるところよな。今というものにどうしてそこまで必死になるのか……」
「あぁ、これこれ、そう不安そうな顔をするでない。母はな、別に怒っているわけではない。ただ、お主のその底なしの体力には付いてゆけぬと言うておるだけでな」
「あぁ、わかったわかった……あと少しだな?本当に、少しだけやったら休憩にするぞ?分かったな?」
「……ふぅ、こんなものかの?よし、では約束通り休憩に……これ!約束したであろうに!」
「まったくもう……しょうのない奴じゃな。あと少しだけだぞ?」
場面転換
「今日も一日よく遊んだのう。ほれ、もう少しじゃ、家が見えてきたぞ。着いたら夕餉に……うん?」
夕餉 読み ゆうげ
「……寝てしまったか。これで何度目かのう?母の背がそんなに良いか?」
「…………子の身体というのは、どうしてこうポカポカと暖かいものなのじゃろうな」
「背中に感じるこの温かさ……聞こえてくる安らかな寝息……ふっ、これが、母の気持ちというものなのかのう……」
「ゆっくりと眠るがいい」
場面転換
「また、背が伸びたか?」
「ふふ、日に日に男らしい顔つきになってゆくな。まぁ、まだまだ幼子じゃがな」
幼子 読み おさなご
「ほれ、母の膝に乗れ。今日は久しぶりに星でも見ようではないか」
「うん?何じゃ?そんなに恥ずかしそうにして?母の身体に触れるなど今更恥ずかしがることではなかろうて」
「やれやれ……最近になって急に色気づきおってからに。これ!逃げるでない」
「ふふ……捕まえた。さあ、母と共に星を見よう」
「……綺麗じゃな。このようなもの、何度も見とるはずなのにのう。最近はとみに綺麗に見える」
「お主と、一緒に居るからじゃな。きっと」
「こんな感覚……昔はなかった」
「お主と共に居ると、心が安らぐ。何もかもが輝いて見える……お主は、どうじゃ?母と見る星は……?」
「どうした?そのように蛸のように顔を赤くしてからに……熱でもあるのかのう」
「……うん?なんじゃなんじゃ?声が小さくてよく聞こえぬ」
「ふむふむ……うん?くっつかれると? 胸が? ふむ」
「なんじゃ、そんなことを気にしていたのか?そんなこと気にすることではなかろうに……ほんに、人の成長とは早いものよのう」
「ふふ、そうも嫌がられるとよりくっつきたくなるものよな。うりうり、どうじゃ?母とくっついていると温かいであろう?ほれほれ、逃がしはせぬぞ~?ふふ」
「母と子の戯れだろうに、そのように遠慮するでない。少し寂しいぞ?」
「うん、よしよし……それでよいのじゃ。わらわはお主の母なのじゃからな、何も遠慮せずともよい」
「家族、なのだからな……」
「……のう?お主は、この先どうなるか考えたことはあるか?」
「……そうか。このように母と共に居て、森で暮らして、ずっとこの日々が続く、か……ふふ、そうありたいものよな」
「わらわもそう思う。お主とずっとここで母と子として暮らしていければどれほど素晴らしいか……うん」
「じゃが、な……すまぬが、それは出来そうもない」
「少し……真面目な話をしよう」
「最近、わらわの力が急速に衰えつつある。妖力が、な……消えかかっておるのじゃ」
「そう遠くないうちにわらわは消える」
「だが、な……これは、哀しいことではないのじゃ」
「病気とかそういったことではない、心配せずともよい……むしろ、これがあるべき姿」
「そうさな……きっと、満たされる、というのじゃろうな。この感覚は」
「わらわはな。お主と違い、妖怪じゃ。それは分かっておると思うが……そうさな、もう少し深い部分までお主には教えよう」
「遥か大昔のことじゃ。この森があったところにはのう、城があってな。周りには村々があり随分と栄えておったものじゃ」
「しかし、な……この城の殿がとんだ大うつけでの。城の人員を増やし、己の欲を満たすためだけにところかまわず徴兵し……最後には子供まで連れていきおった。子は宝ですぞ、そのように無理にかどわかしてはなりませぬ、と諫める乳母の言葉も聞かずに斬首までしてな」
乳母 読み めのと
「制止する者が居なくなった後は、それはもう酷かったものさ。男児は戦に出し、女児は城にて奉公をさせる……そして、成長して気に入った者は……と、これは子に聞かせるようなことではないな」
「まぁ、そんなことをしたわけだから方々からの反発も凄かったものさ。このうつけ者に関してはそれを治める手腕もなかったため家臣からの突き上げを食らって終わったわけだが……問題はその後じゃ」
「このおおうつけが死んで話が終わりではなかったのじゃ」
「さっき話したであろう?女児は城にて奉公をさせられた、と……この大うつけが阿保ほど世継ぎを残しておってのう……誰を主君に据えるかで領内全てを巻き込んだ大戦にまで発展したものじゃ」
「しかも、じゃ。この子らがのう……戦いの仕方など親のやり方しか知らぬゆえな。今度は世継ぎを名乗る者と同じ数だけ同じことが起きたわけじゃ」
「被害はあの殿のざっと数倍に及ぶな」
「数が数ゆえにな……今度は見境なしじゃった。ほんに死んでても生きてても害になる殿よな」
「かつてと同じように、成人済みの男は戦に駆り出され……それでも足らぬと子を連れ出し、女児は次代の母にと持っていかれ……そのような事態を見過ごすことは出来ぬと代わりにと言い出し老人まで出兵する始末」
「領内は驚くほどの速さで衰退していったものさ。他人の手垢の付いた女人など要らぬと母の見る前で子を攫って行くのだからな……懸命なものはさっさとこの地を後にしたものさね」
女人 読み にょにん
「戦乱が激化するにつれて……しかし、戦いはどんどん地味なものになっていったものさ。何故か分かるか?」
「……そうか。分からぬか。分からぬのならばそれでよい。お主はそのまま大きくなってくれればよい」
「さて、答えを言うとするかの……といっても考えるまでもないことじゃがの」
「人が、死に過ぎた」
「最初こそ派手に争っていったさ。しかし、横暴なやり方を見れば見限る者も出る。人の命など考えぬやり方をしているから被害も大きい……むざむざ死にに行かせるようなものさ」
「前線を任されたのはな。親元からかどわかしてきた子供たちじゃ。技術も経験もないゆえに死んでも惜しくないと考えたのだろうな。戦を経験した腕のある者たちは自分たちの近くに集め、自分は安全なところで眺めて……かどわかしてきた男児たちが涙をこらえながらも必死に戦うのを……かどわかしてきた女児に世話されながら見とったわけじゃ」
「そのような状況になっていると知れば……要らぬと残されてきた母たちはどうすると思う?」
「子を取り返そうと押し寄せた。高貴な方であろうともはや許すことは出来ぬと怒りの表情で……で、ここからがまた語るにも胸の悪くなるしょうもない話なのじゃがな」
「母親たちは全て斬り殺された。それも、子供たちの見る前で……見せしめとしてな」
「下らぬ話じゃ」
「うつけどもの内輪もめに巻き込まれ、子を奪われ、殺されて……民草にとってはいい迷惑じゃろうて」
「で、そのような阿呆なことをしてる間に隣国に責め滅ばされたのだから笑いも出来ない下らぬ喜劇なわけじゃがな」
「以降、この地は忌まわしきことのあった場所として封じられたわけじゃ。そのうえ、ここを占領した殿がこれまた人柄の良い仏様のようなものだったからめでたしめでたし、というわけじゃがな」
「……最初からそうであれば、わらわも生まれなんだが……」
「ふふ、そうなればこうしてお主と穏やかな時間を過ごすこともなかったでな……その辺りは感謝することか」
「うんうん……ふふ、すまぬな。幼子にはまだ話が難し過ぎたかの?」
「簡単に言うとな。わらわはその時に切り殺された母親たちの無念や恨み、子を守りたいという思いが集まって生じた妖なわけじゃ」
妖 読み あやかし
「本来であればこのような成り立ちのものは高等な妖怪にはなり得ぬ。それほどの力を手に入れることも出来んわけじゃが……数が数ゆえな。わらわはあれほどまでの力を備えるに至ったわけだ」
「わらわの口調が、どことなく可笑しなものなのもその影響じゃ。様々な出自の女子たちの想念によって出来ておるからこうなっとるわけじゃ」
「うん?そうか……お主は可笑しなこととは思わなんだか。そうさな、お主はわらわの言うことしか知らぬものな」
「よしよし……ふふ、こうして頭を撫でられるのもあと何度になるか」
「お主の身の振り方を考えておかねばならぬかもしれぬな……ずっとずっと守ってやりたかったが……あぁ、それだけは口惜しい」
「じゃが、な……わらわは満足じゃ。成り立ちが成り立ちゆえな、子を愛そうにも出来なんだ……なにせ、人が憎いからのう」
「それに、わらわは子を成すことが出来ぬ。子を守りたい、子を愛したい……そうすればきっとわらわに巣くう怨念も浄化されて消えることが出来るだろうことは分かっておったが」
「……まだ子供であるお主には分からぬかもしれぬが、如何に子を愛そうと連れてきたとして、だ。その子には母がおる、父もおる……わらわの、本当の子ではない」
「その辺りがな……わらわが人と関わろうともせずにここに引きこもっておった理由じゃ。美しき女子の姿をしてるのも、強大な力を持つのも、全ては子に好かれ守りきるため……」
女子 読み おなご
「のう?」
「お主はな、わらわだけでなくかつての大戦で子を失った数多の母たちを救ったというわけじゃ」
「お主は凄いなぁ」
「うん……こうして触れ合っているだけで妖気が浄化され、消えていく……わらわはきっとお主に救われて消えていくのであろうな」
「おぉ!?どうした?そのように暴れて?」
「……うん?消えて欲しくないから触って欲しくないのか?」
「しかしな、これは……別に悪いことでは」
「わぁ、よせよせ。泣くでない!母はお主に泣かれるのが一番堪えるのじゃ……ほれ、母の元に来い。慰めてやるでな」
「……ふぅ、これ。あまり我が儘を言うでない。これは正しいことだと言うとろうに」
「はぁ……分かった分かった。わらわは消えたりなどせぬ、居なくなったりなどせぬと約束しようではないか。じゃから、ほれ?もちっとちこう寄れ。寂しいではないか」
「うん、よしよし……お主は母の言うことを聞いていればよい……このまま健やかに過ごしてくれればそれでよい」
「あぁ、母と共に星を見よう……」
「うん……そうさな」
「お主が、わらわの元を巣立つまで頑張って生きてみるのも良いかもしれぬな……」
場面転換
朗読
それからわらわと子は慎ましくも穏やかな時を過ごしていった。
笑い、泣き、一緒に飯を食べ、一緒に森の中を練り歩き……ささやかながらも幸せな日々であった。
こんな日が、このわらわの力が完全に消えて……この子の巣立ちを見守るその時まで続くと、そう信じておった。
じゃが……
朗読終了
「むっ……この気配は……」
「……ん?あぁ、何でもない。お主は気にする必要のないことじゃ。今日は少し早いがもうおやすみ」
「母は少し出てくるが……そうさな」
「約束じゃ。わらわがここに戻るまで決して外へ出てはならぬ。何が聞こえても、何があっても……ここで母の帰りを待っているのじゃぞ?」
「うん。良い子だ……おやすみ」
少し間を空けて
「出てくるがよい。そこに居るのは分かっておる!それとも……顔も見せずに死にたいかっ!?」
「む?お主らは……っ!何のつもりじゃっ!?いきなり破魔の札なぞ飛ばしおって!」
破魔の札 読み はまのふだ
「くっ……くぅぅ、っ!うつけ者どもがぁっ……わらわをっ!甘く見るなああああっ!」
「……チッ、思ったよりも力が出ぬ」
「はぁ……用件はもう分かっておる。わらわを討滅しようというのだろう? お主らが何者なのかも、もう見当は付いた」
「お主ら、退魔士じゃな?」
「ほう、そうかそうか。村の者に雇われたか。力が弱まった今、わらわを消すのには絶好の機会と踏んだか……くくく、愚かな」
「確かにな。わらわは今、弱まっておる」
「わらわが生きていたうえで最も弱い状態であると言えようさ。じゃが、な」
「負けはせぬ」
「わらわには守るものがあるでな……容赦せぬぞ?」
「弱まっているから勝てると踏んだのがお主らの驕りよっ!」
「ふっ、くふふふふふっ、そうさ。今までは手加減しておった。全力を出したことなどいつのことか……ふん、鬱陶しい」
「その程度の結界がなんだというのじゃ?わらわを本気で止められると思うておるのか?」
「……チッ、戦における連携に関してはほんに上手よな。数を頼みにのしあがっただけはあるな、人というのは」
「くっ……うぐっ……チィッ……わらわにっ、触れるなっ!」
「はははははははっ!死んだ後でもその減らず口が叩けるか?それっ!死ぬが良……チッ!ふきとべっ!」
小声↓
「いかん……あの子の前で、殺すことは出来ぬ……人を殺す母の姿を、見せるわけにはいかぬ」
小声終了
「うん?少し興が削がれただけじゃ。そうさな、殺すのは止めにしよう。大けがを負って惨めにも村に逃げ帰り依頼は果たせなかったと報告させてやろうぞ」
「さぁ、疾くこの場から消え失せるが良いっ!」
少し間を空けて
「はぁ……はぁ……存外にやるな?まさか、ここまでしぶといとはのう」
小声↓
「チッ……殺せぬのが仇となったか……戦線復帰している奴もおる……一息に殺せれば……いや、それは言うまいて」
小声終了
「くっ……あぅっ、くっ。ふん、破魔の札もこれで品切れであろう?少々疲れてきたのではないか?」
「別に帰っても構わんのだぞ?そして、二度とわらわの元へと来てくれるな」
「ぐっ……ええい、邪魔じゃっ!」
「はぁ、はぁ……ふ、ふふふっ、まだ……まだ死なぬさ。良いのか?無駄な怪我を増やすだけだぞ?」
「わらわを討滅したところで村への被害は変わらぬ。わらわがけしかけているとでも思いこんでおるのか?そんなことが出来ればこの場に他の妖を呼んでいるとは思わんか?」
「……チッ、そうか。わらわを消すことで名を上げるのが目的か……そうかそうか。ならばここで退くわけにはいかぬわけよな?」
「功名心に駆られた屑どもが……だが、わらわもお主らなぞにやられてやるわけにはいかぬ」
「護るべき者のある強さ……その身にしかと刻み込むがっ……っ!?」
「たわけっ!何故出てきおったっ!わらわと約束を……っ、いかんっ!」
「ぐっ!うあああああああああああああっ!うぐっ」
「う、うぅ……大丈夫……大丈夫じゃ、そう泣きそうな顔をするで、ない……わらわは、別に、お主のことを怒って、なぞ……あぅっ!」
「やめ、ろ……その子に、手を、出すなっ……その子は、その子、だけはっ」
「あああああああああっ!うぐっ……駄目じゃ、力が、足りぬ……どうにも、出来ぬ……おの、れぇ」
「約束、じゃ……その子を、その子を……幸せに、生活、させる、と……頼む……頼む……」
「あぁ……あぁ……すまぬ、至らぬ母を、許して、とは言わぬ」
「泣くでない……きっと、いつか、わらわが、お主を……むかえ、に」
「うああああああああああぁっ、あ……あぅっ……」
パタリ、と伸ばした手が地に落ちる音
それから回想シーンぽく
わらわが、きっとお主を迎えに行くでな
場面転換
電流の流れる音
「っ!……結界か。今のわらわではどうすることも出来ぬ」
「あの子は……幸せに、暮らせているであろうか?」
「母に会いたいと、泣いていないであろうか?」
「すまぬ……すまぬ……母が弱かったばっかりに……お主を手放すことになってしまった……幸せであれば、それでよいのじゃが」
「…………そうさな。あの子は人じゃ。妖であるわらわと共に在るよりも、それが自然な形じゃろうて……うん」
「きっと……きっと……幸せに……っ」
最後は泣きそうな感じで
それから場面転換
「……相も変わらずの結界か。下らぬ」
「さあ、行くぞ。案内せい、わらわの子の所に連れていってくれるのじゃろう?」
「うん?結界?はぁ、下らぬことを聞くな。今のわらわにはそのようなものなど通用するか……あの時に、これほどの力があればよかったのじゃがな」
「チッ、何でもない。聞き返すな」
「それより、ほれ?はよう案内せい、子が待っておる」
少し間を空けて
「…………これが、わらわの子か?」
冷たい声で
「そうか……この墓石の下にのう……そうかそうか……何故じゃ?」
「何故じゃと聞いておるっ」
「どうしてわらわの子がここに眠ることになった?いつこうなった?なぜそうなった?知ってることは全て話せ、さもないと……」
「……待て。その前に聞くことが出来たぞ」
「何故この墓だけこうも粗末に扱われておる?何故こんなに汚れておる?」
「……誰も、手入れする者がおらぬのか?」
「………………く、くく、く………くははははははははっ、そうか。人の子なのだから人の世の方が幸せに暮らせると思ったわらわが間違いであったか」
「一度妖の元で暮らした者は同じ人とは認めぬかっ」
「この……下衆がぁっ!」
「この墓は持っていく。このようなところで埋葬されるのではわらわの子が安心して眠れぬゆえな」
「……あぁ、そういえばお主に手間賃を払うのを忘れておったな」
「何じゃ?その怯えた顔は?」
「愚かな……案内を頼んだときにも言ったであろう?わらわも子を持つ母じゃ。愛する子が見てる前で人を殺したりなどせぬと」
「そう……見ているのであれば、な」
「死ね」
「ふっ、くふふふふっ、あははははははははっ」
泣き笑いのような感じで
「皮肉なものよな。かつては消えても良いと思っておったのに……守りたいと思っておった時には力が足りなかったというのに」
「今になってこうも力が溢れてくるとはのう……く、くくくくくくっ」
「許さぬ……決して生かしてはおかぬぞ。わらわの子をこのような目に遭わせた下等な屑人間共がっ!」
「ことごとく殺しつくし、あの世でわらわの子へ詫びを入れさせてくれるわっ!」
朗読
それから幾日の月日が流れたか……
あの子の居なくなった毎日は色褪せたようでもう覚えてはおらぬ。
村の者はわらわの手に掛かってあっけなく死を迎えた。
わらわの元からあの子を奪い去った退魔士の一族も残さず根絶やしにした。
あとに残ったのは……何もない空虚な己のみ。
しかし、消えることも出来ずにわらわは日々を無為に過ごす他なかった。
ただ、そこに居るというだけで増していく妖力。
恨みや憎しみといった負の想念が妖力の元だとすれば、わらわはそれを無尽蔵に高めることが出来る器のようなものに成り果てていた。
なにせ……考えることなぞ、一つだけなゆえ。
恨みが尽きぬ。
憎しみが尽きぬ。
あの子が居ない。
もうこの世に居ない……
もはや守るものなど無いというのに力だけが際限なく高まっていって……
わらわの、生きる意味は何であろうか?
朗読終了
チャイムの音
「今日の授業は終了だ。小童ども疾く家に帰れ」
「はぁ、うるさい。わらわ……コホン、私は疲れているんだ。お主らと話しておる暇などない。ったく、煩わしい」
足音
「ふぅ……子、か」
「学び舎で教師をしていれば接する機会も増えるだろうが……やはり、満たされぬか」
「…………はぁ、写真、か。あの頃にそう言ったものがあれば、いつでもあの子の顔を見れたというに……」
小声
「……まだ、思い出せる……まだ、覚えている……はっきりと……何もかも……あの子の、笑顔を……」
小声終了
「ふぅ……生まれ変わり、か。信じて待ってはいるが、な……本当に、そのようなことなどあるのだろうか?」
「……うん?どうした?早く帰れ、ここは生徒の来るところではないぞ?」
「さっさと家に……っ」
電流の流れる音
「馬鹿な……血の結界じゃと?しかし、あの一族は、わらわが……」
「待て。待ちなさい、少し話をしようではないか。こっちに来なさい」
扉の締める音
小声で
「…………何じゃ?この者の魂を見通すことが出来ぬ……身体に流れる退魔の血に守られておるのか?しかし……しかし」
小声終了
「っ、今の、声、は……」
「あ、あぁ、な、何でもない……何でもないぞ?わらわ……私のことは気にしなくてもいい。それよりほら、話しにくいだろう?マスクを取ってもいいぞ?」
「ここには口うるさく言う人も居ないからな。私も付けていないし、ほら……」
思考のように↓
!この、顔……この、声……この子は……この、子はっ!
「あ、はは、は、悩みでもあるのかな?先生に話してごらん」
「ん、そう……そうか……家に、帰りたくないのか」
「それは、何故?」
「………………そう……そうか。身体が傷だらけなのも、それが理由か……しつけにしては度が過ぎているな……家庭内暴力、それに育児放棄、か……おのれぇ」
「ん、あぁ、すまなんだ。わらわの素直な気持ちがつい……コホン、家庭内暴力といったものを許せない私の素直な感想だ、気にしなくてよい」
「うん?あぁ、さっきの口調な。実は、あっちの方が素なんだ。でも、日常でそれじゃ可笑しいから普段は我慢してるわけさ」
「ん?そうか?……あぁ、そうさな。ここには二人だけだものな。取り繕う必要もなし、か」
「ふふ、ならば普段のわらわに戻るとしよう……その方がお主も……何か思うことがあるかもしれぬでな」
「どうじゃ?これがわらわの本来の姿じゃ……うむ、わらわは人ではない。今はすっかり見なくなってしまったがの、妖、と呼ばれるものじゃ」
「どうじゃ?」
「……ふふ、くふふふふふっ、そうかそうか、懐かしい、か。理由は分からずともそう思うてくれるのじゃな、ふふ」
「うん?何じゃ?そうか、あまりの変わりように面食らってるわけか」
「まぁ、無理もない。わらわの髪も瞳も、人に化けておる時では色が違うからのう。まぁ、昔と比べるとこの姿でも少し差異があるわけじゃが」
「そうさな……長く生きておるとな、色々とあるものでな。わらわも生きるために大分無理をした……瞳の色が左右で異なるのも、髪の色が白と黒の斑であるのもそれが理由じゃ。わらわを構成するモノとは少し異なる想念を生きるために取り込んだゆえな……」
「まぁ、わらわの話は別に良い。それより、お主の話じゃ」
「帰りたく、ないのじゃろう?」
「わらわはな……困っている子を放っておけぬ。愛しい愛しい我が子のように助けたくなってしまう……そう、それも特に今この瞬間はかつてないほどにな」
「話せ。吐き出せば、楽になるものもあるぞ?」
抱き締める音
「っ、ぅ……くく、ふふふふっ、あぁ、直接この手に抱いてはっきり分かった……生まれてきたのじゃな? わらわの元に戻ってきてくれたのじゃな?」
「あぁ、痛い、痛い痛い……退魔士どもめ、わらわの子に血を混ぜよって……だが、今この時だけは感謝せねばなるまいな……こうして、抱いて、頭を撫でることが出来るのだからな」
「うん?何を言っているのか、分からないか?」
「そうさな……なら、わらわがお主に全てを教えるとしよう。あの時と同じように、な」
「お主が家族に酷いことをされる理由は、な」
「お主が、その女の腹から生まれたというだけで本当の家族ではないからじゃ。だから、迫害される。だから、酷く痛めつけられる……」
「お主の本当の家族は……この、わらわじゃ」
「わらわこそが本当の母、本当の家族……血や体などという死ねば消えるものではない、魂と魂の繋がりじゃ」
「おぬしは……妖怪の子なのじゃ」
「そんな顔をするな。良いではないか?妖怪の子でも」
「人の世で生きて……何か良いことがあったか?」
「酷いことをされるだけじゃ。今も……そして」
「昔も、な」
「思い出せぬか……そうか。じゃが、案ずることはない。それはこれからゆっくりと思い出していけば良い」
「今度こそ手放したりなどせぬ」
「わらわがいつまでもいつまでも傍に居る」
「何があってもお主を守ってゆくぞ?あぁ、今度こそ、のう」
「ふふ、くふふふふふふふふっ!喜べ、今日からわらわと共に暮らすことになるのじゃ。お主を傷つけるような偽りの父と母が居る家になど帰る必要はない」
「二人で、共に暮らそう。あの時のように、な」
「一緒に星を見て……一緒に床に入って……共に飯を食い、共に遊び……あぁ、ぁぁあ!ようやく戻ってきたのだな、あの時が!」
「さぁ、わらわと共に行こう」
「……何じゃ?わらわの、手を取ってくれぬのか?」
「怖い?わらわが、か?」
「…………そうか」
「……そうさな。実を言うと、わらわはもうお主の母だった頃のわらわではない。退魔士に討滅される、その寸前にまであったわらわは……もう手段を選んでなぞいられなかった。ところかまわず負の念を取り込み、体を繋ぎ合わせて……どうにか生きながらえた」
「わらわは……子を思う母の想念が寄り集まった妖であったが、今は違う」
「人の負の念が寄り集まって出来ておる……だから、お主に向けるこの想いも、きっと母が子を思うそれからは少し歪んで、変わったものになっているだろうことも否定は出来ぬ」
「だが、な」
「決めたのじゃ。もう離さぬ……今度会えたのならばこの手で抱き締めて、絶対に不幸な目になどあわせない……そう、決めたのじゃ」
「わらわのこの想いも……怖いと申すか?」
「ふふ、そうか。家族想いなのじゃな……それでも、両親のもとに戻りたい、か」
「ならば仕方なかろうて。わらわが真の母としてお主の今世での両親に話を付けに行ってやろう。お主はわらわが連れていく、これは絶対じゃからな」
「案ずるな……きっと良い方向に話が向かう。父と母の喧嘩を見ることなどもう今後一切なかろうて……全てをわらわに任せると良い」
キス音
「よく眠れるまじないじゃ。お主が寝ている間に話を付けてきてやる……安心して眠るといいさ」
「おやすみ」
「ふふ……くふふふふふふふっ」
少し間を空けて
冷たい声で
「さて……では、その偽りの父と母……消しに行くか。心優しいわらわの子の心をこんなに痛めつけおって……次はお主らが同じ目に遭う番じゃぞ?屑人間が」
「くく、くくくくくくくくくっ」
「あぁ、楽しみだ……愛しい……愛しい、愛しいわらわの子!」
「ようやっと……巡り会えた。ようやっと、わらわの元に戻ってくれた……」
「うむ、そうじゃな……あの時は、お主一人で待っているように言ったから駄目だったのじゃな、きっと。母と共に行こうな?久方ぶりに母がおぶってやるでな」
「くく、くくくくくくっ」
「血を、入れ替えんとな……少しずつ、少しずつ、退魔士の血を消して、わらわの妖気を……あぁ、なんて楽しみなんじゃ」
「のう?久々に会ったのじゃから、こうして眠っているときに話しかけることも許しておくれ?」
「お主はずっとわらわの元に居れば良い。わらわの所だけがお主の幸せじゃ」
「ふふ、そうさな。嫁が欲しければ母と夫婦になればよい。幼き頃に言っていたようにな、母をお嫁にすればいい」
夫婦 読み めおと
「ふふ、くふふふふふふふふっ!」
「温かいのう……子供の身体というのは」
「のう?」
「愛しいわらわの子よ……これからずっと、わらわと一緒に暮らそうな?」
「もうお主を手放したりなどせぬ……二人でず~っと、過ごそうな?」
「母の元を離れるでないぞ?」
「いつまでもいつまでも……母がお主を幸せにしてやるからな……ふふっ」
「……何だ、子供ではないか。おい、小童。このようなところ、お主のような子供が来るところではない。早く母の元へ帰れ」
小童 読み こわっぱ
「ん?どうしたというのじゃ?……そうか、お主、みなしごであったか。それはすまなんだ」
「しかし、のう。わらわの言うことに嘘はない。ここはお主のような子供の来るところではない。妖怪が巣くう森でな……お主のような子供なぞ恰好の獲物じゃぞ?食われてしまう前に早く人里へと戻れ」
「……何?贄じゃと? またあの村の者か……わらわは人など食わぬというに」
贄 読み にえ
「小童、わらわは別に人を守っているわけではない。結果的にそうなっているだけだ……わらわの妖気が強すぎるせいで他の妖怪があの村に寄りつかぬだけなのじゃ」
「だから、な。もう贄など捧げてくれるなと村に言いに戻ってはくれぬか?」
「……ん、そうか。贄として選ばれた以上は戻ってしまっては居場所がないか……そうさな、あの村の者であればそうするであろうな。わらわのことを森の守護を司る大妖怪だと信じ切っておるようだしのう」
「ふぅ……突き返せば、反感を買ったと思われる、か」
「うん?どうした?そんな不安そうな顔をするな。悪いようにはせん。わらわは、慈悲深い……というわけではないが、人の心を介さぬほどに薄情でもない」
「お主、居場所がないのであろう?」
「ならば、わらわとここで暮らしてみるか?」
「わらわも……ちょうど、少しばかり一人で生きることに飽いていたところでな」
「あぁ、よいよい。今日からわらわがお主の母じゃ」
場面転換
「さぁ、今日からここがお主の住処となる。遠慮なく入ると良い」
「……ん?どうした?」
「そうか……まだわらわと共に居ることに馴染めぬか。まぁ、無理もないな。わらわは人ではない、お主のような人からすれば奇妙に映ることも多かろうて」
「何だ?まだ取って食われることを心配しておるのか?」
「そのようなことなどせぬと言うておろうに……良いか?わらわの身体と人とではな根本的に成り立ちが違うのじゃ。生きていくのに血肉を必要とはせん。わらわが生きるために必要なものはな……人の情念じゃ」
「元々が人の情念の寄せ集めのような存在でな、体を維持するのに血肉を必要とするわけでは……」
腹の音
「ん、ふふっ、そうさな。お主は人だから血肉が必要であろうな。待っておれ、今、わらわが何か作ってきてやろう。良い子で待っているのじゃぞ?」
少しの間
「さぁ、たんとお食べ。足りなければわらわがまた作ってきてやるでな。ほれ、遠慮するな」
「……美味いか?」
「ふふ、そうかそうか。うんうん、美味かろうて。わらわが腕によりをかけて作ったのじゃからな」
「うん?何だ? ほう……わらわにもくれると申すのか。それはお主の分だからこちらに寄越さずとも……っ、なんだなんだ?そう泣きそうな顔をするでない」
「別にお主の手から物を貰いたくなかったわけではない……言ったであろう?わらわは血肉を必要とはせんと」
「だからな、それはお主一人で……うん?わらわと共に食べたいと申すのか?一人では、寂しいか?」
「……そうか」
「わかったわかった。わらわも共に食べよう、それで良いのだろう?」
「ふむふむ……うむ、まぁ想定内の味じゃな。わらわが作ったのだから当然じゃろうて」
「ん?不味いわけなかろう?美味いぞ?不味いものを出すわけにはいかんからな」
「……あぁ、そうさな。美味そうに見えぬのは仕方あるまい。これは本来わらわには必要のないものだからな。美味そうに食べる……人の食事風景には到底及ばんだろうて」
「ただ……な」
「少し、暖かい気分では、あるな……ふふ」
「誰かと食事を共にするなど……これまで無かったことだからな」
「よいものだな、共に食卓を囲むというのは」
食事の音
「ふふ、これこれ、そうがっつくな。食事ならばいくらでもあるというに……ふふ、微笑ましいものだな。そんなに顔に付けて……慌てずとも食事は逃げてなどゆかぬぞ?」
「ほれ、母が取ってやろう。大人しくせい」
「ふふ……」
場面転換
「ふぅ……最近、小妖怪が増えてきたのう。またか、煩わしい……わらわの妖気に阻まれて中にすら入れぬだろうに」
「うん?何じゃ?そんなにわらわの足に引っ付いて?」
「……ほう、怖いのか?あれがか?ただの化け蛙じゃぞ?」
「ほれ」
「少し妖気を浴びせかけただけで逃げていきおった……あんなのの何が怖いというのだ?」
「うん?人は、ああいうのが怖いのか?村でもああいったのに襲われていた、と……ほう」
「あれがのう……わらわには煩わしい小物にしか見えぬがのう」
「うん?何じゃ?」
「……ふむふむ、何じゃ?わらわがあの程度の妖怪に負けるはずがなかろうて、そんなに怖かったのか?」
「……一応聞くが……母は、凄かったか?」
「ほう……ほうほう……そうか、格好よかったか……ふむ」
「しかし、あれで褒められてもなぁ……ふむ、ならば今度は大ムカデの退治にでも共に行くか?母の凄いところを間近で見せてやろうぞ」
「見たことないか?大ムカデ?さっきの化け蛙よりも数倍大きくての、そうさな……わらわの数倍の大きさがあろうか?口などグワッと開ければ人の子など一飲みにっ」
「おお?何だ?何故そのような泣きそうな顔をする!?怖かったか?」
「あぁ、そうかそうか……行きたくないか。まったく、臆病者め……男の子がそのようでどうする?」
男の子 読み おのこ
「うんうん、わかったわかった。行かぬよ、わらわも行かぬとも。もちろんお主も連れて行かぬ……うん?何じゃ、失礼な。わらわは大ムカデ如きに負けはせぬというに。そうまでいうなら証拠の一つや二つでも作りに……」
「あぁ、なんだなんだ?泣くでないというに……なんじゃ?そんなにわらわが心配か?」
「ほう……ほほう……成程成程……危ない時にはお主がわらわを守ってくれるというのか?」
「そうかそうか……ふふ、おませさんめ」
「その気持ちは嬉しいが……まだお主はこの母に守られていれば良い。どんな時もわらわが命を賭けてでも守ってやるでな。遠慮せずに甘えてよいのだ」
「よしよし……愛しい子よ……お主はわらわが守ってやるからな」
場面転換
「ほ~れ、どうじゃ?これは取れるか?」
「おお、上手じゃ上手じゃ……お主は蹴鞠がどんどん上達していくのう。わらわの方が追い付けなくなりそうじゃ」
蹴鞠 読み けまり
「それっ……ほれっ……ふぅ、楽しいか?」
「……そうか、楽しいか。ふふっ、子の体力というのはほんに底なしじゃのう……妖怪であるわらわの方が先に疲れてしまうとは……少し休憩に」
「お、おいっ、休憩じゃと言うてるじゃろうに……これ、駄々をこねるでない。休憩するだけじゃ。その後も、そのまた後も、遊ぶのはいつでも出来るというに」
「……ふぅ、そんなに今したいのか?人の、こういうところだけはわらわには理解しかねるところよな。今というものにどうしてそこまで必死になるのか……」
「あぁ、これこれ、そう不安そうな顔をするでない。母はな、別に怒っているわけではない。ただ、お主のその底なしの体力には付いてゆけぬと言うておるだけでな」
「あぁ、わかったわかった……あと少しだな?本当に、少しだけやったら休憩にするぞ?分かったな?」
「……ふぅ、こんなものかの?よし、では約束通り休憩に……これ!約束したであろうに!」
「まったくもう……しょうのない奴じゃな。あと少しだけだぞ?」
場面転換
「今日も一日よく遊んだのう。ほれ、もう少しじゃ、家が見えてきたぞ。着いたら夕餉に……うん?」
夕餉 読み ゆうげ
「……寝てしまったか。これで何度目かのう?母の背がそんなに良いか?」
「…………子の身体というのは、どうしてこうポカポカと暖かいものなのじゃろうな」
「背中に感じるこの温かさ……聞こえてくる安らかな寝息……ふっ、これが、母の気持ちというものなのかのう……」
「ゆっくりと眠るがいい」
場面転換
「また、背が伸びたか?」
「ふふ、日に日に男らしい顔つきになってゆくな。まぁ、まだまだ幼子じゃがな」
幼子 読み おさなご
「ほれ、母の膝に乗れ。今日は久しぶりに星でも見ようではないか」
「うん?何じゃ?そんなに恥ずかしそうにして?母の身体に触れるなど今更恥ずかしがることではなかろうて」
「やれやれ……最近になって急に色気づきおってからに。これ!逃げるでない」
「ふふ……捕まえた。さあ、母と共に星を見よう」
「……綺麗じゃな。このようなもの、何度も見とるはずなのにのう。最近はとみに綺麗に見える」
「お主と、一緒に居るからじゃな。きっと」
「こんな感覚……昔はなかった」
「お主と共に居ると、心が安らぐ。何もかもが輝いて見える……お主は、どうじゃ?母と見る星は……?」
「どうした?そのように蛸のように顔を赤くしてからに……熱でもあるのかのう」
「……うん?なんじゃなんじゃ?声が小さくてよく聞こえぬ」
「ふむふむ……うん?くっつかれると? 胸が? ふむ」
「なんじゃ、そんなことを気にしていたのか?そんなこと気にすることではなかろうに……ほんに、人の成長とは早いものよのう」
「ふふ、そうも嫌がられるとよりくっつきたくなるものよな。うりうり、どうじゃ?母とくっついていると温かいであろう?ほれほれ、逃がしはせぬぞ~?ふふ」
「母と子の戯れだろうに、そのように遠慮するでない。少し寂しいぞ?」
「うん、よしよし……それでよいのじゃ。わらわはお主の母なのじゃからな、何も遠慮せずともよい」
「家族、なのだからな……」
「……のう?お主は、この先どうなるか考えたことはあるか?」
「……そうか。このように母と共に居て、森で暮らして、ずっとこの日々が続く、か……ふふ、そうありたいものよな」
「わらわもそう思う。お主とずっとここで母と子として暮らしていければどれほど素晴らしいか……うん」
「じゃが、な……すまぬが、それは出来そうもない」
「少し……真面目な話をしよう」
「最近、わらわの力が急速に衰えつつある。妖力が、な……消えかかっておるのじゃ」
「そう遠くないうちにわらわは消える」
「だが、な……これは、哀しいことではないのじゃ」
「病気とかそういったことではない、心配せずともよい……むしろ、これがあるべき姿」
「そうさな……きっと、満たされる、というのじゃろうな。この感覚は」
「わらわはな。お主と違い、妖怪じゃ。それは分かっておると思うが……そうさな、もう少し深い部分までお主には教えよう」
「遥か大昔のことじゃ。この森があったところにはのう、城があってな。周りには村々があり随分と栄えておったものじゃ」
「しかし、な……この城の殿がとんだ大うつけでの。城の人員を増やし、己の欲を満たすためだけにところかまわず徴兵し……最後には子供まで連れていきおった。子は宝ですぞ、そのように無理にかどわかしてはなりませぬ、と諫める乳母の言葉も聞かずに斬首までしてな」
乳母 読み めのと
「制止する者が居なくなった後は、それはもう酷かったものさ。男児は戦に出し、女児は城にて奉公をさせる……そして、成長して気に入った者は……と、これは子に聞かせるようなことではないな」
「まぁ、そんなことをしたわけだから方々からの反発も凄かったものさ。このうつけ者に関してはそれを治める手腕もなかったため家臣からの突き上げを食らって終わったわけだが……問題はその後じゃ」
「このおおうつけが死んで話が終わりではなかったのじゃ」
「さっき話したであろう?女児は城にて奉公をさせられた、と……この大うつけが阿保ほど世継ぎを残しておってのう……誰を主君に据えるかで領内全てを巻き込んだ大戦にまで発展したものじゃ」
「しかも、じゃ。この子らがのう……戦いの仕方など親のやり方しか知らぬゆえな。今度は世継ぎを名乗る者と同じ数だけ同じことが起きたわけじゃ」
「被害はあの殿のざっと数倍に及ぶな」
「数が数ゆえにな……今度は見境なしじゃった。ほんに死んでても生きてても害になる殿よな」
「かつてと同じように、成人済みの男は戦に駆り出され……それでも足らぬと子を連れ出し、女児は次代の母にと持っていかれ……そのような事態を見過ごすことは出来ぬと代わりにと言い出し老人まで出兵する始末」
「領内は驚くほどの速さで衰退していったものさ。他人の手垢の付いた女人など要らぬと母の見る前で子を攫って行くのだからな……懸命なものはさっさとこの地を後にしたものさね」
女人 読み にょにん
「戦乱が激化するにつれて……しかし、戦いはどんどん地味なものになっていったものさ。何故か分かるか?」
「……そうか。分からぬか。分からぬのならばそれでよい。お主はそのまま大きくなってくれればよい」
「さて、答えを言うとするかの……といっても考えるまでもないことじゃがの」
「人が、死に過ぎた」
「最初こそ派手に争っていったさ。しかし、横暴なやり方を見れば見限る者も出る。人の命など考えぬやり方をしているから被害も大きい……むざむざ死にに行かせるようなものさ」
「前線を任されたのはな。親元からかどわかしてきた子供たちじゃ。技術も経験もないゆえに死んでも惜しくないと考えたのだろうな。戦を経験した腕のある者たちは自分たちの近くに集め、自分は安全なところで眺めて……かどわかしてきた男児たちが涙をこらえながらも必死に戦うのを……かどわかしてきた女児に世話されながら見とったわけじゃ」
「そのような状況になっていると知れば……要らぬと残されてきた母たちはどうすると思う?」
「子を取り返そうと押し寄せた。高貴な方であろうともはや許すことは出来ぬと怒りの表情で……で、ここからがまた語るにも胸の悪くなるしょうもない話なのじゃがな」
「母親たちは全て斬り殺された。それも、子供たちの見る前で……見せしめとしてな」
「下らぬ話じゃ」
「うつけどもの内輪もめに巻き込まれ、子を奪われ、殺されて……民草にとってはいい迷惑じゃろうて」
「で、そのような阿呆なことをしてる間に隣国に責め滅ばされたのだから笑いも出来ない下らぬ喜劇なわけじゃがな」
「以降、この地は忌まわしきことのあった場所として封じられたわけじゃ。そのうえ、ここを占領した殿がこれまた人柄の良い仏様のようなものだったからめでたしめでたし、というわけじゃがな」
「……最初からそうであれば、わらわも生まれなんだが……」
「ふふ、そうなればこうしてお主と穏やかな時間を過ごすこともなかったでな……その辺りは感謝することか」
「うんうん……ふふ、すまぬな。幼子にはまだ話が難し過ぎたかの?」
「簡単に言うとな。わらわはその時に切り殺された母親たちの無念や恨み、子を守りたいという思いが集まって生じた妖なわけじゃ」
妖 読み あやかし
「本来であればこのような成り立ちのものは高等な妖怪にはなり得ぬ。それほどの力を手に入れることも出来んわけじゃが……数が数ゆえな。わらわはあれほどまでの力を備えるに至ったわけだ」
「わらわの口調が、どことなく可笑しなものなのもその影響じゃ。様々な出自の女子たちの想念によって出来ておるからこうなっとるわけじゃ」
「うん?そうか……お主は可笑しなこととは思わなんだか。そうさな、お主はわらわの言うことしか知らぬものな」
「よしよし……ふふ、こうして頭を撫でられるのもあと何度になるか」
「お主の身の振り方を考えておかねばならぬかもしれぬな……ずっとずっと守ってやりたかったが……あぁ、それだけは口惜しい」
「じゃが、な……わらわは満足じゃ。成り立ちが成り立ちゆえな、子を愛そうにも出来なんだ……なにせ、人が憎いからのう」
「それに、わらわは子を成すことが出来ぬ。子を守りたい、子を愛したい……そうすればきっとわらわに巣くう怨念も浄化されて消えることが出来るだろうことは分かっておったが」
「……まだ子供であるお主には分からぬかもしれぬが、如何に子を愛そうと連れてきたとして、だ。その子には母がおる、父もおる……わらわの、本当の子ではない」
「その辺りがな……わらわが人と関わろうともせずにここに引きこもっておった理由じゃ。美しき女子の姿をしてるのも、強大な力を持つのも、全ては子に好かれ守りきるため……」
女子 読み おなご
「のう?」
「お主はな、わらわだけでなくかつての大戦で子を失った数多の母たちを救ったというわけじゃ」
「お主は凄いなぁ」
「うん……こうして触れ合っているだけで妖気が浄化され、消えていく……わらわはきっとお主に救われて消えていくのであろうな」
「おぉ!?どうした?そのように暴れて?」
「……うん?消えて欲しくないから触って欲しくないのか?」
「しかしな、これは……別に悪いことでは」
「わぁ、よせよせ。泣くでない!母はお主に泣かれるのが一番堪えるのじゃ……ほれ、母の元に来い。慰めてやるでな」
「……ふぅ、これ。あまり我が儘を言うでない。これは正しいことだと言うとろうに」
「はぁ……分かった分かった。わらわは消えたりなどせぬ、居なくなったりなどせぬと約束しようではないか。じゃから、ほれ?もちっとちこう寄れ。寂しいではないか」
「うん、よしよし……お主は母の言うことを聞いていればよい……このまま健やかに過ごしてくれればそれでよい」
「あぁ、母と共に星を見よう……」
「うん……そうさな」
「お主が、わらわの元を巣立つまで頑張って生きてみるのも良いかもしれぬな……」
場面転換
朗読
それからわらわと子は慎ましくも穏やかな時を過ごしていった。
笑い、泣き、一緒に飯を食べ、一緒に森の中を練り歩き……ささやかながらも幸せな日々であった。
こんな日が、このわらわの力が完全に消えて……この子の巣立ちを見守るその時まで続くと、そう信じておった。
じゃが……
朗読終了
「むっ……この気配は……」
「……ん?あぁ、何でもない。お主は気にする必要のないことじゃ。今日は少し早いがもうおやすみ」
「母は少し出てくるが……そうさな」
「約束じゃ。わらわがここに戻るまで決して外へ出てはならぬ。何が聞こえても、何があっても……ここで母の帰りを待っているのじゃぞ?」
「うん。良い子だ……おやすみ」
少し間を空けて
「出てくるがよい。そこに居るのは分かっておる!それとも……顔も見せずに死にたいかっ!?」
「む?お主らは……っ!何のつもりじゃっ!?いきなり破魔の札なぞ飛ばしおって!」
破魔の札 読み はまのふだ
「くっ……くぅぅ、っ!うつけ者どもがぁっ……わらわをっ!甘く見るなああああっ!」
「……チッ、思ったよりも力が出ぬ」
「はぁ……用件はもう分かっておる。わらわを討滅しようというのだろう? お主らが何者なのかも、もう見当は付いた」
「お主ら、退魔士じゃな?」
「ほう、そうかそうか。村の者に雇われたか。力が弱まった今、わらわを消すのには絶好の機会と踏んだか……くくく、愚かな」
「確かにな。わらわは今、弱まっておる」
「わらわが生きていたうえで最も弱い状態であると言えようさ。じゃが、な」
「負けはせぬ」
「わらわには守るものがあるでな……容赦せぬぞ?」
「弱まっているから勝てると踏んだのがお主らの驕りよっ!」
「ふっ、くふふふふふっ、そうさ。今までは手加減しておった。全力を出したことなどいつのことか……ふん、鬱陶しい」
「その程度の結界がなんだというのじゃ?わらわを本気で止められると思うておるのか?」
「……チッ、戦における連携に関してはほんに上手よな。数を頼みにのしあがっただけはあるな、人というのは」
「くっ……うぐっ……チィッ……わらわにっ、触れるなっ!」
「はははははははっ!死んだ後でもその減らず口が叩けるか?それっ!死ぬが良……チッ!ふきとべっ!」
小声↓
「いかん……あの子の前で、殺すことは出来ぬ……人を殺す母の姿を、見せるわけにはいかぬ」
小声終了
「うん?少し興が削がれただけじゃ。そうさな、殺すのは止めにしよう。大けがを負って惨めにも村に逃げ帰り依頼は果たせなかったと報告させてやろうぞ」
「さぁ、疾くこの場から消え失せるが良いっ!」
少し間を空けて
「はぁ……はぁ……存外にやるな?まさか、ここまでしぶといとはのう」
小声↓
「チッ……殺せぬのが仇となったか……戦線復帰している奴もおる……一息に殺せれば……いや、それは言うまいて」
小声終了
「くっ……あぅっ、くっ。ふん、破魔の札もこれで品切れであろう?少々疲れてきたのではないか?」
「別に帰っても構わんのだぞ?そして、二度とわらわの元へと来てくれるな」
「ぐっ……ええい、邪魔じゃっ!」
「はぁ、はぁ……ふ、ふふふっ、まだ……まだ死なぬさ。良いのか?無駄な怪我を増やすだけだぞ?」
「わらわを討滅したところで村への被害は変わらぬ。わらわがけしかけているとでも思いこんでおるのか?そんなことが出来ればこの場に他の妖を呼んでいるとは思わんか?」
「……チッ、そうか。わらわを消すことで名を上げるのが目的か……そうかそうか。ならばここで退くわけにはいかぬわけよな?」
「功名心に駆られた屑どもが……だが、わらわもお主らなぞにやられてやるわけにはいかぬ」
「護るべき者のある強さ……その身にしかと刻み込むがっ……っ!?」
「たわけっ!何故出てきおったっ!わらわと約束を……っ、いかんっ!」
「ぐっ!うあああああああああああああっ!うぐっ」
「う、うぅ……大丈夫……大丈夫じゃ、そう泣きそうな顔をするで、ない……わらわは、別に、お主のことを怒って、なぞ……あぅっ!」
「やめ、ろ……その子に、手を、出すなっ……その子は、その子、だけはっ」
「あああああああああっ!うぐっ……駄目じゃ、力が、足りぬ……どうにも、出来ぬ……おの、れぇ」
「約束、じゃ……その子を、その子を……幸せに、生活、させる、と……頼む……頼む……」
「あぁ……あぁ……すまぬ、至らぬ母を、許して、とは言わぬ」
「泣くでない……きっと、いつか、わらわが、お主を……むかえ、に」
「うああああああああああぁっ、あ……あぅっ……」
パタリ、と伸ばした手が地に落ちる音
それから回想シーンぽく
わらわが、きっとお主を迎えに行くでな
場面転換
電流の流れる音
「っ!……結界か。今のわらわではどうすることも出来ぬ」
「あの子は……幸せに、暮らせているであろうか?」
「母に会いたいと、泣いていないであろうか?」
「すまぬ……すまぬ……母が弱かったばっかりに……お主を手放すことになってしまった……幸せであれば、それでよいのじゃが」
「…………そうさな。あの子は人じゃ。妖であるわらわと共に在るよりも、それが自然な形じゃろうて……うん」
「きっと……きっと……幸せに……っ」
最後は泣きそうな感じで
それから場面転換
「……相も変わらずの結界か。下らぬ」
「さあ、行くぞ。案内せい、わらわの子の所に連れていってくれるのじゃろう?」
「うん?結界?はぁ、下らぬことを聞くな。今のわらわにはそのようなものなど通用するか……あの時に、これほどの力があればよかったのじゃがな」
「チッ、何でもない。聞き返すな」
「それより、ほれ?はよう案内せい、子が待っておる」
少し間を空けて
「…………これが、わらわの子か?」
冷たい声で
「そうか……この墓石の下にのう……そうかそうか……何故じゃ?」
「何故じゃと聞いておるっ」
「どうしてわらわの子がここに眠ることになった?いつこうなった?なぜそうなった?知ってることは全て話せ、さもないと……」
「……待て。その前に聞くことが出来たぞ」
「何故この墓だけこうも粗末に扱われておる?何故こんなに汚れておる?」
「……誰も、手入れする者がおらぬのか?」
「………………く、くく、く………くははははははははっ、そうか。人の子なのだから人の世の方が幸せに暮らせると思ったわらわが間違いであったか」
「一度妖の元で暮らした者は同じ人とは認めぬかっ」
「この……下衆がぁっ!」
「この墓は持っていく。このようなところで埋葬されるのではわらわの子が安心して眠れぬゆえな」
「……あぁ、そういえばお主に手間賃を払うのを忘れておったな」
「何じゃ?その怯えた顔は?」
「愚かな……案内を頼んだときにも言ったであろう?わらわも子を持つ母じゃ。愛する子が見てる前で人を殺したりなどせぬと」
「そう……見ているのであれば、な」
「死ね」
「ふっ、くふふふふっ、あははははははははっ」
泣き笑いのような感じで
「皮肉なものよな。かつては消えても良いと思っておったのに……守りたいと思っておった時には力が足りなかったというのに」
「今になってこうも力が溢れてくるとはのう……く、くくくくくくっ」
「許さぬ……決して生かしてはおかぬぞ。わらわの子をこのような目に遭わせた下等な屑人間共がっ!」
「ことごとく殺しつくし、あの世でわらわの子へ詫びを入れさせてくれるわっ!」
朗読
それから幾日の月日が流れたか……
あの子の居なくなった毎日は色褪せたようでもう覚えてはおらぬ。
村の者はわらわの手に掛かってあっけなく死を迎えた。
わらわの元からあの子を奪い去った退魔士の一族も残さず根絶やしにした。
あとに残ったのは……何もない空虚な己のみ。
しかし、消えることも出来ずにわらわは日々を無為に過ごす他なかった。
ただ、そこに居るというだけで増していく妖力。
恨みや憎しみといった負の想念が妖力の元だとすれば、わらわはそれを無尽蔵に高めることが出来る器のようなものに成り果てていた。
なにせ……考えることなぞ、一つだけなゆえ。
恨みが尽きぬ。
憎しみが尽きぬ。
あの子が居ない。
もうこの世に居ない……
もはや守るものなど無いというのに力だけが際限なく高まっていって……
わらわの、生きる意味は何であろうか?
朗読終了
チャイムの音
「今日の授業は終了だ。小童ども疾く家に帰れ」
「はぁ、うるさい。わらわ……コホン、私は疲れているんだ。お主らと話しておる暇などない。ったく、煩わしい」
足音
「ふぅ……子、か」
「学び舎で教師をしていれば接する機会も増えるだろうが……やはり、満たされぬか」
「…………はぁ、写真、か。あの頃にそう言ったものがあれば、いつでもあの子の顔を見れたというに……」
小声
「……まだ、思い出せる……まだ、覚えている……はっきりと……何もかも……あの子の、笑顔を……」
小声終了
「ふぅ……生まれ変わり、か。信じて待ってはいるが、な……本当に、そのようなことなどあるのだろうか?」
「……うん?どうした?早く帰れ、ここは生徒の来るところではないぞ?」
「さっさと家に……っ」
電流の流れる音
「馬鹿な……血の結界じゃと?しかし、あの一族は、わらわが……」
「待て。待ちなさい、少し話をしようではないか。こっちに来なさい」
扉の締める音
小声で
「…………何じゃ?この者の魂を見通すことが出来ぬ……身体に流れる退魔の血に守られておるのか?しかし……しかし」
小声終了
「っ、今の、声、は……」
「あ、あぁ、な、何でもない……何でもないぞ?わらわ……私のことは気にしなくてもいい。それよりほら、話しにくいだろう?マスクを取ってもいいぞ?」
「ここには口うるさく言う人も居ないからな。私も付けていないし、ほら……」
思考のように↓
!この、顔……この、声……この子は……この、子はっ!
「あ、はは、は、悩みでもあるのかな?先生に話してごらん」
「ん、そう……そうか……家に、帰りたくないのか」
「それは、何故?」
「………………そう……そうか。身体が傷だらけなのも、それが理由か……しつけにしては度が過ぎているな……家庭内暴力、それに育児放棄、か……おのれぇ」
「ん、あぁ、すまなんだ。わらわの素直な気持ちがつい……コホン、家庭内暴力といったものを許せない私の素直な感想だ、気にしなくてよい」
「うん?あぁ、さっきの口調な。実は、あっちの方が素なんだ。でも、日常でそれじゃ可笑しいから普段は我慢してるわけさ」
「ん?そうか?……あぁ、そうさな。ここには二人だけだものな。取り繕う必要もなし、か」
「ふふ、ならば普段のわらわに戻るとしよう……その方がお主も……何か思うことがあるかもしれぬでな」
「どうじゃ?これがわらわの本来の姿じゃ……うむ、わらわは人ではない。今はすっかり見なくなってしまったがの、妖、と呼ばれるものじゃ」
「どうじゃ?」
「……ふふ、くふふふふふっ、そうかそうか、懐かしい、か。理由は分からずともそう思うてくれるのじゃな、ふふ」
「うん?何じゃ?そうか、あまりの変わりように面食らってるわけか」
「まぁ、無理もない。わらわの髪も瞳も、人に化けておる時では色が違うからのう。まぁ、昔と比べるとこの姿でも少し差異があるわけじゃが」
「そうさな……長く生きておるとな、色々とあるものでな。わらわも生きるために大分無理をした……瞳の色が左右で異なるのも、髪の色が白と黒の斑であるのもそれが理由じゃ。わらわを構成するモノとは少し異なる想念を生きるために取り込んだゆえな……」
「まぁ、わらわの話は別に良い。それより、お主の話じゃ」
「帰りたく、ないのじゃろう?」
「わらわはな……困っている子を放っておけぬ。愛しい愛しい我が子のように助けたくなってしまう……そう、それも特に今この瞬間はかつてないほどにな」
「話せ。吐き出せば、楽になるものもあるぞ?」
抱き締める音
「っ、ぅ……くく、ふふふふっ、あぁ、直接この手に抱いてはっきり分かった……生まれてきたのじゃな? わらわの元に戻ってきてくれたのじゃな?」
「あぁ、痛い、痛い痛い……退魔士どもめ、わらわの子に血を混ぜよって……だが、今この時だけは感謝せねばなるまいな……こうして、抱いて、頭を撫でることが出来るのだからな」
「うん?何を言っているのか、分からないか?」
「そうさな……なら、わらわがお主に全てを教えるとしよう。あの時と同じように、な」
「お主が家族に酷いことをされる理由は、な」
「お主が、その女の腹から生まれたというだけで本当の家族ではないからじゃ。だから、迫害される。だから、酷く痛めつけられる……」
「お主の本当の家族は……この、わらわじゃ」
「わらわこそが本当の母、本当の家族……血や体などという死ねば消えるものではない、魂と魂の繋がりじゃ」
「おぬしは……妖怪の子なのじゃ」
「そんな顔をするな。良いではないか?妖怪の子でも」
「人の世で生きて……何か良いことがあったか?」
「酷いことをされるだけじゃ。今も……そして」
「昔も、な」
「思い出せぬか……そうか。じゃが、案ずることはない。それはこれからゆっくりと思い出していけば良い」
「今度こそ手放したりなどせぬ」
「わらわがいつまでもいつまでも傍に居る」
「何があってもお主を守ってゆくぞ?あぁ、今度こそ、のう」
「ふふ、くふふふふふふふふっ!喜べ、今日からわらわと共に暮らすことになるのじゃ。お主を傷つけるような偽りの父と母が居る家になど帰る必要はない」
「二人で、共に暮らそう。あの時のように、な」
「一緒に星を見て……一緒に床に入って……共に飯を食い、共に遊び……あぁ、ぁぁあ!ようやく戻ってきたのだな、あの時が!」
「さぁ、わらわと共に行こう」
「……何じゃ?わらわの、手を取ってくれぬのか?」
「怖い?わらわが、か?」
「…………そうか」
「……そうさな。実を言うと、わらわはもうお主の母だった頃のわらわではない。退魔士に討滅される、その寸前にまであったわらわは……もう手段を選んでなぞいられなかった。ところかまわず負の念を取り込み、体を繋ぎ合わせて……どうにか生きながらえた」
「わらわは……子を思う母の想念が寄り集まった妖であったが、今は違う」
「人の負の念が寄り集まって出来ておる……だから、お主に向けるこの想いも、きっと母が子を思うそれからは少し歪んで、変わったものになっているだろうことも否定は出来ぬ」
「だが、な」
「決めたのじゃ。もう離さぬ……今度会えたのならばこの手で抱き締めて、絶対に不幸な目になどあわせない……そう、決めたのじゃ」
「わらわのこの想いも……怖いと申すか?」
「ふふ、そうか。家族想いなのじゃな……それでも、両親のもとに戻りたい、か」
「ならば仕方なかろうて。わらわが真の母としてお主の今世での両親に話を付けに行ってやろう。お主はわらわが連れていく、これは絶対じゃからな」
「案ずるな……きっと良い方向に話が向かう。父と母の喧嘩を見ることなどもう今後一切なかろうて……全てをわらわに任せると良い」
キス音
「よく眠れるまじないじゃ。お主が寝ている間に話を付けてきてやる……安心して眠るといいさ」
「おやすみ」
「ふふ……くふふふふふふふっ」
少し間を空けて
冷たい声で
「さて……では、その偽りの父と母……消しに行くか。心優しいわらわの子の心をこんなに痛めつけおって……次はお主らが同じ目に遭う番じゃぞ?屑人間が」
「くく、くくくくくくくくくっ」
「あぁ、楽しみだ……愛しい……愛しい、愛しいわらわの子!」
「ようやっと……巡り会えた。ようやっと、わらわの元に戻ってくれた……」
「うむ、そうじゃな……あの時は、お主一人で待っているように言ったから駄目だったのじゃな、きっと。母と共に行こうな?久方ぶりに母がおぶってやるでな」
「くく、くくくくくくっ」
「血を、入れ替えんとな……少しずつ、少しずつ、退魔士の血を消して、わらわの妖気を……あぁ、なんて楽しみなんじゃ」
「のう?久々に会ったのじゃから、こうして眠っているときに話しかけることも許しておくれ?」
「お主はずっとわらわの元に居れば良い。わらわの所だけがお主の幸せじゃ」
「ふふ、そうさな。嫁が欲しければ母と夫婦になればよい。幼き頃に言っていたようにな、母をお嫁にすればいい」
夫婦 読み めおと
「ふふ、くふふふふふふふふっ!」
「温かいのう……子供の身体というのは」
「のう?」
「愛しいわらわの子よ……これからずっと、わらわと一緒に暮らそうな?」
「もうお主を手放したりなどせぬ……二人でず~っと、過ごそうな?」
「母の元を離れるでないぞ?」
「いつまでもいつまでも……母がお主を幸せにしてやるからな……ふふっ」
クレジット
ライター情報
ASMR、シチュボ台本を主に書いています。
細かい指定や、指示が書いてあることがありますが、不可能な場合や不明瞭なことがあれば代替あるいは無視してもらっても結構です。
また勢いのまま書き連ねているため誤字や脱字が見られる場合がありますのでご使用の際はお気をつけ下さいますようお頼み申し上げます。
細かい指定や、指示が書いてあることがありますが、不可能な場合や不明瞭なことがあれば代替あるいは無視してもらっても結構です。
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